【映画】「Winny」感想・レビュー・解説
とても良い映画だった。僕は、「実話を元にした外国映画」をよく観るのだけど、「日本にはなかなかこういう映画はないなぁ」という感じを持っていた。実話を元にしていても、どうも描き方が違う感じがしていたのだ。しかし『Winny』には、僕がよく観るような「実話を元にした外国映画」の雰囲気があった。とても良い。この映画は、このまま外国で通用するんじゃないかなぁ、と思う。
あと、先に伝えておきたいことを書いておくと、こういう映画が興味のある無しに関係なく観ておいた方がいいと思う。「こういう映画」というのは、「冤罪(に類するもの)を扱った映画」という意味だ。別に本でも何でもいいのだけど、万が一にも自分が思いがけない理由で逮捕された時に、「すべきではないこと」を知っておくのは有効だろう。「警察がどんな手を仕掛けてくるのか」「裁判というのはどのような機能を持つ場なのか」みたいなことを正しく理解しておかなければ、うっかり「犯罪者」の烙印を押されてしまうかもしれない。
さて、映画の内容に触れる前にまず、以前テレビ番組で観た衝撃的な話を紹介しよう。それは、「ビットコインを生み出した『サトシ・ナカモト』は実は、Winnyを生み出した『金子勇』なのではないか」という仮説である。
ここではその検証について詳しく触れないが、「ネット上で確認できる『サトシ・ナカモト』の年表」と「金子勇の年表」を突き合わせてみると、「サトシ・ナカモト=金子勇」説に信憑性が出てくるというのだ。確かにその番組を観て僕は、「そういう可能性もあるか」と感じた。
そしてこの『Winny』という映画を観て、さらにその印象が強まった。というのも金子勇は、逮捕後の「保釈」の条件として「プログラム開発」を禁じられていたからだ。
金子勇が、プログラム開発を禁じられていた期間にプログラム開発をしていたかどうかは不明だ。しかし、もししていたとしても、その事実を公にすることはできない。そう考えた時、「サトシ・ナカモト」というまったく別の名前を使い、「金子勇ではない誰か」として「ビットコイン」を生み出したという可能性は考えられるように思う。
ある時点から、サトシ・ナカモトが保有しているビットコインは一切動かされていないという。その時価総額は、天文学的な数字になっているそうだ。普通なら、何か動きがあってもいいはずだ。何故サトシ・ナカモトが保有するビットコインにはなんの動きもないのか。その理由は、金子勇が42歳という若さで心筋梗塞で亡くなっているからかもしれない……。
映画の中で金子勇は、「普通なら3年掛かる開発を2週間でリリース出来る」と紹介される。類まれな天才と言っていいだろう。未だに、「金子勇がWinny事件で逮捕されていなかったら、日本からYouTubeのような画期的なサービスが生まれていたかもしれない」と言われるほどである。金子勇を逮捕したことは、日本という国家にとって莫大な損失をもたらしたと言っていいだろう。
さて、一般的な事実をまずは書いておこう。それは、「プログラムの開発者は普通、罪には問われない」ということだ。Winny事件が世間を騒がせる以前にも、アメリカなどでは「ナップスター事件」など、個人が開発したプログラムを悪用することで犯罪が行われ、逮捕者が出ていた。しかしそれでも、プログラムの開発者が逮捕されることはなかった。
その理由について、映画の中でわかりやすく説明される場面がある。冒頭で、後に金子勇の弁護を担当することになる壇俊光が、食事中に使っていた「ナイフ」を使って説明する。仮にそのナイフを使って誰か殺すとする。その場合逮捕されるのは当然殺人を行った者だ。どうあっても、「ナイフを作った人物」が逮捕されることはない。それと同じで、どんなプログラムを生み出そうと、悪用する人物が悪いのであって、それを生み出した人間が悪いわけではないという解釈が一般的なのである。
では、何故金子勇は逮捕されたのか?
その理由ははっきりとは分からないが、恐らく警察や国などの強い働きかけがあったのだろう、と示唆される。要するに、「Winnyは国家にとって都合の悪いプログラムだから懲らしめてやろう」という判断である。それは、Winny事件の裁判の原告が「警察」だったことからも伺える。金子勇は「著作権法違反」で起訴されたのだが、通常この罪は「親告罪」であり、著作権侵害を訴える個人の申し出があって初めて裁判が開かれる類のものだ。しかしWinnyでは、少なくとも金子勇に対して「著作権侵害」を訴えた者はいない(いないのかどうか分からないが、少なくとも裁判の原告にはならなかった)。”わざわざ”警察が原告になってまで、金子勇を起訴したという事実にこそ、大きな意図があるのだろうと感じる。
映画を観れば分かるが、警察のやり口は「酷い」の一言だ。
Winnyについては当初、「Winnyを悪用して著作権侵害を行った者」たちが逮捕されていった。そしてそれと時を同じくして、開発者である金子勇も警察から聴取を受ける。この時点で、彼は逮捕されていなかった。
後に弁護団は、この時点で逮捕されなかったことについて、「警察は、逮捕の要件を満たす証拠を押さえられなかったのだろう」と解釈していた。
金子勇を「著作権侵害」で逮捕するためには、「金子勇はWinnyを、著作権侵害を蔓延させる目的で開発した」ことを示す必要がある。しかし、そんなものはどこからも見つからなかった。だから逮捕されなかった、というわけだ。
しかし警察は、次善の策を用意していた。「偽の供述調書」を書かせたのだ。
刑事の1人は金子勇に、「二度とWinnyの開発をしないという誓約書を書いてくれ。それを書いてくれたら、今日はもう帰れるから」と告げる。もちろん、そんな甘い話があるはずもないのだが、「プログラム」以外の世間をほぼ知らずに育った金子勇は、刑事の言うことを素直に聞いてしまう。そして、刑事が用意した「作文」を別紙に書き写し、そこに署名するように命じるのである。
そこには、「私は、著作権侵害を目的としてWinnyを開発した」みたいな一文が含まれていたのだ。さすがに書き写す途中で違和感を覚えた金子勇だったが、「これって後で訂正できるんですか?」と聞き、刑事から「もちろんだよ」と返答があったことで、それ以上疑問を抱くことなく「誓約書」ならぬ「偽の供述調書」を書き上げてしまう。
みたいなことを、警察・検察は何度も仕掛け、「なんとしても金子勇を有罪にする」という意志を強靭に見せるのである。
金子勇も裁判は、単に金子勇だけの問題ではなかった。金子勇がもし有罪になれば、「日本のプログラム開発」が萎縮する可能性があったのだ。
検察側は裁判で、「金子勇の行動の何が『著作権侵害』に当たるのか」を明確に示さずに裁判を始めた。もしこの裁判で金子勇が負ければどうなるのか。それは、「どんな目的で作られたソフトウェアにせよ、悪用された場合、その開発者が逮捕される可能性がある」というメッセージを広く伝えることになるのだ。そうなれば、間違いなくプログラム開発は萎縮してしまう。だから金子勇は、自分自身のためだけでなく、日本の未来の技術者のために戦わなければならなかったのだ。
金子勇にとって幸運だったのは、壇俊光という弁護士の存在だろう。彼は元々、プログラミング周りの知識にとても明るかった。映画でも、拘置所内の金子勇が語る「Winnyのより良い改善策」に対し、完全に同等のレベルで会話できるだけの知識があった。彼の存在無くして、金子勇の裁判は成り立たなかっただろう。
僕もなんとなく記憶しているが(逮捕されたのが2004年なので、当時僕は20歳前後だったと思う)、Winnyや金子勇のメディアでの取り上げられ方は、完全に「悪者」だったと思う。なんというのか、とにかく「Winnyというのは悪い技術なのだ」という印象がもの凄く強かった。当時は僕も、「そうか、手を出したらマズい技術なんだな」と思っていたぐらいだ。
壇俊光の周囲にも、「金子勇を疑う者」はいた。本当に著作権侵害のために開発したのではないかとか、某国のテロリストなんじゃないか、みたいな噂さえ出てきたぐらいだ。
しかし、金子勇ほどではないにせよ、コンピュータ技術に明るかった壇俊光は、金子勇とやり取りする中で、「そこに山があったから登っただけだ」ということを直感する。思いついたアイデアがあり、それを実行できるだけの技術があったからやってみただけ、というわけだ。そして、早い段階で弁護側がそのような理解を得ていたことは、金子勇にとっても日本の技術者の未来にとっても、とても幸運だったと言えるだろう。
壇俊光が凄く良いことを言う場面がある。金子勇と2人で飯を食っている場面だ。
【私はこれからの5年間を金子さんに捧げます。だから金子さんは、日本の技術者の未来のために、残りの人生を使って下さい】
こんな気概を持つ弁護士がいたからこそ、金子勇も戦えたのではないかと思う。映画は確かに「金子勇の物語」ではあるのだけど、それ以上に「金子勇を支えた者たちの物語」でもあると感じた。
金子勇を演じたのは東出昌大なのだけど、僕が観たことのあるどの東出昌大よりも良かった。なんというか、上手かったなぁ、と思う。
実際の金子勇がどんな人物なのか知らないが、東出昌大は、「地に足のつかない、どこかフワフワした感じの印象」を絶妙に醸し出していた。逮捕されても悲壮になるわけでもなく、自分が置かれている「窮地」を正しく理解できていないかのような、傍から見ているとどことなくイライラしてしまうような雰囲気が絶妙だった。確かにこんな人物なら、検察(警察?)から「捜査に協力して下さい、頼みますよ」と言われたら、断らずにそうしてしまいそうだな、と感じたりした。映画の中の金子勇は、「ちょっと常識からは逸脱した振る舞い」を数多く行うのだけど、そのことに違和感を感じさせないような「変な人物像」を見事に演じていたなぁ、と思う。
あと、役に合わせてなのかどうなのか分からないが、東出昌大はちょっと太って、以前より丸顔になった印象がある。その東出昌大が笑うと、めちゃくちゃ田中圭に見えた。すげぇ田中圭感があったなぁ。
映画を観て驚いたのは、「仙波敏郎」という人物が出てくることだ。僕は以前、この人が書いた本を読んだことがある。「仙波敏郎」の話がどう物語に関係するのかしばらく全然理解できないのだが、最後の方でちょっとかする感じになる。しかしたまたまとはいえ、仙波敏郎は絶妙なタイミングで行動を起こしたと言っていいだろう。金子勇が法廷で、「Winnyの開発は早すぎたのでしょうか、あるいは遅すぎたのでしょうか」と口にする場面があるが、仙波敏郎に関して言えば「まさにそのタイミングしかなかった」と言っていいと思う。しかしそうだとしても、大変だっただろうなぁ。
映画の中でメインとなるのは、金子勇・壇俊光・仙波敏郎だが、あともう1人、壇俊光と共に弁護団の一員を務める秋田真志もとても印象的だった。公式HPには、秋田真志を演じた吹越満が、「シーン74の証人尋問も、実際の裁判記録を元に構成しています。なのに、まるで映画の台本みたいな流れでした、笑。」と書いている。まさにその通りで、法廷での絶妙なやり取りが魅力的だった。秋田真志ももちろん実在の人物であり、「刑事事件での無罪判決は、一生に一度あればいい方」と言われる中で、秋田真志はWinny事件を担当する時点で既に10回以上も刑事事件での無罪判決を勝ち取っているという、伝説の弁護士なのである。吹越満が、その「伝説の弁護士」感を上手いこと演じてたなぁ。お見事でした。
法廷シーンに阿曽山大噴火みたいな奴がいるなぁ、と思ったら、エンドロールで「阿曽山大噴火」とクレジットされてた。やっぱり。
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