【映画】「鯨の骨」感想・レビュー・解説

これはなかなか面白かったなぁ。正直、「あのちゃんが出てる映画なんてやってるんだ」ぐらいのテンションで観に行っただけなので、全然期待していなかったのだけど、思ってた以上に面白かった。

まず、冒頭の設定が絶妙に面白い。なんと、あのちゃん演じる主人公の1人が、最初の5分ぐらいで自殺してしまうのだ。映画は基本的に「リアルタイム」に進んでいく物語で、回想シーンなど一切ない。普通に考えれば、自殺したあのちゃんはもう物語に出てこられないはずなのだ。

しかし、ここが非常に上手いポイントなのだが、彼女は「AR(拡張現実)」の世界にいるのである。どういうことか。

物語には、「MIMI(ミミ)」というアプリが登場する。これは、「街中の様々な場所に、自分の映像を残すことが出来る」というアプリだ。ユーザーは、投稿者が映像を記録した場所まで行ってスマホで再生しなければ、その動画を見ることが出来ない。

名前は「王様の耳はロバの耳」から取られており、当初は「誰にも言えずに抱えている文句や悩みを、『穴』に埋めて蓋をする」という、ネガティブな目的でリリースされたアプリだった。まさに「王様の耳はロバの耳」の話のようだろう。しかし、もちろん使い方は自由だ。「MIMI」は「自分の痕跡を街中に残していくアプリ」として広まっていき、「MIMI」上で人気になった人物がアイドル的に支持されるようなことにもなっている。

そして、そんな1人が「明日香」と呼ばれる女子高生だった。あのちゃんが演じている役である。もう1人の主人公である間宮は、ひょんなことから「MIMI」や「明日香」という象徴的な存在を知り、その「明日香」こそがかつて会った女性であることに気づくのだ。それからは、「明日香が街中に残したAR動画を探す」という形で「明日香」は映画に登場することになる。

この設定が思いの外絶妙で、物語的にかなり面白かった。映像的な演出として、「主人公の間宮は、実はAR動画を見ているのだが、スマホをかざしていないので、実在の人物と会話しているように見える」というやり方を取っている。だから、観客の見え方としては、「死んだはずの女性と再び喋っている」みたいな感じになるのだ。もちろん、次第に映画のルールに慣れ、その辺りの状況は理解できるようになっていくが、リアルとバーチャルの境を上手いことぼかすような手法で、謎めいた物語を展開する感じがとても良かった。

また、「AR動画」という設定は、あのちゃん的にもかなり良かったんじゃないかと思う。僕は、あのちゃんの演技は「結構上手いじゃない」と感じたのだけど、ある意味でそれは「ひとり語り」のシーンが多いから、とも言えるかもしれない。もちろん、撮影では実際に対面で喋っていると思うが、映画上の設定はあのちゃんは「MIMIで再生した動画」でしかない。だから、「他の役者との息の読み合い」みたいなやり取りから、かなり解放されていたと言える。

もちろん、そうではないシーンもあるので、あのちゃんの演技すべてがそうだったというわけではないが、決して演技の経験が多いわけではないだろうし、本作はなにせ主演の1人なのだから、この設定によって「演技の負担」が減ったことは、かなりやりやすかったのではないかと思う。

いや、でも、それを抜きにしても、あのちゃんの演技は結構上手かったと思うなぁ。普段の「あのちゃん」という雰囲気はありつつも(役柄的に、「あのちゃん」の雰囲気が残っていることはプラスである)、ちゃんと役柄の人物になっている。「MIMIの象徴」みたいに言われる雰囲気は「あのちゃん」の雰囲気の系統だろうけど、そうではない「もっと普通の面」も出ていて、ちゃんと存在感があって見事なものだと思う。

というわけで、あのちゃん目当てで観て、あのちゃんがなかなかハマってるのも良かったし、ストーリーもなかなか面白かったので、結構観て良かった映画だった。

ざっくりと内容の紹介をしておこう。

式場まで予約したのに、婚約者から「別の男とも付き合ってる」と言われて破局した間宮は、会社で同僚から「疲れてるんですか?」と心配されるほどの不眠症に陥っていた。「気晴らしに、マッチングアプリでもどうですか?」とその同僚から勧められ、唯一返信が返ってきた女性を喫茶店で会うことになった。お茶をした後、間宮は自宅に彼女を連れて行くのだが、間宮がシャワーを浴びている間に、彼女は大量の薬を飲んで自殺していた。傍らには、「さようなら 冷めないうちにどうぞw」という手書きのメモが置かれていた。

一度は救急に連絡するも、怖くなった彼は、死体を毛布でくるんで山へと向かった。スコップで穴を掘り終えて、トランクに入れた死体を運ぼうと開けたところ、なんと彼女の死体が忽然と消えていたのだ。男は理解できないまま家へと帰る。自宅には、彼女が置いていったバッグが残されていたが、その中には手がかりになりそうな情報は何もなかった。

何が起こったか分からず、一層仕事に身が入らなくなった間宮は、自殺してしまった女の子が名前を読み間違えた公園のことをふと思い出し、夜そこに行ってみた。ベンチに座り、缶コーヒーを地面に置くと、何故か見知らぬ若者から声を掛けられる。どうもその公園には、「一人でベンチに座り、缶コーヒーを地面に置いた人には話しかけていい」という謎ルールが存在したようだ。若者たちは「MIMI」というアプリにハマっているらしく、その内の一人であるネットアイドルの凛の映像を皆で集まって見るのが習慣のようだった。

凛と話していた間宮は、今では若い人の間でも廃れているらしい「MIMI」というアプリをどうして始めたのか聞いてみると、ついてきてと言われ墓地へと案内された。そして、DLした「MIMI」をかざすと、そこに一人の少女が現れた。凛は、「MIMI」の象徴的存在である彼女に憧れて「MIMI」を始めたのだという。

その画像を拡大してみると、それはなんと、間宮の部屋で自殺した少女だったのだ。彼女は「明日香」という名前で広く知られているらしい。それから間宮は、街のあちこちに残る「明日香」の動画を見る日々を過ごすことになるのだが……。

映画の冒頭で、詩のような文章が表示される。公式HPにも同じものが載っているので、その冒頭3行だけ引用しよう。

『深海では
小さな生物たちが鯨の骨に群がり
栄養を吸っている』

ここから『鯨の骨』というタイトルになったのだと思うが、映画を最後まで見ると、この詩のような文章の通りだという感じがしてくる。登場人物たちの多くは、様々な理由から「生きづらさ」を感じているのだろうし、だからこそ彼らが生きる世界はまさに「深海」のようなものと言える。その中で、皆が何か「鯨の骨」のようなものを探し求め、そこから「生きる」ための栄養を吸っている、というわけだ。

その中心に「明日香」がいるわけで、まさに皆の「栄養」たる「鯨の骨」としての存在感をあのちゃんが見事に出していると言える。

この感覚は、現代人にはかなり広く浸透していると言える。「推し」という言葉がかなり一般的になったが、「推しがいなければ生きていけない」みたいな人はたくさんいると思う。その「推し」が何なのかは人それぞれ違うわけだが、この物語ではそれがたまたま「ARアプリのカリスマ」だったというわけだ。

映画では、客観的に観るとかなり奇妙な状況が展開されるわけだが、しかしそれは「MIMI」というアプリに付随する奇妙さであることが多いと言える。つまり、「MIMI」というアプリが僕らが生きている世界にはないから、この映画で描かれる奇妙さも存在しないわけだが、「MIMIにハマった人々」の行動は、僕らの現実世界に存在するものに敷衍すれば、相似形を成すはずだ。映画では、「僕らの世界に存在しない奇妙さ」を描き出すことで、客観的に「こいつらヤバいなー」という感覚を植え付けるわけだが、しかし同時にそれは、結局のところ僕らが生きている世界で多くの人がやっている行動でもあるのだ。その辺りの「現実とのリンクのさせ方」が上手かったなと思う。

というわけで、思った以上に良い映画だった。しかしあのちゃん、「普通の人」を演じるにはなかなかハードルがありそうだけど、「ちょっと不思議な人」を演じさせたら、他にハマる人がいないと感じるぐらい良い感じになりそうな気がした。演技、上手いし。ちょっとこれからどうなっていくのか興味ある。

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長江貴士
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