光り輝く聖なる島で
スリランカを歩けば、この国の体質がなんとなく分かるようになった。
『地球の歩き方』を読んでも、YouTubeで動画を観ても、その国の情報のみが得られるだけで、「雰囲気」が掴める訳ではない。
きっとVRの技術が進んでいったら旅行は仮想空間でもできると言われる未来も来るかもしれないが、果たしてその土地の日差しの強さや香りを再現することができるのだろうか。
風に吹かれて鼻に通ってくる香辛料の香りと照りつける日差しに慣れた頃、僕はすっかり異国にいることを忘れるようになった。それはいい意味でも悪い意味でも。
ヒッカドゥワからゴールまでローカルバスに乗って行った日もそうだ。世界遺産、ゴールの街を歩き、現地人が楽しそうにクリケットをしている姿をぼんやり見て(場外ホームラン?のボールを拾って投げ返したから一時的に参加したともいえる)、アツアツのディープキスをする白人カップルを目撃もした。
この世界遺産の街は3時間足らずでお腹いっぱいになってしまったから、僕はバスで再びヒッカドゥワへ戻った。
とはいえゴールのバス停はかなり大きく、ヒッカドゥワ行きのバスがどこか分からない。僕は警察官らしき制服を着た人に「ヒッカドゥワ!」と言ったら親切にバスの前まで連れて行ってくれた。やはりこの国の人は優しい。
僕はそのバスに一番乗りで座り、出発を待つ。10分ほどで7割ほどが埋まりバスは出発する。相変わらず車内にはテンポの良いスリランカポップが爆音でこだまし、ヒンドゥー教の神のステッカー、イエス・キリストのステッカー、螺髪頭をした仏のステッカーが至る所に貼り付けてある。運転手の趣味なのだろうか。とりあえず、ありがたい車内の完成である。
僕の隣には小学3年生くらいの男の子が座った。3人がけの席だったので、その横には彼の母親らしき女性が座っている。
シンハラ語で何を話しているか検討もつかないが、彼は母親の話を聞き流し、車内に流れる音楽に合わせて歌っている。
車内に流れる曲は南国チックでいて、さらにどこか懐かしさを感じる。僕はてっきり10年前とか、はたまた日本でいうと昭和の曲を流していると思っていたが、小学生が完璧に歌詞を覚えているあたり、これは最近の曲なのかもしれない。
(こんな曲がよく流れている。作業用BGMとしてもおすすめ。ちなみにこの曲調で2023年発売である。やはり、スリランカのYOASOBIなのでは!?)
日本の小学生がYOASOBIを歌うのは想像に難くないが、大瀧詠一や中森明菜の曲の歌詞を完璧に歌っていると何か違和感というものを感じそうなものである(ちなみに僕は好きだから彼らの曲が歌える)。
僕はその強烈な違和感を感じながらも、車内に流れるのはスリランカのYOASOBIなのだと思い込んで窓の外を眺めていた。
少年は歌うことをやめない。曲が終わっても次の曲の歌詞も完全に記憶している。僕は目を閉じる。心地よいスリランカポップに合わせる少年の高い声。バスの揺れ。窓から入ってくる爽やかな風。とてもうららかな車内だった。
気づくと、僕の隣の少年は消えていた。バスの車内には僕と運転手しかいない。ここはどこだ!?
バスは停止していたから、運転手の男にどこかを尋ねると、「バスターミナル。終点」と言われ、慌てて外へ出た。強い日差しが肌をジリジリと焼く。
きっと僕はあの車内で40分も眠っていたのだろう。終点の一つ前で降りる予定だったが、仕方ないのでホテルまで10分ほど歩く。
眠い目を擦る。何か盗られてないよな!?と急に我に帰り眠気が吹っ飛ぶ。だが、そんなことも全くの杞憂で、バスの中で爆睡をかましても何も盗られない。この治安の良さたるや。
もしかしたら口を開けて寝ている僕の写真を「盗」撮されていた可能性もあるが、まあいいでしょう。いくらでも撮りなさい。
というか、この国のスマホ普及率は決して高くないから、そんなことも杞憂なのだろう。
スリランカポップはいい睡眠導入剤になるということがよく分かった。
なお、今回乗車したのがゴールからヒッカドゥワだったから良かったが、大都市コロンボではバスの中での窃盗はよくある話らしいのでこれから行かれる方はお気をつけて。
ただ、かくいう僕もコロンボでまたちょっとした冒険をしている。まあ冒険といっても、スリランカ滞在最終日、フライトまで時間があったから紅茶屋(カフェ)に入り、そこでスーツケース預けてコロンボ観光に行っただけのことである。
もちろん、盗られるんじゃないかと余計な心配も若干あったが、シンハラ人に悪い人は(たくさん)いないという安心感があったのだ。
スリランカ最後の紅茶を嗜み、お会計と同時に「Can you keep my baggage?」と言ってスーツケースを預けた。紅茶屋のおじさんは笑顔で「Sure」と言い、僕は1時間後に取りに行くと言って外へ出た。
日本だったら「常識がない」みたいな見られ方をされそうだからきっと預けやしないし(そもそもその辺のコインロッカーに預けろ)、インドだったらそんなことはリスキーすぎてしない。せいぜいタイくらいでしかこんなことはできやしないが、僕はスリランカに対して全面的な信頼があった。
1時間ほどコロンボのローカルマーケットを練り歩く。身軽だから散策が捗る。
僕は疲れた足取りで紅茶屋に戻ると、待ってたよという表情で紅茶屋のおじさんが微笑む。スーツケースは綺麗に整頓された店内に溶け込むように置かれていた。僕は彼にサンキューと言ってそのスーツケースの取手を引き延ばした。
「フライト、気をつけてね」
おじさんは食器を布で拭きながらそう言って再び笑顔を見せた。僕が店の扉を開けようとすると、別の若い男の店員がドアを開けてくれた。
「ありがとう!」
こういうとき、つい日本語がぽろっと出てくるのはなぜなのだろうか。
その若い男も、おじさんも、カタコトな日本語で「アリガトウ!」と言って僕たちは互いに手を振って別れた。
その日、帰国することが名残惜しかった。これほどまでに異国に愛おしさを持ったことはない。かつて小学生だったときに、ディズニーランドから帰りたくない、閉園時間が近づいた夜みたいな、そんな寂しい感覚に陥った。
僕はコロンボのバス停から現地人と共に空港へ向かった。隣に座った初めましてのシンハラ人のおばさんと「いつものように」談笑する。
空港に入り、込み上げる思い出たちをひとつひとつ胸に刻むようにして出国手続きのゲートへ歩いた。
出国審査の列に並ぶ。僕の番が来てパスポートを職員のおじさんに手渡すと、彼は僕のパスポートのページをペラペラとめくりながら僕にこう言った。
「Do you like Srilanka?」
出国のスタンプがパスポートに押される。
答えは言うまでもない。強いて言えば「like」ではなく「love」という表現で返答した。
再びこの空港へ再び戻ってくることを今も夢に見ている。つい数日前までは未知の国だったスリランカ。しかし、セイロン島は記憶と共に、僕にとっても「光り輝く聖なる島」であり続ける。
(完)
↑スーツケースを預けた紅茶屋(カフェ)。雰囲気が良くて紅茶も美味しい。高級路線なのでスリランカにしては高めの設定だが、それでも日本と比べたらまだまだ安い。紅茶は一杯¥300〜あったはず。
とりあえず連載終了のスリランカ旅行記、ほかも訪れてみてください!順番がわかりやすいようにタイトルに数字を振りました。↓のリンクから。
「押すなよ!理論」に則って、ここでは「サポートするな!」と記述します。履き違えないでくださいね!!!!