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3|土の香り

【毎週月曜日 酒と食事】の回


 土の香りのする赤ワインが好きだった。
 野性味のある、どっしりとした、男性的なもの。
 色は、白い陶器に注がれたコーヒーの水面(みなも)のようで、ジビエ料理や濃いソースがたっぷりかかった料理と相性が良いものが好きだった。

 私に土の香りがする赤ワインを教えてくれたのは、同じ職場に勤める1つ年下のMちゃん。当時、Mちゃんも私も独身で、自由な時間がたっぷりある分だけ仕事に情熱を注いでいた。休日の職場で会うこともしばしば。結婚して仕事を辞めて行く同級生には「いつまで男並に働いてんの」と呆れられていた頃だった。
 東山線の本山駅にビオワインを出してくれるお店があるので一緒にどうですか、とMちゃんが誘ってくれた。坂を少し登ったところにそのお店はあって、沢山のお客で賑わっていた。
 ワインメニューに書いてある生産国や味の特徴を参考に、ほろ酔いになるまで赤ワインを頼んだ。「2杯目より4杯目のワインが好き」と伝えると、「土っぽい、野性味のあるワインがお好きなんですね」と教えてくれた。その日以来、私たちは猛烈に働いて働いて、週末になると土の香りのするワインを求めて飲み歩いた。

 緊急事態宣言下の昼下がり、私は家で仕事をしていた。大型連休にも関わらず、上司や先輩からは業務指示の連絡があり、気が滅入ってしまいそうだった。
 「ちょっと寄らせてください」と、マスクをしたMちゃん夫婦が赤ワインを持って我が家にやってきた。「きっと好きな感じのワインです」と置いていったフルボディの赤ワイン。突然の訪問が嬉しくて、うんと贅沢をしたくなった。
 翌晩、近所のビストロでテイクアウトした『鹿肉のハラミ』と一緒に、赤ワインをいただいた。
 私は信じられないくらい、赤ワインを楽しむことができなかった。男性的で、どっしりしていて、口の中でドクドクする。私の隣で「タンニンがしっかりして、お肉に合うね」と満足そうな主人の感想を参考に、Mちゃん夫婦に御礼のLINEをした。
 2週間後、私はテレワーク中に過呼吸で緊急搬送された。

 昨日、たまたま寄ったスーパーで、あの赤ワインと出会し、主人が「美味しかったよね」と言うので買って帰ることにした。
 「一口だけ」と言って主人の飲みかけをつまみ飲みする。一瞬立ちすくむが、気付かないふりをして呑み込んだ。
 趣向が変わったのは、何かの証。
 春がきたら、飲み疲れない赤ワインを買ってMちゃん夫妻の家に遊びに行こう。

 明日も良い日になりますように!


キャット・ワンダー

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