【映画】「ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命」感想・レビュー・解説
観る前から、良い話だろうということはもちろん分かっていたけど、やっぱり良い話だった。これは観て良かったなぁ。アンソニー・ホプキンス(この人、ハンニバル・レクター博士なんだよな)の演技に、ちょっと圧倒されたなぁ。メチャクチャ良かった。思わず涙させられてしまった。
さて、作品の内容に触れる前にまず、「1988年にイギリスで大いに話題になったこの実話が、どうして2024年に映画化されたのか」について触れておこうと思う。公式HPに書かれているのだが、本作はなんと15年前から企画がスタートしていたそうだ(それにしても2009年なので、1988年からすれば20年後。大分遅いような気がする)。本作の主人公ニコラス・ウィントンは2015年に106歳で亡くなったそうだが、つまり企画を立てた時点では存命であり、本作の制作陣は本人から映画化の許諾を得たそうだ。さらに、ニコラスの娘がニコラスについての本を書いているらしく、それを原作にする許諾ももらった。そしてその後、長いリサーチや構想を重ねて、ようやく映画化に至ったのだそうだ。
そのような背景を知ると、余計に本作の「重み」みたいなものを感じさせられるだろう。
さて本作は、「ホロコーストの最中、ユダヤ人を救った人物」の話である。ニコラス・ウィントンは、「イギリスのシンドラー」と呼ばれているそうで、仲間と共に、実に669人もの子どもたちをチェコからイギリスに避難させたのである。1938年から39年に掛けてのことである。
そして、彼らの奮闘は、誰にも知られないまま50年の月日が経った。そして1988年に色んな経緯があってこの事実が広く知られるようになり、そしてニコラスは、自身が救った子どもたちと再会を果たすことになったのである。
という、なんとも凄まじい物語なのである。
さて、個人的に驚いたのは、ニコラスの職業だ。なんと彼は、一介の株の仲買人だったのである。チェコとは直接の関わりもなければ、難民の支援に携わっていたわけでもない。それなのに彼は、「危険」と言われていたプラハに単身乗り込み、そこで活動していた難民委員会と接触、「人もお金も足りないからできることは限られている」というメンバーに対して、「子どもだけでも助けよう」と提案するのだ。
どうやら、その難民委員会との間には仲介してくれた友人がいたようで、ニコラスは「まったく何者か分からない人物」というわけではなかったそうだが、しかし難民委員会の面々とは初対面だったことは確かではないかと思う。にも拘らず、どう考えても無理にしか思えない「子どもたちの大量輸送」を、「出来ると信じよう」と言って鼓舞し、実際に実現させてしまうのである。
さて、彼がそこまでこの活動に注力できた理由については、作中で2つの方向から示唆される。
まず1つは、彼の母親の話だ。単身チェコに乗り込んだニコラスは、現状を知り、これは一人ではどうにもならないと判断し、母親に助けを求めた。そして母親は、移民局へと乗り込み、「チェコで困っている難民をイギリスが受け入れるためのビザを発行してほしい」と直談判に行くのだ。この母親、凄い行動力の持ち主である。
さて、もちろん母親は、当初は門前払いのような扱いを受けた。しかし彼女は、立ち上がり彼女に退席を促す担当者に、「話すことがあるから座りなさい」と一喝する。そしてそれから、こんな話を始めるのだ。
母親は元々ドイツからの移民だそうで、そしてイギリスにやってきた時に、高潔さや他者への思いやりに驚かされたという。そして、そのようなスタンスで息子を育て上げた。そんな息子が今プラハに一人で言っていて、自分がイギリスで学んだ通りの良さを発揮して人助けをしようとしている。そして彼女は続けて、
『あなたにも同じことを求めるのは過剰かしら?』
と口にするのである。この説得により、担当者の気持ちが変わり、ビザ発行への道が開けることになったというわけだ。そしてそんな母親に育てられた息子だからこそ、「やるべきことをやらなければ」という思いで難民の問題に立ち向かおうとしているというわけだ。
さてもう1つは、「子どもたちのリスト」を手に入れるために奔走していた時のことだ。プラハではイギリス人のボランティアが難民のために活動していたのだが、どうもまだ信頼関係が上手く築けていないようだ。だから、戸籍簿のようなものを無闇に提出したら何か悪い使われ方がされるのではないかと警戒しているのである。
一方、イギリスの移民局からの回答によって、ビザの発行には相当量の書類が必要だということが分かった。つまり、とてもじゃないが、戸籍簿無しに移送の準備をすることなど出来ないというわけだ。だから、どうにか信頼を勝ち得て、「リスト」を提出してもらわなければならない。
ニコラスは方方に電話しては断られるのだが、ようやく合ってくれる人が見つかった。その人物は、ニコラスがイギリスで株の仲買人として働く裕福な人間だと調べており、「お前はユダヤ人なのか?」「そんなお前が、どうしてこんなややこしい問題に首を突っ込むんだ?」と問われたのである。
そこで彼はこんな話をした。彼の祖父母は全員ユダヤ人だったそうだ。しかしニコラス自身は、イギリスで洗礼を受けている。つまりキリスト教徒というわけだ。そしてその上で、「ユダヤ人なのか?」とい問いに答えるように、「私は何者なんでしょうね?」と話すのである。
そんなわけで、彼にはユダヤ人のルーツがあるというわけだ。もちろん、ユダヤ人のルーツがあるかどうかに拘らず、ニコラスは行動を起こしたのではないかという気はするが、それはそれとして、「なんでこんなことに首を突っ込むんだ?」という問いには答えられたわけで、そういう背景があったこともまた、669人を救う下地になったと言っていいだろう。
そして、仲買人の仕事もしなければならないニコラスは、仲間と別れてイギリスへと戻り、ひたすらビザ発行に必要な書類作り、資金集め、里親探しに奔走するのである。
さて、本作を観ていて強く感じたのが、「ニコラスは誇らしく感じていてほしい」ということだった。
1938年の、子どもたちの移送に奮闘するニコラスは感情を露わにする場面もあるが、1988年のニコラスは、普段の振る舞いからは、「チェコの子どもたちを助けたこと」に対してどのように感じているのか、はっきりと分かる場面は少ない。しかし、ニコラスの佇まいからほんのり感じることは、「『もっとやれたはず』という後悔を抱いているのだろう」ということだった。
客観的に観れば、ニコラスの行動は「偉業」としか言いようがない。作中、歴史家の女性が登場するのだが、彼女はニコラスが669名も救ったと聞いて驚愕していた。そんな大規模な活動をしていたとは想像していなかったのだ。彼女は、「チェコだけで1万5000人の子どもが収容所へ送られ、生きて出られたのは200人にも満たない」と話していた。そして、そのような客観的な数字で比較すれば、ニコラスが救った669人という数字は圧倒的といえるだろう。
しかしニコラスには、「救った命」よりも「救えなかった命」の方がより大きな存在に思えてしまっている。プラハには当時、少なくとも数千人の子どもたちが劣悪な環境に置かれていたのだ。客観的には「669人も救えたのは驚異的だ」となるのだが、まさに当事者であるニコラスからすれば、「救えなかった命が数千人もいる」と思えてしまっているのだろう。
そして、ニコラスに限らないが、素晴らしい行動を取った人物がそんな形で後悔を抱かずに済む世界であってほしいと思ってしまう。特に現代は、「どれだけ功績を成した人物でも、僅かな欠点をあげつらわれて失墜する」みたいなことが起こり得る時代だ。もちろん、犯罪に手を染めているとかなら話は別だが、「別にそれぐらい騒ぎ立てることでもなくない?」みたいなことでも炎上したりする。嫌な世の中だなと思う。
いや、こんな話は今は関係ないか。ニコラスは別に他者から非難されているわけではない。自分の中で「もっとやれたはず」と考えてしまっているだけだ。歴史家の女性から称賛されたニコラスは、「政府の支援があればもっと救えた」と、やはり後悔を滲ませる発言をしていた。
もちろん、彼の感覚は、映画後半のある展開によってきっと大きく変わったことだろう。ここでは書かないが、実に感動的な状況だった。ニコラス自身が、その変化に言及したりはしていないのではっきりとは分からないが、しかし彼の振る舞いからはやはり、「自分がかつて行ったことへの前向きな評価」を実感できているような雰囲気を感じた。
しかし、僕には結局未だによく分からないのだが、チェコからイギリスまでどうやって子どもたちを輸送したんだろう? 「鉄道で」ということなのだけど、1938年にヨーロッパ大陸からイギリスに繋がるトンネルなり何なりがあったのか? ネットで調べようと思ったんだけど、どう調べたらいいかも分からない。とりあえず、「英仏海峡トンネル」は1994年から運用らしいので、これではない。技術力とか考えても、1938年にトンネルは無理だと思うんだよなぁ。だとすると、「ドーバー海峡は船で渡る」みたいな話なんだろうか。その辺り、よく分からなかった。
最後に。映画の冒頭で、物語の舞台である1938年のプラハがどのような状況にあったのか説明されるのだが、メモが追いつかなくてちゃんとは理解できていない。一応こういうことだろうということを書いておこうと思うので、何か間違っていたら教えてほしい。
当時、ナチス・ドイツはオーストリアに侵攻(併合?)していたそうで、その触手をチェコにも伸ばそうとしていた。そのため、英仏伊の三ヶ国は、チェコの半分をドイツに渡す決定をしたそうだ(それも無茶苦茶な話だと思うが)。そうなると、チェコにいるユダヤ人も危険にさらされてしまう。そして恐らくだが、ドイツに渡さなかった側にプラハがあるのだと思う。そのため、チェコ内にいたユダヤ人がプラハに移動し、そのためプラハが混迷を極めていたということなのだと思う。この辺り、やはり歴史の知識がないとなかなか理解が難しいし、こういう作品に触れる度に、「学生時代にちゃんと歴史の勉強しとくんだったなぁ」と思ったりする。
とにかく、素晴らしい物語だった。こういう人物の偉業は広く知られるべきだし、そういうこととは関係なく、アンソニー・ホプキンスの演技がとても素晴らしい。