見出し画像

【本】池田晶子「14歳からの哲学 考えるための教科書」感想・レビュー・解説

僕はよく、変人が好きだ、と言う。
それは、「考えることが好きな人」が好きだ、という意味だ。

『どのように考え、どのように生きるかは、やっぱりどこまでも君の自由だ。この本に書いてあることだって、君に何を教えているわけでもないんだよ』

これまでの時代がどうだったか、それは僕には分からないけど、少なくとも今の時代は、「考えることが好きな人」は「変人」と扱われることが多い。それぐらい、考えていない人間が多いと僕は感じる。

『人は、自分がわかっていると思っていたことが、じつはまるでわかっていなかったということに気がつくからこそ、わかろうとして考え始めるのであって、それ以外に人がものを考え始める理由はない』

僕は、他者と価値観が合うこと、にあまり重点を置かない。同じものが好きだったり、同じような考え方を持っていたり、そういうことが重要だとはあまり思わない。好きなものが全然重ならなかったり、まるで違う考え方をしていてもいいし、むしろその方が面白いと感じる。
価値観が合うかどうかよりも、その人なりの考え方がきちんとあるかどうか、ということが僕にとっては大事だ。

『まさかこの本を暗記して覚える人はいないと思うけど、ひと通り読んで、ハイそういう考え方もあると知りましたというのでは、何を知ったことにもならない。もし君が、この本に書いてあることを自分で考えて、自分の知識として確実に知ったのなら、君の生き方考え方は、必ず変わる。変わるはずなんだ。本当に知る、「わかる」とは、つまり、そういうことなんだ』

多くの人は、誰かが考えたことを信じたいと思っているように見える。もちろん、そうするしかない場合も多くある。例えば、最も効率の良いエンジンの仕組みは、自分がその仕組みを理解できないから説明されることを信じるしかない。あるいは、宇宙から地球を見た時の感想は、実際に宇宙に言った人間の言っていることを信じるしかない。そういうことは世の中にたくさんある。


しかし、そうではないことだってたくさんあるはずなのだ。

『この本には、いかなる答えも書いていない。答えなんかないのだから、書くことはできない。もし君が、何か答えが書いてあると期待して読んだのなら、肩すかしをくらったと思うだろう。でも、もし肩すかしをくらったと思ったのなら、それこそが始まりなんだ。君は、わからないということが、わかったのだからだ。「読む」ということは、それ自体が、「考える」ということなんだ。字を読むことなら誰だってできるさ。でも、それこそ何もわからないだろ。字を読むのではなくて「本を読む」ということは、わからないことを共に考えてゆくということなんだ』

自分がどんな風に生きていたいのか、何を楽しいと思うのか、何を良いと判断し何を悪いと判断するのか。あるいは、どうやったら痩せられるのか、どうやったらお金持ちになれるのか、どうやったら彼女が出来るのか。抽象的なことから具体的なことまで、多くの人は誰かの考えを借りたがる人がいる。それは自分で考えて結論を出すことなんだぞ、という事柄についても、自分の外側のどこかに答えがあるみたいに思い込んで、自分の内側から答えを出そうとしない人がいる。


僕はどうにも、そういう人に興味を持つことが出来ない。

『自由というのは、他人や社会に求めるものではなくて、自分で気がつくものなんだ』

テレビで言っていたこと、雑誌や本に書いてあったこと、友達から聞いたこと、ネットで見たこと。現代は、あらゆる人が考えたあらゆる価値観に簡単にアクセス出来る時代になっていて、僕らはまるで、バイキングで料理を選ぶみたいにして、自分の好きな価値観を自分の周りに集めることが出来てしまう。そうやって、借りてきた考え方だけで、自分の周りを固めてしまうことが容易に出来てしまう。

『自分で考えることをしない人の不自由は、まったく同じなんだ。人は、思い込むことで自分で自分を不自由にする。それ以外に自分の自由を制限するものなんて、この宇宙には、存在しない。』

他人の考え方は、それがどれだけ自分に近いものであっても、結局は「近いもの」でしかない。どこまで行っても近似値に過ぎなくて、そういうもので自分の周りを固めてしまえば、やがて自分の輪郭さえぼやけていくだろう。でも、多くの人は、自分の輪郭がぼやけていることに気づかない。自分の内側から出した考え方でなければ自分自身というものは保つことが出来ないということに気づかない。

『人が信じるのは、考えていないからだ。きちんと考えることをしていないから、無理に信じる、盲信することになるんだ』

考えないことで、人は不自由になる。当然だ。元々存在する場所に、自分自身を押し込めなくちゃいけないのだから。僕らは、情報を手に入れることは、とても上手になった。でも、情報をそのまま価値観だと捉えているから苦しくなる。情報は、自分の内側で熟成させないと、価値観には変わらないのだ。

『情報は知識ではない。ただの情報を自分の血肉の知識とするためには、人は自分で考えなければならないんだ』

「考えることが好きな人」が「変人」と思われるのは、考えるために時間が必要だという点がある。考えるためには、他人と関わっている時間なんてないのだ。

『孤独というのはいいものだ。友情もいいけど、孤独というのも本当にいいものなんだ。今は孤独というとイヤなもの、逃避か引きこもりとしか思われていないけれども、それはその人が自分を愛する仕方を知らないからなんだ。自分を愛する、つまり自分で自分を味わう仕方を覚えると、その面白さは、つまらない友だちといることなんかより、はるかに面白い。人生の大事なことについて、心ゆくまで考えることができるからだ』

多くの他人と関わりを持ちながら、考えるということも一緒に継続していくことはなかなか難しい。どうしても、考える人というのは、一人になりがちだ。そうやって、自分の考え方を熟成させていく。それは、他人と関わることこそ大事だ、と考えている人からは、「変人」だと見られる。
きちんと一人の時間を持つことが出来ない人と話していても、面白いと感じることは少ない。

『考えるということは、ある意味で、自分との対話、ひたすら自分と語り合うことだ。だから、孤独というのは、決して空虚なものではなくて、とても豊かなものなんだ。もしこのことに気がついたなら、君は、つまらない友だちとすごす時間が、人生においていかに空虚で無駄な時間か、わかるようになるはずだ。ただ友だちがほしいって外へ探しに行く前に、まず一人で座って、静に自分を見つめてごらん。


そんなふうに自分を愛し、孤独を味わえる者同士が、幸運にも出会うことができたなら、そこに生まれる友情こそが素晴らしい。お互いにそれまで一人で考え、考え深めてきた大事な事柄について、語り合い、確認し、触発し合うことで、いっそう考えを深めてゆくことができるんだ。むろん全然語り合わなくたってかまわない。同じものを見ているという信頼があるからだ』

考えることが出来ない人間は不自由に見える。自分自身で考え、新しい価値観を自分の内側から出すことで、人は自由になることが出来る。誰かから借りてきた、自分の内側に根付いているわけではない考え方ばっかりに寄りかかっている人は、いつまでたっても不自由から抜け出せない。しかし、考えることが出来ない人は、不自由の原因が、自分が考えていないことにある、ということに気づけない。

『でも、考えるということは、多くの人が当たり前だと思って認めている前提についてこそ考えることなのだと、君はそろそろわかってきているね』

考える、ということがどういうことなのか、人生の中で教わる機会はほとんどない。学校では、答えを導くとか、物事を覚えるというようなことばかりさせられる。そしてそれが、考えるということなんだろうと、僕らは漠然と思うようになっていく。


しかし、考えるというのは結局、問うことなのだと思う。分からないことを見つけ出し、その分からないことに対して問いかけることなのだと思う。

『考えるためには、何よりもまず当たり前なことに気がつくことだ。あれこれの知識を覚えるのも大事だけれど、一番大事なことは当たり前なことに気がつくことなんだ』

本書は、「考えるための教科書」と、「教科書」と銘打たれている。考える、ということは、恐らく、誰も教わらずに大人になっていく。時々、どうしてか分からないけどどうしようもなく手放すことが出来ない思考に囚われた人間が、手探りで「考える」という森に中へと入り込んでいく。そうやって、「考える」というやり方を身につける者もいるだろう。しかし、全員ではない。

『大丈夫さ、だって、君は自分で考えることができるんだもの』

そう、誰でも考えることが出来る。やり方を知らないだけだ。この作品は、「考える」を体験させてくれる作品だ。本書は、答えではない。強いて言うならば、問いである。しかし、ここで書かれている問いも、絶対的なものではない。当たり前だ。僕らは、何について考えてもいい。本書は、著者が例題的な問いを提示し、それに対して著者が答えるという形で、「考える」を教えてくれる本だ。だから、ここに書かれている答えに見えるものを受け入れなければならないわけでもないし、ここに書かれている問いについて考えなければいけないわけでもない。


ただ、「考える」をあまり経験したことがない人は、ここに書かれている問いについてまず考えてみるのがいいだろう。

『友だちがいないことで悩んでいる君は、なぜそれが悩みなのかを考えたことがあるかしら。休み時間や行事の時など、友だちがいないと淋しいし、つまらない。なるほど、たぶんそれはつまらないことだけれども、でも、ちょっとここで想像してごらん。それは、つまらない友だちといることよりも、つまらないことかしら。つまらない友だちといることの方が、一人でいることよりも、つまらなくないことかしら』

たとえば、こんな風に。

大人が読んでもいい。非常に素晴らしい作品だ。人は何について、どんな風に考えるべきなのか。そういうことを体感することなく大人になってしまった人は、本書を読むことで、そのスタートを切ってみるといい。


サポートいただけると励みになります!