僕たちはまだ、"本当のちゃんぽん"を知らない。
ちゃんぽん。その優しい響きだけで、温もりを感じてしまう。
不覚にも長期戦にもつれてしまったしりとりをしている最中、もうそろそろ面倒くさいなと思ったら伝家の宝刀、「ちゃんぽん」を使えばいい。
僕はこれまでの人生の中で、ちゃんぽんは食べるものではなく、そんな使い方しかしてこなかった。別に好んでリンガーハットへ訪れたこともない。ちゃんぽんという言葉の響きだけに憧れる少年は、わざわざそれを食べようと思わなかったのである。
しかし長崎へ訪れたら、好むと好まざるとに関わらず、それは義務になる。
成田空港から長崎空港へ飛び、着いたのはお昼頃だった。空腹のフライトほど辛いものはないから、機内ではグミやらハイチュウやらキャラメルやら口に入るお菓子を食べまくったこともあって別に腹は減っていなかった。
ただ、この旅行は所謂「卒業旅行」というもので、大学で世話になった親友2人との旅だった。別に気を遣っている訳ではないが、2人が空腹と言うので民主主義の原理に則って僕も昼食を取ることにした。
空港から市内まではバスでおよそ3,40分ということもあり、少々割高ではあるが空港のレストランで食事をした。
頼んだのは、もちろんちゃんぽん。二泊三日の旅だからこの後ちゃんぽんを食べる機会なんて星の数ほどありそうだが、フライトの疲れからか思考停止でちゃんぽんを注文した。
1150円のちゃんぽん。エビやイカといったシーフードが多く、魚介系の出汁を感じた。麺がスープに絡み、シャキシャキした野菜の旨みが口いっぱいに広がる。彦摩呂的にいうとしたら、何の宝石箱なのか疑問に思う。野菜の宝石箱ともいえるし、魚介の宝石箱ともいえる。どちらでもないとも、いえてしまいそうだが。
空腹ではなかったが、美味かった。空港のちゃんぽんなんてたかが知れていると思ったが、スープも全部飲み干す勢いで完食した。塩分が多そうなので全て飲むことはしなかった。
ちゃんぽんとは全く関係ないが、実はちゃんぽん以外にもお刺身といったお昼の選択肢もあった。しかし、国内旅行においてわざわざお刺身を選択せずとも群馬県、栃木県、埼玉県、長野県、山梨県、岐阜県、滋賀県、奈良県の内陸県出身の人たち以外は割と容易に手に入るであろう海の幸。なので、旅先でわざわざ頼む代物ではないと思っている。
まあ、そんなこといったらちゃんぽんはリンガーハットで十分だろ!と言われそうだがリンガーハットはチェーン店だからさ、落ち着いてくれ。
僕たちはその後、市街へ向かい世界遺産の大浦天主堂、グラバー園周辺を散策した。
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日が暮れ、現れたデカい建物。中華風の大きな建物が僕たちの泊まったホテルの目の前にあった。どうやらそこにあるちゃんぽんこそ、ちゃんぽんの元祖であるそうだ。ちゃんぽん発祥の地で頂くちゃんぽん。そそられる。
だが、「〇〇発祥」というのは言ったものがちである気がしてならない。こういった料理の発祥であるあるなのは「まかない」が好評で、後に改良し客に振る舞ったというストーリーだが、「昭和中期頃、磯野家の娘による家庭料理が元祖」と言われても疑う人間はいないだろう(サザエが入ってそう)。
加えて、元祖というのはいささか保守的な傾向から上手くいっていない勝手な偏見も存在する。例えば仏教の元祖はインドだが、現在インド人におけるヒンドゥー教徒の割合は約8割。インドの仏教徒は0.8%と圧倒的マイノリティーである。
元祖というのは他のものに吸収され、アップグレードされるとも捉えられる。別に仏教がヒンドゥー教にアップグレードされたと言いたい訳ではない。ペペロンチーノにトマト入れたら美味くなるんじゃないのというノリで生まれたのがアラビアータであるのなら、これはない話ではないだろう。
しかし、本家を知らずにこんなことをぐちぐち言っていても仕方がないし、警備員のおじさんに「お食事ですか?」と声をかけられて「はい」と言ってしまったので、もうちゃんぽん発祥の店に行くしかなかった。店の名は、「四海樓(しかいろう)」。
「エレベーターで5階まで行ってくださいね、美味しいですよ〜」
警備員の方は丁寧にエレベーターまで案内してくださった。
「大丈夫かな」
友人の一言には様々な思いが垣間見える。それは元祖が果たして美味いのかという懐疑心と大学生に払える代物なのかという不安である。
なんせ高級中華の匂いが漂うのだ。フカヒレ入りしかなくて一食一万円とかだったら困る。店名、四海樓だし。いかにも高そうである。
エレベーターが開く。店内の雰囲気はすこぶるよかった。長崎の海と夜景が見渡せる最高のビュースポット。天井も高く、店内の照明はオレンジ色の電球色で雰囲気がいい。ここでプロポーズしても問題はないし、むしろ最適なのではないかといえる雰囲気だった。
もちろんここへ来て注文するのはちゃんぽんである。おそるおそるメニューを開く。「ちゃんぽん ¥1210」。おお、思っていたよりもリーズナブル。まあ、ちゃんぽんをラーメンの一種とカウントするなら高いかもしれないが、発祥の店という記号性と、プロポーズできそうな雰囲気に後押しされて不思議と安く感じてしまう。
果たしてどのようなちゃんぽんがでてくるのか。期待を胸に膨らませていた。
しばらくしてやってきた元祖ちゃんぽん。優しい味わいであることには変わりなかったが、大きく異なるのは麺の質だった。空港で食べた麺と比べて、もちもちと弾力がある。中華麺というより、限りなくうどんに近い麺に感じた。
具材は野菜が多いことに変りないが、薄くスライスされた蒲鉾が入っていた。小田原出身の僕としては喜ぶところなのだろうが、いかんせん僕は蒲鉾が苦手である。それでも生臭さを感じさせないこの蒲鉾。
これは店の雰囲気なのか、「発祥」というブランドなのか、これらが複合的にもたらしたバイアスのせいなのか、非常に上品な味に感じた。とても満足のいく食事になった。
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翌日の昼。僕たちが食べたものはもちろん、ちゃんぽん。この日は長崎新地中華街のちゃんぽんを頂くことにした。
もちろんちゃんぽんといいつつ、実は僕はここで浮気をしている。長崎の女に手を出したのではない。ちゃんぽんをさしおいて「皿うどん」に浮気してしまったのだ。
ちゃんぽんと比べるとそのネーミングセンスは単純で、おそらく「皿うどん」という名前をつけた人間は茶色い犬に「チョコ」と名づけるような部類の人間であろう。
ただ皿うどんは名前こそ単純だが味わいは複雑で美味い。パリパリとしたあげ麺の食感。とろとろした野菜たちが醸し出す複雑性がたまらない。
でも、おまえさっき新地中華街で「ちゃんぽん」を頼んだって言ってただろと声が聞こえそうだが、これは嘘ではない。友人2人はここでもちゃんぽんをすすっていたのだ。
価格は皿うどんと同様に700円とかだったから非常にリーズナブルな部類に入るだろう。友人曰く、スープの旨みは元祖ちゃんぽんの四海樓に劣るもののこの価格なら満足とのことだった。あと、キクラゲがいらないと言っていたが、それは個人の問題であるため別に気にするレビューではない。
ちなみに店の名前は忘れた。
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その後、僕たちは長崎にもう一泊して東京へ戻った。最終日もちゃんぽんを食べることはできる舌の状態ではあったが、お昼、「佐世保バーガー」という好奇心そそる名物に心惹かれてしまった。まあ別に特段変わったハンバーガーではなく、知っている味・知っている食感のモノだった。美味しかったけどね。ただ、こういうのもやはり言ったもの勝ちで、地名プラス食品名で名物になってしまう感じがする。
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東京(新宿)に着いたのはもう日が暮れた頃で、佐世保バーガーは吸収が早いのかちょうど腹が減っていた。
東京なので食べようと思えば何でも食べられるが、僕たちが選んだのはもちろんリンガーハットである。
こうでもしないとリンガーハットと現地のちゃんぽんを比較することはできない。日を跨がずにちゃんぽんを食べることによって、味の違いがよく分かるということだ。
Googleマップでわざわざ調べながらリンガーハット西新宿店を目指す。おそらく、目的地をリンガーハットに設定するのは僕の人生において最初で最後だろう。
少し迷いながらも着いたリンガーハット。ちゃんぽん店で食券式ははじめてだ。チェーン店ということもあって価格は安い。新地中華街と変わらない。
だが新地中華街と大きく変わるのは野菜の量である。たっぷり入っているのがリンガーハット。キクラゲは若干入っていたが、本当に少量だったので友人はご満悦だった。あとはBGM。謎にビル・エヴァンスのジャズが流れている。
ただ全体的にチープな印象を受けた。別に音質に問題がある訳ではない。
本場のちゃんぽんは空港のものを含めて出汁がしっかりと効き旨みに満ち溢れていた。リンガーハットはその点微妙。加えて練り物の臭みが強い。
でもこの値段、全国どこでも容易且つ気軽にちゃんぽんが食べられるのであれば、リンガーハットの総合的な評価は高い。
長崎を思い出したいとき、親友2人を思い出したいとき、リンガーハットという選択肢は最善策である。キクラゲ、然程入っていないけど。
ちなみに、長崎県における全国旅行支援割で貰える地域共通クーポンをアプリで使うと、スマホから「PayPay!」みたいに「ちゃんぽんっ!」と甲高い音が出る。
鹿児島で使ったときは「ピコンっ!」とつまらない音が出ただけだったので驚いた。鹿児島は長崎に見習って「ゴワスっ!」とかにすべきだと思う。
ただ、長崎でクーポンを使って「ちゃんぽんっ!」と音が鳴った後の店員さんの表情は皆恥ずかしそうだったようにも感じる。気のせいかな。
あと、この点ちゃんぽんが選ばれてしまうのはやはり皿うどんのネーミングセンスである。皿うどんがちゃんぽんを超えるネーミングセンスを持ち合わせていたらそれが採用されていただろう。皿うどんよ、今からでも遅くない。改名せよ!