濃密な58分 Don’t Look Back In Anger『ルックバック』【映画レビュー】
★★★★★
鑑賞日:7月28日
イオンシネマ大高
原作:藤本タツキ
監督:押山清高
出演(声): 河合優実
吉田美月喜
原作漫画は読んでいた
あの作品を映画化するということで 期待と不安が入り交ざったままに鑑賞
始まってすぐに不安なんぞは吹っ飛んでしまった
何と素晴らしい映像化なのだろう 短くも濃密な58分間
漫画原作を映像化することで起きる “がっかり感” が皆無であった
きっと原作を何百回と読みこんだに違いない 映像化することで原作の魅力を増幅させている
間がよく 音楽の導入もよかった そしていい意味で主張しない声 特に京本の訛りのあるたどたどしい話し方は完璧だ あと細かいことだが「藤野の絵って フツーだなぁ」「絵描くの卒業した方がいいよ…?」と脇役の子たちのセリフのトーンも
思えば自分も幼き頃は 絵ばっか描いてないで勉強しろ と叱られていたな
作中数えきれないほどの「ルックバック」カット、彼女たちの背中に皆 何かを感じるだろう
全編通して心震わされるのだが その中でも 白眉なシーンは
ふたりが邂逅したあと
運動も得意なはずの藤野がみせる ブサイクなスキップ それがいい
田んぼのあぜ道を 雨の中 身体が動いてしまうのだ なんと瑞々しいことか 見ていてくれる人がいた 努力したあの日々は間違いじゃなかった 褒めてもらえた 認めてもらえた 歓喜 快哉 優越 恍惚 自尊心の高まりは制御不能で 複雑な感情の昂ぶり 内から溢れる抗えない衝動の末のブサイクなスキップ 台詞は無い その動きと表情で魅せていく
原作漫画では1ページと見開きのみと短いが アニメーションならではの表現 心揺さぶられた
雨でずぶ濡れになったそのままに 机に向かう藤野の背中は 尊い
ちなみに京本に出会う前に藤野は「4年生で私より絵ウマい奴いるなんて 絶対に許せない!」とあぜ道を敗北 焦燥 不安 屈辱を抱いて走っている
袂を分かつシーン
二人の間には大木の影 まるでふたり手を繋ぎ合って街を駆けたあの日々を分かつかのように 目指すところは同じなのに 一緒にいたいのに 胸が締め付けられる その後の出来事を知っているから一層 切ない。
絵画や漫画、映像表現において 右側が過去、左側が未来というように右から左へと時間が流れているのが理想とされている
彼女たちは常に右から左へと走り抜けていく 田んぼのあぜ道 コンビニへ向かう雪道 街の雑踏の中 等々
しかし ラストでカメラは後方から 藤野の歩く姿を映し出す
つるはしの刺さったままの背中で 描き続ける 創造し続ける そんな藤野の背中に なにを見たか
作画スタッフから始まるエンドロール
原作への愛情 全てのクリエイターへのリスペクトに溢れた 語り継がれるべき名作
「自分の中にある消化できなかったものを 無理やり消化する為にできた作品です」藤本タツキ
この作品を作ることで 様々な理不尽なる事件へのレクイエムとしたのだろうか
京都アニメーション放火事件 英国自爆テロ事件(アリアナ・グランデコンサート) シャロン・テート事件等が暗示されている
映画鑑賞後 漫画を読み返す 頭の中で藤野と京本が動き出した
(text by 電気羊は夢を見た)