11/1〜11/7

11/1
「路傍のフジイ」というマンガを読む。地味で一見取り柄のなさそうなサラリーマン、フジイさんであるが、実は良いところがたくさんある。

無理して人に合わせない。苦しい愛想笑いをしない。やってみたいことにチャレンジする。人に自分の理想像を押し付けない。勝手に人を良い悪いと断罪しない。そんな良いところがたくさん詰まっている。

フジイさんみたいに自分と他者をきっちり分けて、両者を尊重して生きないと、いつの間にか心が苦しくなって、他者を敵認定してしまうんだよなあ〜と思う。だれも敵を作らず、自分を大事にしているフジイさん、すごい。

夜、メイク動画をみる。あんまり身が入らない。自分の足りないところを補うという考え方もいいけれど、自分の良いところをもっと輝くように足していくという考え方も大切だよなあと思う。

11/2
ずっとほしかった角田光代さんの「タラント」を買う。真っ青な表紙が清々しい。


仕事場の飾り付けをみんなで作ることになった。上手く作りたいと思って勝手に緊張している自分が情けない。好きなことになるといつもそうだ。誰かより上手くできるかばかり気にしている。誰かと張り合うために作られたものは美しくない。

11/4
「ブルージャイアント」の新刊が出ていたので買って読む。苦境の中でも諦めず毎日サックスを練習する主人公、ダイ。
「タラント」も並行して読む。こちらの主人公、みのりは、ブルージャイアントのダイとは反対のキャラクターのようで、ずっと自分が打ち込めるものを探し求めているように見える。

ダイの着ている服を「とても似合う」と声をかけて褒めた通りすがりのおばちゃん。「無駄にならないかって思わないの?」と尋ねてきた青年に対して、「毎日何かが起こっている!確実に!」と返すダイ。
サックスを吹きたい!と思う理由のない気持ち、衝動。こういった行動には正解も不正解もないんだと思う。

みのりも、引きこもりの甥っ子を東京に招いたり、ボランティアの支援先で出会った少女を笑わせたりと、もがきながらもあれこれ考え行動している。自分ではわからないほど小さな仕草の中にも、衝動は隠れているのかなと思う。

11/7

「タラント」を引き続き読む。主人公のみのりが、支援先の学校の生徒に物乞いをされて、驚くとともに"恥ずかしい"という感情を抱くシーンがあった。
みのりはしばらく時が経ったあとで、なぜあの時恥ずかしいと感じたのか、明確な理由をつかむ。
このシーンを読んで、頭より身体が先に知覚する感情もあるよねと感じた。考えると、心ってものは不思議だ…。理解できないことなど、この世界にはないのかも、と思う。

みのりはボランティアに打ち込んでいる周囲の友人に憧れ、その衝動を不思議がり、やっかみ、自分にはそうしたきっかけも手段もないと悩む。が、人生歩み続け、心に引っかかったことがあれば、それは立派な衝動に変わるのでは、と思う。
わたしはあまりボランティアには興味がない。世界で起きている紛争も、ニュースで聞くが行動に移したことはない。縁がないからこそ、それを遠い世界の出来事に感じている。「タラント」に出てくる人たちは、縁を持ったから働きかけているんだろう。だとしたら、私の縁はこの「タラント」なのかもしれない。ガザやウクライナのニュースに疲弊して避けてしまっていたけれど、それでいいのかと問いかけられている気がする。





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