これならわかる「はやぶさ」② ~つまみ読みでお子さんの興味関心を広げよう#2
これならわかる「はやぶさ」その①では、「はやぶさはイトカワへ何をしに行ったの?それはなぜ?」の答えを探してきました。今回は「質問2:はやぶさはどうやってイトカワへ行ったの?なぜそれができたの?」の答えを探して、引き続き「つまみ読み」をしたいと思います。
イトカワは月よりもずっと遠く、しかも…
はやぶさの目的地・小惑星イトカワへ行くことは、どのぐらい難しかったのでしょうか。その一端を知るために、人類がこれまでに往復飛行を成功させたことがある「月」との距離比較をしてみましょう。
地球から月までの距離は約38万キロメートル*。ジャンボジェット機(最高速度)では片道15日強かかりますが、光の速さなら約1.3秒で到達する距離**です。ではイトカワまでの距離は?「おかえりなさい はやぶさ 2592日の宇宙航海記」p5を見てみましょう。
「イトカワ」は、地球と同じように太陽のまわりを回っている、太陽系のとても小さな惑星だ。「はやぶさ」が「イトカワ」に到着したときは、地球からの直線距離が約3億キロメートルあった。ジャンボジェット機で行くと、片道で33年もかかる距離だ。
ジャンボジェット機での片道飛行にかかる時間がいきなり「年」の単位になっていて驚きますが、それもそのはず。イトカワまでの距離は、片道だけで月までの約790倍なのですね。
これだけでも驚きですが、さらに言えば「はやぶさ」が実際に飛んだ距離は3億キロメートルでも往復の6億キロメートルでもありませんでした。実は、「はやぶさ」の総飛行距離は約60億キロメートル。つまり単純計算した往復距離の約10倍にもなったのです。それはなぜだったのでしょう…?
「地球スウィングバイ」のためにまず1年
「おかえりなさい はやぶさ 2592日の宇宙航海記」p4~5に載っている図を見てください。「01 地球から出発」の約1年後に「02 地球スウィングバイ」を実施したと書かれています。これが、はやぶさの総飛行距離が増えた要因のひとつです。
「地球スウィングバイ」とは、地球の引力を利用して、探査機が回る軌道やスピードを帰る技術のこと。打ち上げられた「はやぶさ」は、まず地球の軌道に近い軌道を1年間回った。そして、ふたたび地球に近づき、地球の引力によっていきおいをつけて「イトカワ」の方向へ飛び出した。これは、ハンマー投げの球を振り回して、いきおいよく飛ばすのと同じ理由だ。
(「おかえりなさい はやぶさ 2592日の宇宙航海記」p9より)
「ハンマー投げ」にたとえたこの説明は、とてもわかりやすいと思います。もうひとつ、「はやぶさ、そうまでして君は」の説明もつまみ読みしておきましょう。
打ち上げて、そのままイトカワに向かわないのであれば、時間の無駄ではないか。そんなふうに感じられるかもしれませんが、これは目標のイトカワにたどり着くために欠かせない工程です。
(中略)スウィングバイとは、『地球などの惑星の重力と公転速度を借りて加速や軌道変更を行う方法』です。詳しく説明すると長くなりますが、イオンエンジンの力不足を地球の力を借りて引き出すことで補い、さらにパワーアップする方法だと思ってください。正確なスウィングバイを行うには、どの速度で、どのコースを通って地球に接近すればいいのかを、緻密な計算によって導きます。
(「はやぶさ、そうまでして君は」p106より)
後ほどまたご説明しますが、はやぶさのエンジンは、超長距離/長時間の飛行を可能にするため、通常のロケットエンジンではなくイオンエンジンを使っていました。イオンエンジンの場合、ロケットエンジンと比べてもともとのパワーが小さいため、「ある一点で一気に加速し、目的の惑星軌道に向かうという”一般的な”やり方」***を使うことができません。これも地球スウィングバイが必要となった理由でした。(なお、イオンエンジンを使ったスウィングバイは史上初の試みでした)
到着即着陸、にはならない
「おかえりなさい はやぶさ 2592日の宇宙航海記」p4、そしてp8を見てみましょう。2005年9月12日、はやぶさはようやく「イトカワ」に到着しました(この時点で出発からなんと約2年4ヶ月が経過しています!)。しかし到着からすぐに着陸できたわけではないのです。
近づいてみると「イトカワ」のようすは予想とまったくちがっていました。(中略)さらに「はやぶさ」は、「イトカワ」に接近したり、離れたりしながら、観測を始めました。
(おかえりなさい はやぶさ 2592日の宇宙航海記」p10より)
イトカワに関する詳細なデータが、事前にあったわけではありません。だいたいの大きさとおおまかな自転軸の方向と、自転周期だけがわかっていました。表面の状態はどうなっているのか。質量はどれくらいなのか。そうしたイトカワの素顔は、まったく謎に包まれたままでした。まず、小惑星イトカワを入念に観察する必要があります。
(「はやぶさ、そうまでして君は」p106より)
ほとんど何もわかっていない小惑星ですから、まずは調査が必要だったのですね。実際、イトカワの様子とは予想とまったく違っており、表面はがれきででこぼこだったようです(「おかえりなさい はやぶさ 2592日の宇宙航海記」p10より)。これでは着陸場所を探すのも一苦労です。
さらに言えば、今回の探査機のエンジン(イオンエンジン)は急な減速ができません。観測や着陸をするためには、到着後にまず「イトカワ」と同じ速さまで速度を落として運行する(これを「ランデブー」と言います)必要がありました。これにも時間がかかったのです。
着陸が難しかった3つの理由とは
さて、はやぶさがイトカワに着陸(タッチダウン)することは、とても大変でした。理由は大きく3つあり、そのひとつは地表の温度でした。
「イトカワ」に着陸したら、そのあと、たった1秒でカケラをとり、すぐに離陸しなければなりません。「イトカワ」の温度は太陽からの熱で100度近くあると考えられていたので、長く着陸すると、高温で機器が故障してしまうおそれがあったからです。
(「おかえりなさい はやぶさ 2592日の宇宙航海記」p12より)
次の理由は、重力です。イトカワは地球の重力の数万から10万分の1程度の重力しかないという微小重力の小惑星で、そこでは「はやぶさ」は1円玉5枚ほどの重さしかなくなってしまいます。そのような微小重力空間でタッチダウンを成功させるためには、着陸の場所やタイミングなど、さまざまな面に気を配る必要がありました。
最後の理由は、地球からの通信に時間がかかることでした。先ほどお話したイトカワと地球の距離の関係で、はやぶさに地球から送った司令の電波は、届いてその結果がわかるまでの往復に30分以上、簡単な処理を入れると40分近くかかるので(「はやぶさ、そうまでして君は」p23より)、そんな中ではやぶさを操作して着陸とサンプル回収をするのは至難の業です。
これらの難しい条件があり、着陸には時間がかかってしまったのです。
イオンエンジンの開発が航行の鍵だった
結局、イトカワへの着陸が成功したのは2005年11月26日のことでした。この前後にもはやぶさはさまざまなトラブルに見舞われ、飛行距離と時間がのびてしまうことになったのですが…それはさておき。
今回知りたかった「はやぶさはどうやってイトカワへ行ったの?なぜそれができたの?」に答えるには、このような長期間の航行を可能にした仕組み、特に「イオンエンジン」について少しお話をさせてください。
イオンエンジンについては「おかえりなさい はやぶさ 2592日の宇宙航海記」のp6にも説明がありますが、「はやぶさ、そうまでして君は」「こども実験教室 宇宙を飛ぶスゴイ技術!」のほうが詳しくてわかりやすいです。
自動車の世界は、化石燃料を燃やして走る内燃機関の時代から、電気で駆動するモーターの時代へと、移り変わりつつあります。宇宙空間を飛ぶ探査機も同様で、燃料から電気へという転換点を迎えています。「はやぶさ」は、宇宙開発の新しい扉を開くパイオニアとして、電気推進エンジンを主要な推進機関として使った長時間運用に挑みました。
(中略)化学エンジンでは、実現不可能とわかっていました。問題は燃費。化学エンジンを使うには、大量の燃料を搭載する必要があり、3億キロ離れた小惑星を往復するための燃料を積むのは、物理的に無理なのです。そこで浮かんだのが、燃料ではなく電気で駆動する電気推進エンジン。
いくつか種類があるなかで、もっとも実現可能性が高いと思えたのがイオンエンジンでした。惑星間航行に使えるイオンエンジンを開発すること。これがプロジェクト成功の絶対条件です。
(「はやぶさ、そうまでして君は」p66より)
イオンエンジン自体は、ずっと前からありました。ただ、電力をとてもたくさん必要とするので、メインエンジンとしては使われず、つねに地球の赤道上空を飛んでいる静止衛星の補助エンジンとして使われていたのです。(中略)それまでは、世界中の技術者が「イオンエンジンは高性能だけれど、電力を使いすぎるから、補助でしか使えない」と思いこんでいました。
(「こども実験教室 宇宙を飛ぶスゴイ技術!」p36より)
航行実現の鍵となるエンジンの「開発」から始めなければならなかったとは驚きですが、強い気持ちを持ってこれまでの思い込みをくつがえし、イオンエンジンの耐久性をあげて実用化にこぎつけたところは「はやぶさ」のお話の中で特に読み応えがある部分です。お子さんもきっとワクワクしてくださると思いますので、ぜひ上の2冊をご一緒に読んでみてください。
***
いかがでしたか?「これならわかる『はやぶさ』」、今回は
▶質問2:どうやってイトカワへ行ったの?なぜそれができたの?
について書いてきました。
次回はいよいよ
▶質問3:イトカワでは実際何をしたの?それの何がすごいの?
です。本だけでなく、動画なども交えてできるだけわかりやすくガイドしていきたいと思いますので、次回もぜひお楽しみに!!
(注記)
*より正確に言えば、最も地球から遠ざかった時の月までの距離は約40万km、最も近づいた時の距離は約36万kmとなります。月と地球との距離がおよそ36万km以内にある時の満月は平均的な満月よりも大きく、そして明るく見えるため、一般に「スーパームーン」と呼ばれています。
(出典:国立天文台ホームページ https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2019/02-topics01.html)
**ジャンボジェット機についてはボーイング747の最高時速=1030km、光の速さは秒速30万kmとして計算しました。
***これを「ホーマン遷移」と言います。この点は、松浦 晋也著「はやぶさ2の真実 どうなる日本の宇宙探査」の説明がわかりやすいと思いますので、よろしければご参照ください。
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