しゃべるピアノ
「ピアノを弾くということは、ピアノを愛するということだ」
ピアニスト佐村亘はそう語る。
調律の作業も他人に任せるなど許せず、必ず自身で行う。
「ピアノと移動することは出来ないが、そこにあるピアノに私が触れ、語り合えば、たちまち私の虜になるのだ。私たちはいつだって、相思相愛なのだから」そう言って憚らない。
ホールでのコンサートを控え、前夜も佐村はワインを片手にピアノに語りかけていた。
「明日も僕と共に美しい音色を奏で、観客を魅了してくれよ」
「わかったわ。あなたの想うままに、私を歌わせて」
佐村には、ハッキリとその声が聴こえていた。
「あぁ、君のその美しい歌声を、僕が世界に轟かせて見せよう」
「えぇ、あなたなら出来るわ。あなたのその指先で、世界に魔法をかけるの。私たちなら、それが出来る」
そう、僕らなら出来る。そう呟いた。
しかしコンサート当日、佐村が会場に現れることは無かった。
彼は覚醒剤所持の現行犯で、逮捕されていたのだった。