【映画】「サウンド・オブ・フリーダム」感想・レビュー・解説
久々にちょっと信じがたい映画だった。冒頭で「実話を基にしている」と表記されるし、本作のラストには、まるでフィクションのようとしか思えない「ある計画」の実際の映像が流れもする。もちろん、主人公は実在の人物で、彼の奮闘により、アメリカ議会で新たな法案が可決されたそうだ。まあそうだろう、それぐらいちょっと凄まじいことをしている。
さて、先に触れておきたいが、本作は映画が始まる前に、非常に珍しい字幕が表示された。「エンドロール中にQRコードが表示されるので、それは読み取って構わない」というものだ。これまで1000本以上の映画を映画館で観てきたが、そんな表記は初めて観た。そしてエンドロールでは、主演を務めた俳優が本作制作の背景や込めた想いなどを語るスペシャルメッセージが流れ、その中で実際にQRコードが表示された。どうも、アメリカで上映されたのと同じQRコードのようで、英語のサイトに飛ばされたのはちょっと残念だったが。こういう仕掛けがあるなら、日本バージョンのサイトは作っておくべきだろうとちょっと感じた。
さて、僕が本作を観る前の時点で知っていたことは、「実話を基にした人身売買の話」という程度だ。で、映画が始まってすぐ、こんなシーンが描かれる。
ロシオという女の子は歌うのが好きで、家の中でサンダルをバシバシ叩いて音を出しながらいつも歌っている。そこに1人の女性がやってくる。オーディションの案内だ。「この子の歌は素晴らしい」と、父親同席で褒め称え、さらに、ちょうど帰ってきた弟のミゲルも一緒に、オーディションへとやってきた。子どもを送った父親は入室を禁じられ、「迎えは夜の7時」と女性から言われる。そうして集められた子どもたち(ロシオとミゲル以外にもたくさんいる)は、カメラに向かってポーズをする。
さて、こんなシーンから始まれば、続く展開は予想できるだろう。しかし、予想できるが、「まさか」と思っていた。そんな大胆なやり方で子どもを攫ったりするだろうか? と。しかし、やはり嫌な予感は当たる。19時に迎えにやってきた父親は、オーディションが行われていたはずの部屋がもぬけの殻であることを知り、絶望する。これが、ホンジュラスのテグシガルパで起こっているのだ。というか、恐らく、その周辺の南米各国で同じことが行われているのだと思う。
本作は最後に、色んなデータが表示されるのだが、人身売買は今、年間1500億ドル以上のいち大ビジネスになっているそうだ。1年間で2200万件のポルノ画像がネットに上がり、過去5年間で人身売買の件数は5000%に膨れ上がっている。さらに印象的だったのが次の表現だ。
【奴隷としての生活を余儀なくされている人の数は、奴隷制度が合法だった時代と比べても、過去最大だ】
悪名高き、アメリカの奴隷制度時代よりも、現代の方が「自らの意思に反した生活を強制される人の数」が多いというのである。そして、その内の数100万人が子どもなのである。信じられない話だ。恐らくそんな事実も関係しているのだろう、本作は5年前(いつの時点から5年前なのかはよく分からない。エンドロール中の主演俳優のメッセージ中に「5年前」と言っていた)に制作されたのだが、色んな障害にぶつかり、上映出来ないでいたそうだ。
そう、そんな子どもたちが最も多く送り込まれるのがアメリカなのである。アメリカとしては、そんな現実を知られたくはないだろうし、そういう意味での圧力みたいなものがあったのかと想像しているがよく分からない。しかしいずれにせよ、「何らかの事情で、完成から5年間も公開できなかった」というのもまた凄い話だと思う。
本作の主人公である米国土安全保障省の捜査官のティム・バラードは、そんなアメリカで「ペド(ペドフィリア 小児性愛者)」を逮捕する仕事をしている。子どもたちは、売られるまでアメリカ国内にいない。そして彼らは、アメリカにいる小児性愛者たちが、違法サイトにログインして子どもを注文したり、あるいは子どもたちのリストとなる顔写真をアップロードした瞬間を狙って逮捕する。つまり、子どもたちがアメリカに連れてこられる前に逮捕してしまうわけで、彼らは子どもを直接的に救うことは出来ない。ティムは、そんな仕事をもう12年間も続けている。映画の冒頭で、若い同僚は、「この仕事から降ります」とティムに伝えていた。まあそうだろう。あまりにもキツすぎる。
というのも捜査官は、報告書を作成するために、ペドたちが撮影していた「変態ビデオ」をすべて観なければならないのだ。そして、そんな苦痛を経ても、子どもたちを救い出せているわけではないのである。ティムだったか若い同僚だったか忘れたが、「殺人現場はいくらでも見てきたけど、これは違う」と、殺人現場を見るよりもさらにキツイ仕事だと言っていた。あまりに想像を絶する世界だが、安易に想像してみただけでもその凄まじさが理解できるだろう。
さて、本作は「実話」を基にしてるようだが、どこまで実話なのかは正直良くわからない。本作は、「発端・調査」「計画1」「計画2」という3つに分けられると思うが、恐らく「発端・調査」と「計画1」は大筋で事実をなぞっていると思う。ただ、「計画2」が分からない。正直、これを「実話」と受け取るのは難しい。そう感じてしまうぐらい、「あり得ない話」なのだ。今のところ僕は、「救い出したこと」と「その救出にティムが関わっていること」は事実だろうが、さすがにあそこまでの展開はなかったんじゃないか、と思っている。
が、本作の凄いところは、「もしかしたら『計画2』さえも真実かもしれない」と思わせてしまうところにある。というのも、「計画1」があまりにもフィクショナルだからだ。しかしこちらに関しては、先述した通り、映画の最後で実際の映像が流れるので、間違いなく事実である。公式HPに書いてあるのでここまでは触れていいと思うが、ティムは「壮大なおとり捜査」を仕掛けるのだ。それがまあ、「映画じみている」というか、「こんな計画を真面目にやる人間がいるとは思えない(しかも本物のアメリカの捜査官が、である)」というか、そんな感じの計画なのである。
そしてだからこそ、「『計画1』が実話なら、『計画2』だって事実かもしれない」と感じてしまうというわけだ。
正直、日本に住んでいると、本作で描かれるような人身売買はあまりピンと来ないだろう。日本は「子どもが1人で電車に乗れる国」であり、平均的な国と比べても安全性が異常だからだ(その理由の1つに、「島国だから」という特異性はあるだろうと思っているが)。ただ日本も、北朝鮮による拉致被害という、状況的にはまったく同じ問題を抱えているし、また、闇バイトによる雑な強盗が増えている現状では、いつ日本の子どもも狙われるか分からない。決して「対岸の火事」ではないと思う。
しかし同時に本作は、子どもを持つ親が観るとちょっとキツすぎるだろうなぁ、と思う。特に、今まさに幼い子どもを育てている最中の人であればなおさらだろう。ただ、そういう「恐怖」を植え付けられたとしても、「もしかしたら……」という可能性を頭の中にねじ込んでおいた方がいいんじゃないかと僕は思う。「娘のベッドがカラなのに、眠れるか?」なんて、絶望的な言葉を口にしなくていいように。
本作で描かれるティムはちょっと凄すぎて、「彼のように行動しよう!」なんて口が裂けても言えないぐらい、信じがたいことをやってのけている。ただ、ティムほどじゃないにせよ、誰にでも出来ることがあるはずだ。そういう主旨の話を、エンドロール中に主演俳優が語っていた。多くの人がこの現実を知ることが大事だし、そのためにこの映画はいい入口になる。普通なら「宣伝文句」に感じられてしまうこの言葉が、実に切実なものとして伝わってきたし、アメリカに生まれ住んでいる者だったら余計に響くだろうなと感じた。
というわけで、しんどいかもしれないが、本作を観てほしい。ただ、「しんどい状況を想像させる」という意味で「しんどい作品」ではあるが、実際には「視覚的にしんどいシーン」はほぼない。その点は安心してほしい。
本当に、ちょっと凄まじい映画だった。