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Journal of "Tokyo Good Morning" vol.02
2025年2月27日(木)から東京・三河島のアートスペース「元映画館」で上演する新作『トーキョー・グッドモーニング』。本作のクリエイションの過程に伴走してくれるつちやりささんによる稽古場レポートを、Journal(ジャーナル:日々の出来事を記録するもの)としてお届けします。
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———2/1(土) 長い散歩 / いちばん後ろを歩くひと
八王子駅に10時に待ち合わせ。今日は朝から晩までいちにちかけて歩く、長い散歩の日。バストリオのクリエイションには、散歩が欠かせない。まちを歩きながら見えた景色や感じたことを手がかりに、発表を作る。「ハードオフに行ったり川とか牧場に行ったりします!結構な距離歩くと思うので格好などお気をつけください〜」前日に届いた中條さんからのメッセージ。
八王子駅の改札を出て左の方にある開けた広場のようなところで、今日の作戦を立てる。まずは牧場に向かうこと。ひとり一回ずつだけ、マップをみることができるということ。八王子に牧場があるよ、と言ったのはスカンクさんで、他のみんなはそれがどこにあるのか、はたまた牧場の名前すら知らない。スカンクさんに案内してもらうのではなく、みんなの感覚(とときどきマップ)をたよりにしながら、その牧場に辿りつくことを目指す。さっそく橋本さんが、マップを見る権利を使う。みんなで橋本さんのiPhoneを覗き込み、大体の方角を決める。開いたばかりのマップを閉じて歩き出す。
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川をのぞきこむ。「山田川」「一級河川だって」「こんなに川幅も狭いのに」「この一級とかって大きさとかじゃないらしいよ」「そうなの?」「人間にとってありがたいかどうかで決まるみたいなことを聞いたことがある気がする」「ほんとう?」
蔦の巻きついた建物を見つける。「これは家?」「会社じゃない?」「人いないのかな」「でも玄関がきれいに掃除されてるから出入りしてる」「このすりガラスかわいい」「蔦ってこんなにかたいんだ」「下からも上からも蔦がのびてきているみたい」
キャベツ畑が広がっている。「最近キャベツ高いよね」「とんかつ屋さん大変だよね」「キャベツおかわり自由とかもうできないよね」「肉より高いくらいじゃない」
お墓がある。「見晴らしがよくてお墓もきもちよさそう」「ほんとだね」「東京はお墓がいっぱいあるよね」「お寺もいっぱいある」「人が多いからかな」
突然、動物のにおいに気づく。あ!と左に続く道の先に、いちばん最初に牛を見つけたのは誰だっただろう。みんなで近くまで行ってみると、胸の高さほどの柵の向こうに、二頭の牛がいた。薄茶色の牛と、白地に茶色のまだら模様が入った牛。柵越しに牛たちの体に触れることができて、薄茶色の牛は菊沢さんによく懐いた。牧草を食べているから舌が緑色になっていて、そのつながりの素直さになんだかほっとする。もう少し進んでみると、他にも牛や羊がたくさんいた。どうやらスカンクさんが言っていた牧場に着いたみたいだ。
羊がゲップをした。恥ずかしいとかないんだろうねえ、と黒木さんが言う。目が宇宙みたい、と今野さんが言った。瞳を覗き込んでみると、白と黒の部分にきらきらと光が反射して美しい。なんかぬれている?汗かな?牛のあたまを撫でていた佐藤さんが言う。あとから調べてみてわかったことだけど、牛はほとんど汗をかかないらしい。羊にいたっては汗をまったくかかず、その代わりに蒸泄(じょうせつ)と言って、皮膚や粘膜、呼気などから水分を蒸発させているのだという。人間の当たり前が、生き物の当たり前ではないことを思い出す。
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牧場の中にある建物に入って、みんなでソフトクリームを食べた。「北海道のとどっちがおいしい?」北海道出身のわたしに、スカンクさんが尋ねる。少し考えたあとで「どっちもおいしいです!」と答えた。「わたしの両親、ドライブで牧場を通るたびにソフトクリーム食べるんですよ、一日に二回とか」と言うと、スカンクさんと今野さんが口を揃えて、わかる!と言った。北海道の人ってソフトクリームはしごするよね。おかしくなってみんなで笑う。
そこからしばらく歩いたところにあるお好み焼き屋さんでお昼を食べて、すぐ近くにあったハードオフとトレファクに立ち寄る。発表で使えそうなものを、3つのグループに別れてそれぞれ探す(結果的に使えなくてもいいし、舞台上に置くだけになってもいいし、置きさえしないことになってもいい)。楽器や家電、置物、スポーツ用品。これなんだろうね、どうやって使うんだろう。みんなで想像を膨らませながら、店内を回るのがたのしい。黒木さん・本藤さんのグループと、橋本さん・菊沢さん・佐藤さんのグループは、トレファクでなにかを見つけたみたいだった。そのあとにもうひとつ、しばらく歩いたところにあるとんでもなく大きいハードオフに行くことになっていたので、スカンクさん・坂藤さん・中條さんはそっちに賭けることにした。そのハードオフの方へ向かいつつ、でもあまりよく考えずにみんなで気ままに歩いていたら、途中でそのハードオフの閉店時間までほとんど時間がないことが発覚する。途端に3人が異常な速さで歩きはじめて、気づいたときにはその姿が見えなくなっていた。
✴︎✴︎✴︎
「本藤さん、まだ決めてなかったよね」八王子駅を出てまだ間もないとき、工事現場と道を隔てるぴかぴかした白いかべの横を歩きながら、スカンクさんが手のひらサイズの草花図鑑を本藤さんに手渡した。そうなんです、ありがとうございます!本藤さんがそれを受け取る。ひとりひとつずつ植物を選ぶこと。伏尾さんから預かっている宿題。まだ決まっていない人は、長い散歩の日に見つけられたらいいね。そんなことをみんなで火曜日に話していた。
わたしは写真を撮るためになんとなくみんなの後ろを歩いていたのだけど(いま思えば別に一番後ろにこだわる必要はなかった)、そのひとつ前、わたしのレンズ越しにいちばん後ろを歩いていたのは、だいたい本藤さんだった。
「なにを見てるの?」身を屈めている本藤さんに声をかけると、「この紫の花、なんだろう?」「この葉っぱもいいな!」気になる植物を見つけて写真を撮っては、草花図鑑を開く。花の色や葉っぱの模様。夢中になって観察していると気づいたらみんなが前を歩いていて、本藤さんはいつもわたしといっしょにいちばん後ろにいた。道端のどんなに小さな花や葉っぱも見落とさないようにと、本藤さんの全身の窓が開け放たれていた。
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お昼に入ったお好み焼き屋さんで、今野さんが話していたことを思い出す。本藤さんは、しだ植物みたいなイメージ。しだ植物って、いちばん最初に土に根を下ろした生き物なんだけど、本藤さんがいろんな環境で音楽をしていることが、しだ植物の拡張していくところとか、生命力とか、そういうものとつながる。場所に対して、生息するという感じがある。今野さんが話すのを聞いていた本藤さんは、そういえば前にXのプロフィール欄に「生息地◯◯」って書いてました、と言って笑った。
「本藤さん、これ見て!」両脇に土手があって、たぶん川なんだろう。冬だから水がないのか、小さな岩や石がごろごろしたその道の、相変わらずいちばん後ろをわたしたちは歩いていた。数歩前を行く本藤さんに、わたしが呼びかける。本藤さんは走ってやってきて、これ、とわたしが指差す先に視線を移す。ころがる石たちのすきまにそっと、小さな白い花が咲いていた。「わー!こんなところに!」本藤さんの声がはずむ。「わたし、この花にする。厳しい環境でも生きている植物がいいなって思ってたんだ。りささん、ありがとう!」太陽のような笑顔。その白い花をしっかりと写真におさめて、本藤さんはまた前を向いて歩いていく。
(執筆・写真:つちやりさ)
『トーキョー・グッドモーニング』公演情報
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なんでここにおんねや/誰や/知らんか/ええよ
声かけてみよか/返事なくてもええやんか
おはよう
イントネーションどこの国のやつでいく?
西から東から北から南から
中心から逸れたトーキョーボディ
全然やってこない星たちはいまも上にあって
真っ白に落ちてきたもん口に入れる
おはよう
死なんて遠くに追いやって
生きてるものが、おめでとう、ありがとう
◆クレジット
演出・照明:今野裕一郎
出演:菊沢将憲、黒木麻衣、坂藤加菜、佐藤駿、スカンク/SKANK、中條玲、橋本和加子、本藤美咲
音楽:コルネリ、高良真剣、中村太紀
美術:岩村朋佳
音響:岡村陽一
衣装:伏尾奏美
◆会期|2025年2月27日(木)〜3月6日(木)
2月27日(木)19:30-◉(早割)
2月28日(金)19:30-
3月1日(土)13:00-/18:00-☆(アフタートーク|ゲスト:横浜聡子)
3月2日(日)13:00-/18:00-
3月3日(月)休演日
3月4日(火)14:30-/19:30-
3月5日(水)14:30-/19:30-
3月6日(木)14:30-
受付開始・開場は開演の30分前
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