【映画】「ぼくは君たちを憎まないことにした」感想・レビュー・解説
さて、すっかりドキュメンタリー映画だと思い込んで観に行ったのだけど、フィクションの映画だった。いや、だからダメだったなんてことは全然なくて、結構良い映画だったのだけど。
映画のタイトルになっているのは、主人公である作家・アントワーヌのベストセラーのタイトルなのだが、これは元々、彼がフェイスブックに投稿した「手紙」だった。それが多くの人に拡散され、ル・モンド紙に掲載され、テレビにも出演するようになる。表面だけ見れば、アントワーヌは「成功者」のような感じだろう。そしてこの映画は、その陰でアントワーヌがどのような生活を送り、どのような思考に囚われていたのかを描き出すものである。
彼がフェイスブックに書いた「手紙」は、犯人に向けてのものだった。2015年11月13日、パリの複数の場所で、イスラム国によるテロが発生した。コンサート会場として有名なバタクランもその標的の1つであり、アーティストのメイク係を担当していたアントワーヌの妻エレーヌは、このテロにより命を落とした。
テロから数日後、ようやく妻の亡骸と対面できたその日に綴ったテロの犯人に向けた「ぼくは君たちを憎まないことにした」というメッセージは、「テロに屈しない」というパリ市民の、そして世界中の人々の心を掴み、彼は一躍「英雄」のように扱われていくことになるのだ。
僕はフェイスブックをやっていないが、この「テロ犯に向けて『憎まない』というメッセージを出した人がいる」という話は、なんとなく記憶がある。恐らく日本でも、メディアなどで取り上げられたのではないかと思う。
映画は割と淡々と、「事件後の、子育てに追われるアントワーヌの日々」を淡々と描き出しているだけであり、そこに何を読み取るのかは観客に任せられているような感じがした。もちろん、ごくシンプルに捉えれば、「最愛の妻を喪った悲しみ、そして大事な存在だがついイライラしたり声を荒らげたりしてしまう息子に対する様々な葛藤」が描かれているだと思う。
ただ僕は、もう少し違う側面が気になった。それは、「世の中が物事を『消費』していくこと」である。
大前提として、アントワーヌが投稿した「手紙」の内容は、とても素晴らしいと思う。恐らく、フェイスブックに投稿したものが、そのまま全文映画で紹介されるのだが、とても良かった。確かに多くの人に読まれるべきものだと思うし、新聞も載せたがるだろう。だから、そういう1つ1つの行動を取り上げて何か文句を言ってやろうなんて考えているわけではない。
ただどうしても僕は、「世の中が、アントワーヌの言葉を『消費』しようとしているなぁ」という感覚になってしまった。もちろん、「拡散」と「消費」は表裏一体だし、広く知られれば知られるほど、同時に凄まじく消費もされていくというのは避けがたい。僕もかつて、そういう「消費」の中心に立った経験があるし、あるいは、恐らく僕自身も様々な場面で「消費」的な行動を取っているだろうから、一応、両方の立場が分かるつもりだ。
映画で印象的なのは、「メディアの取材に答えるアントワーヌ」と「喪失の悲しみと子育てに追いまくられるアントワーヌ」が、全然繋がらないことだ。それは、事件から時間が経てば経つほど顕著であり、「メディアの取材に答えるアントワーヌ」はある種一層の神格化みたいな状況にあり、「喪失の悲しみと子育てに追いまくられるアントワーヌ」はより追い詰められた状況にあるという感じだ。
このギャップのリアリティこそ描きたかったのではないかと僕は感じた。
情報が益々氾濫する世の中である以上、「消費」を避けることは不可能だ。それでも僕は、「自分が『消費』しているものの背後がどうなっているのか」という想像を、一瞬でもいいからしてみるぐらいの余裕は残しておかなければいけないような気がする。ありきたりの表現ではあるが、見えているもののほとんどは「氷山の一角」でしかないという理解を手放してはいけないはずだ。
アントワーヌの「背後」を知ることで、そんなことを強く考えさせられた。
映画はとにかく、子役の上手さに驚かされた。あの子、何歳なんだろう。結婚もしてないし子どももいないから分かんないけど、5歳ぐらいだろうか。本作においては、ほぼ「準主役」みたいな存在だし、彼の存在無くしては成立し得ない映画だと思う。芦田愛菜が『Mother』で衝撃的な演技を披露したのが5歳の時だったようで、たぶん同じぐらいなんじゃないかな。まあ、芦田愛菜のようになるかは分からないが、ちょっとどうなるのか楽しみな子役だった。
と、一応公式HPをチェックしたら、監督インタビューの中に子役の年齢が書いてあった。なんと3歳だそうだ。マジか。3歳であんな演技出来るのかぁ。ちょっと凄まじいな。
ドキュメンタリー映画だと思って観に行ったので、予想とはまったく違う作品だったけど、観て良かったと思う。
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