【映画】「浜の朝日の嘘つきどもと」感想・レビュー・解説

超良い映画だった。
そして、高畑充希が超絶良かった。
すげぇな、高畑充希。


映画の1つのテーマに、「幻想」というキーワードがある。

【でもね、みんなその幻想にすがりたいのよ】

映画の舞台になっているのは福島県・南相馬だ。東日本大震災でも大きな被害を受けた。もちろん、全国どこの地方であっても、その境遇が苦しいことには変わりないだろう。しかしやはり、この物語の舞台が福島であるということは、この「幻想」という言葉にさらに一つ重りを乗せる要素になっていると思う。

僕は、「幻想にすがること」がとても怖く感じられる。その怖さを、主人公の浜野あさひがまさに的確な言葉で言い表していた。

【でも、その幻想が幻想でしかないって分かった時の絶望って、計り知れないと思うんだよなぁ】

本当にそう思う。

「宝くじを買う」ぐらいの話なら別にいい。当たったらラッキーだが、当たらなかったところで「あー残念」ぐらいの感じで済む。

しかしこの作品で描かれる「幻想」は、もちろんそんなものではない。そんな「幻想」にすがってでもいないと、両足で立っていられなくなってしまうような、そんな存在だ。

その「幻想」は、もちろん「希望」の形をしている。「希望」の形をしているからこそ、その「幻想」は「幻想」としてあり続けることになる。

もちろん世の中には、多くの人が希望を持って願うことが現実を動かす要因となることももちろん。この映画で語られる「幻想」にしても、そうならない可能性がゼロなわけじゃない。

ただ残念ながら、その可能性は低いだろう。何故ならそこにはもう一つ、「家族」という名前の「幻想」も絡んでくるからだ。

浜野あさひはこんなふうにも言う。

【家族ってものに確信が持てなくなっちゃったんだ】

東日本大震災の前は、仲の良い家族だった浜野家は、震災を機に大きく変わる。父親は震災需要を見込んで独立し、成功を収めたが、誰もが大変だった時期に長期的に家を空けてしまう。また、「震災成金」と揶揄されたことで、高校生だったあさひは友達がいなくなり東京に転校、しかしそこでも上手くいかず、「優等生ルート」からさらりと落ちこぼれてしまう。母親は放射能に過敏になり、あさひが何を言っても聞く耳を持たない。弟だけがただ一人母親を笑顔に出来る存在だった。

東日本大震災さえ起こらなければ幸せな家族のままでいられただろう。しかし震災は起こってしまった。あの前にはもう絶対に戻れない。そして、震災後の世界を生きざるを得ないあさひは、「家族」というまとまりが「幻想」であることに気付かされてしまう。

福島の人たちが抱く「幻想」には、「家族だったら」という「幻想」も乗っかってくる。どちらの「幻想」にも思い入れを持つことができないあさひが孤軍奮闘する物語なのだが、一方で、同じ福島出身で、東日本大震災を経験した身として、「幻想に寄りかかりたくなる気持ち」を否定することはできない。

この映画は、「映画館」を舞台にした映画だが、ここはただ「映画を上映する場所」として機能するわけではない。「震災後を生きる、そしてコロナ時代を生きる地方の人々にとっての”正義”とは何か」の衝突点なのだ。

映画で描かれる一方の「正義」は浜野あさひが奮闘する物語なわけだが、もう一方の「正義」の側の人間がこんな風にいう場面がある。

【これが正しいかどうか、正直自信があるわけではありません。ただ、間違いではないということだけは確信しています】

確かにその通りなのだ。

一見するとこの映画では、「商業主義との対立」が描かれているように見える。しかし実はそうではない。「商業主義」側に見える人物も、実は向いている方向は浜野たちと同じなのだ。同じ方向を向いた者同士が、「朝日座という映画館」を衝突点として、まったく違う未来を描こうとしている。

同じ方向を向いているが故に、この対立は非常に難しい。主義の対立ではなく手法の対立であり、だからこそ余計に「これが正解だ」という主張は難しくなる。

「映画で腹は膨れない」とか「今一番偉いのはコメを作ってる人だ」みたいなセリフが出てくる。コロナ禍では、「不要不急」という言葉で、様々なものが安易に(しかし、「しかたないか」という気持ちもある)切り捨てられてしまう。

コロナはいつか落ち着くだろう。しかしその「いつか」までの間に、どれほどのエンタメが死んでいくか。

考えるだに恐ろしい。

スマホの中、ネットの中で完結するものは、これからも残っていくだろう。「エンタメ」と呼ばれるもののほとんどが、そんな風に完結してしまう時代もすぐそこまで来ているのかもしれない。

しかし、本当にそれでいいのだろうか?

【「無くなることが分かってから惜しまれてもな」
「惜しまれないよりマシだろ」】

デジタルの世界のものなら、一度失われたデータも復元する方法があるかもしれない。しかし、リアルの世界で失われてしまったものを復活させることは並大抵のことではないだろう。

無くなってから惜しんでも遅いのだ。

コロナ禍ゆえに、支援の仕方が分からないという人もたくさんいるはずだ。しかし、孤軍奮闘する浜野あさひのように、やれることは何かあるはずだ。それが結果に結びつくかどうかは分からないが、何もせずに終わってしまうよりマシかもしれない。

【「これで良かった」に変えていくしかないだろ、これから】

内容に入ろうと思います。
「先生」から頼まれて、福島県の「朝日座」という100年以上の歴史を持つ映画館を目指している浜野あさひは、まさにその映画館の前で映画のフィルムを燃やしているジジイを発見する。慌てて止めに入るも、ジジイこと森田からすれば赤の他人、ようやく意を決して閉館を決断し名残惜しくもフィルムを燃やしている時間を邪魔される謂れはない。
名前を聞かれて、咄嗟に「茂木莉子(モギリ子)」と嘘をついたあさひは、「売却先も解体作業日も決まっている」と語る森田に詰め寄る。「まだ何も始まっちゃいねぇよ」と啖呵を切り、不動産屋に乗り込んでは打てる手がないか頭を巡らせていく。
あさひは、震災後家族の事情で東京へと移り住むが、東京でも馴染めずに、郡山の高校の恩師・田中先生の家に転がり込む。家出だ。
田中先生には、高校の屋上で声を掛けられた。「飛び降りるのはどうかと思うよ」と。教師らしからぬフランクな物言いと、古い映画を一緒に見る時間に心が落ち着き、なんとか前を向けるようになったのだ。
あさひはバイトをしながら田中先生の家で寝泊まりし、日々一緒に映画を観るような生活を始めることになるのだが、先生に思いがけないことが起こり……。
というような話です。

メチャクチャ良かった。もちろん、ストーリーとか雰囲気とかもろもろ含めて良かったんだけど、何より良かったのは高畑充希だ。

すげぇなと思った。

映画の主要登場人物を演じるのは、高畑充希の他に、芸人の大久保佳代子と、落語家の柳家喬太郎だ。演技が本職ではない2人とのシーンが多かったから、という理由もあるかもしれないが、恐らくそんなこととは関係なしに、高畑充希の演技は別格だなぁ、と感じた。

僕はそもそも、「浜野あさひ」みたいな人間が好きだというのがある。内側には暗く苦しい部分を抱えつつ、表向きは楽しげに振る舞い、年齢に関係なくフラットに関わり、ある意味で傍若無人と言えるような言動をする、みたいな人だ。

そしてそういう人物を、「ホントにこういう人いそうだな」と感じる解像度で演じきっているのが凄いと感じた。

僕がいいなぁと思うタイプの人だからこそ、たぶん、見方は厳しくなるはずだと思う。細かい部分に対して、「そこはそういう感じじゃないんだよなぁ」みたいな風に思うことがあると思う。

しかし高畑充希が演じる「浜野あさひ」という人物に対しては、そんな感覚にはまったくならなかった。

「傍若無人に振る舞う時」と「シリアスに振る舞う時」のギャップがあるから、シリアスな場面でよりグッと締まるし、傍若無人に振る舞う時に傍若無人さも板についている感じがする。

とにかくこの映画では、高畑充希に釘付けという感じだった。凄い。

さらにプロフィールを見て驚いた。この人、今30歳なんか。高校生役とか違和感ないから、20代前半とかかと思ってた。ビックリだ。

映画は、「福島中央テレビ開局50周年」を記念して作られたものだそうだ。この事実を最初に知っていたことも良かった(映画の冒頭できちんと表示される)。

というのもやはり、震災や原発の話はデリケートだからだ。

腫れ物のように扱って話題に出さないことは良くないと思うが、やはり、無知ゆえに誤った形で触れてしまうこともあるだろう。この映画では、福島県が舞台であり、震災や原発の話がその背景にあるので、なおさらだ。

地元テレビ局なら間違えないというわけでもないだろうが、やはり、地元の人たちの感覚に寄り添った制作ができるだろうという期待はできる。そういう意味で、「この映画で描かれていることは、おそらく、福島に今も生きる人々の多くを傷つける内容ではない」という安心感と共に観れる。

だから、「福島中央テレビ開局50周年」を記念して作られたことをあらかじめ知っていたことは良かったと思う。

コロナウイルスは、様々なものに打撃を与え、人々の価値観を大きく変えた。そして、人知れず多くのものが失われている。

失われたことに気づいた時にはもう遅い。もし何か未来に向けて繋ぎ止めたいものがあるなら、リアルの世界から完全に失われてしまう前になんとか手を打たなければならないだろう。

古き良きものほど、コロナ時代を生き抜けないだろう。コロナが終わっても、私たちは、豊かさの失われた殺伐とした世界を生きなければならないかもしれない。

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