僕のあだ名は【2000字のドラマ】
「なぁ、天狗ってさ、なんで天狗って言うんだっけ」
僕は天狗に尋ねた。
「お前それ、本人に聞く?」
天狗は不服そうな様子でこちらを睨む。
「小6の時に石澤に『お前鼻高いな』って言われて。んで、そん時夏で、俺ちょっと日焼けしてて顔赤っぽかったのよ。それで天狗だって。それからずっと天狗のままだわ。もう慣れちゃったけどさ」
僕らは現在中2だから、天狗の天狗歴は3年目ということになる。ついでに言うと、天狗の鼻は言うほど高くない。人よりいいとこ5ミリぐらい、ほんの少し高い程度だ。
「俺よりマシじゃない?俺、少し色黒で、ちょっと皆んなよりふくよかだからって、それだけで小錦だぜ。その前は武蔵丸だし。そこまで太ってないでしょ、俺。黒くもないし」
一緒にいた田村が横からそう言った。田村は否定しているが、まぁまぁ太ってはいる。それほど黒くはないけど。どちらかと言うと、小錦と武蔵丸が全然似ていない事の方が問題のような気がするが。
いずれにせよ、あだ名なんていい加減なものだ。どのクラスにも、あだ名付けたがりぃが何人かはいて、そいつらによって、その時のノリで付けられる。そして天狗のように、場合によっては小学校と中学校をまたがって、数年単位でそのまま定着してしまうのだ。
かと思えば、僕のようにずっと今野(コンノ)とそのまま名字で呼ばれ、あだ名らしいあだ名が無い人もいる。特徴が無いと言われると淋しい気もするが、天狗か小錦(もしくは武蔵丸)から選べと言われたら、それはやはりどっちも遠慮したい。
そもそもあだ名と悪口の線引きがわからない。僕からしたら、天狗も小錦も悪口にしか聞こえないのだ(小錦さんすみません)。でも、そのまま定着していて、本人達も望んじゃいないが受け入れている。
滝沢はタッキーだし、安田はヤスだし、後藤はゴッチだ。これらはあだ名、愛称と言えよう。でも、天狗や小錦やブタゴリラは悪口でしかない。少なくともイケメンには使われない。なんとも理不尽で、不条理だ。
「お前ら、それで良いのかよ」
僕は憤って見せた。
「だからそれ、本人に言うか?」
そう天狗に反論された。その通りだと思った。
だから、僕は双方の名付け親である石澤に交渉することにした。そろそろ更新するべきじゃないかと。彼らの尊厳を守る為にも。
そして僕は隣のクラスに乗り込み、石澤に声を掛けた。
「なぁ、そろそろ天狗とか小錦とか言うのやめないか。天狗なんて小学校からずっと天狗だぜ。中学で一緒になった奴らなんて、理由も知らずに天狗って呼んでんだぜ。小錦だって、ちょっと太ってるけど、そこまで太ってはないじゃん。もうやめてやってくれよ」
「いいよ」
石澤があっさり言った。
「じゃあもうちょっと、今のあいつらに似合うのをちゃんと考えるよ。それでいいだろ?」
「あぁ、いいよ」
交渉成立だ。これで天狗と小錦も浮かばれる。
その交渉の後、僕は体調を崩して2日間学校を休んでしまった。
「お前ふざけんなよ」
病み上がりで登校した僕に、天狗と小錦が詰め寄ってきた。
「いや、意味わからないんだけど」
率直に僕は言った。
そこにちょうど石澤がやって来た。
「あ、今野来てんじゃん。こいつらに新しいあだ名つけといたからな」
ニヤニヤしながら石澤が言い、周りで聞いていた女子もクスクスと笑っている。
嫌な予感しかしない、そう僕は思った。
そして、その予感は的中する。
「吉野(天狗)は『男塾』で、田村は『朝青龍』ね。異論反論は受付けないんで、そこんとこよろしく」
そう言って、石澤は去って行った。
僕もそそくさとその場を去ろうとしたが、男塾と朝青龍がそれを許してはくれなかった。
「お前、石澤に何言ったんだよ」
「い、いや、俺はたださ、そろそろ天狗とか小錦とかはやめない?って」
「で、結果俺は男塾かよ?男塾って、個人名ですらないじゃん。組織じゃん。坊主だから江田島平八っぽいって。それでなんで着地『男塾』になるんだよ?坊主のキャラなんて他にもいくらでもいるだろう?ってか、そもそも江田島平八はスキンヘッドだろ。俺のはオシャレボウズなんだよ」
興奮気味の男塾が、まくし立てるように言った。
「俺、とうとう横綱になったよ。昇進したよ」
朝青龍は何処か遠くを見ながらボヤいた。
ははっ、と笑って誤魔化そうとした僕に、鉄槌が下ったのはその直後だった。
去ったかと思った石澤が戻って来て、僕に言った。
「ついでだから、お前にもあだ名つけたぞ」
終わったな。
そう思いながら、自分のあだ名の発表を、さながらアカデミー賞の会場にいるかのような緊張感を抱いて待った。
「鈴木」
何事でも無いかのように、石澤が言った。
「はぁ?」
僕は聞こえないふりをする。
「すーずーきっ!」
「いや、俺、今野だけど」
目の前のありえない現実に抗った。でも、無駄だった。
「お前、特徴無さ過ぎるからあだ名思いつかないんだよ。だから普通だなと思って。鈴木ってめっちゃ普通じゃん。どこにでもいるじゃん。あ、別に佐藤でも田中でも良いけど」
別に良いけどってなんだよと、心の中でツッコんだ。鈴木にも佐藤にも田中にも失礼だろ。そもそも全員クラスにいるし。男塾、朝青龍、ごめん。余計なこと、するもんじゃなかったよ。
そうして僕は中学校を卒業するまでの間、鈴木として過ごしたのだった。
因果応報、ここに極まれり、か。
完