【映画】「石門」感想・レビュー・解説

うーん、個人的にはちょっと、なんとも言えない作品だったなぁ。非常に特異な状況を描いていて、その特異さはかなり興味深かったのだけど、全体的にはあまり好きにはなれなかった。

主人公は、大学で客室乗務員になるための勉強をしている20歳のリン。彼女は、夢の実現のためにと英会話教室にも通っているのだが、その雰囲気の上手く馴染めないでいる。お金を出してくれた彼氏とは、そのことで少し言い争いになったりする。

彼女は、母親に仕送りもしている。そのため、バイトもしなければならない。そんなわけで割の良い仕事を探していたところ、仕事で知り合った人を通じて、卵子提供のアルバイトを紹介される。彼女は早速処置をしてもらったのだが、その後、「不可」という連絡が届く。

理由は思いもしないものだった。彼女は、妊娠1ヶ月であることが判明したのだ。彼氏に相談しても、「子どもを産んだら、君は休学しなければならなくなる」「タイミングが悪い」などと、はっきりしたことを言わない。挙げ句には「決断しなよ」と判断を丸投げされる始末だ。

とりあえず彼女は、郊外にある実家に戻ることにした。そこでは両親が診療所を営んでおり、リンはとりあえず母親には妊娠の事実を伝えた。すると母親から、「死産の責任を問われて、賠償金を支払っている」という話を初めて聞かされた。仕送りが必要だったのも、そのためである。月に1万5000元(30万円ぐらい)を1~2年は払わないといけないようだ。夫にはこのことを内緒にしているので、母親は「活力クリーム」の販売という、ネズミ講みたいな副業をしてどうにか返済をしている。

そこでリンは考えた。もし、このお腹の子を、賠償金代わりに受け取ってくれるなら、母親を助けられるのではないか、と。そこで2人は、知人を通じてその提案を伝えてもらうことにしたのだが……。

というような話です。

扱われている状況は、かなり興味深い。僕はいつものように、どんな話なのかまったく知らないまま観に行ったので、「賠償金代わりに子どもを渡す」という話になってからは「マジか、そんな話なのか」と思ったりした。冒頭からしばらくの間、物語がどう展開していくのかさっぱり理解できなかったので(「賠償金代わりに子どもを渡す」という話になったのも、僕の体感では1時間ぐらい経ってから)、余計驚かされてしまった感じはある。

本作は2時間半ぐらいある映画なのだけど、とにかくストーリーの展開がゆったりで、全然進まない。さっきも書いた通り、物語のメインとなる話が出てくるのに1時間ぐらい掛かるし、そしてその後も、ひたすら出産までの日々が描かれていく感じなのである。もし、ストーリーを描くことだけを主眼にしたら、1時間ぐらいで描けるんじゃないかという気がした。

とにかく、固定されたカメラで、あまり動きのない状況を映し出す、みたいな時間がかなり長く、個人的な好みとしては、ちょっと退屈さを感じてしまった。ただ、こういう作品が好きな人もいるとは思うので、決して悪いわけではないと思うのだけど。

しかし、こういう話に触れる度に「男の不在」が強く意識される。以前、同じように望まぬ妊娠を扱った映画『あのこと』を観た時も感じたが、とにかく「妊娠・出産」に対する男の関わりの薄さみたいなものが印象的だった。

というか、男の場合は、「関わらない」と決めてしまえばいくらでも関わらずにいられる、ということだ。しかし女性の方はそうではない。映画『あのこと』は、「中絶が法律で禁じられていたフランス」が舞台だったので、学業を続けたい主人公は「どうにかしてバレないように中絶しなければならない」という状況に置かれていた。それと比べれば、本作『石門』は、「望んだこと」ではないとはいえ、「中絶が許されない」という状況ではないわけで、『あのこと』の主人公と比較するなら、まだマシだと言えるだろう。

しかし、リンの方が選択肢が多いからこそ大変だとも言える。

映画『あのこと』の主人公には、選択肢らしい選択肢などほぼなく、「違法な中絶に協力してくれる医者を探す」ぐらいしか打つ手がなかった。しかしリンはそうではない。そもそも「賠償金代わりに子どもを渡す」という話も、母親が思いついたわけではなく、リン自身が母親に提案したものだ。リンは別に、そんな提案をしなくても良かった。また、先方と子どもの引き渡しについての話が付いてからも、たぶん引き返せる機会はあったと思う。初めての妊娠なのだから、お腹が大きくなるにつれて気持ちが変わってくることなど普通だろう。しかも、僕がそう解釈しただけだが、間に入ってくれた知人は「契約書」みたいなものを作ろうとしたが、先方が「明らかに違法行為なのに契約書にサインするなんて危険なことは出来ない」と拒否していたはずだ。そう考えれば、リンが「気が変わった」と言ってこの話を無しにしても、法律的な問題は発生しなかったと思う。

そういう意味で、リンには色んな選択肢が存在した。そしてだからこそ余計に悩ましかったと言えるはずだ。そういう葛藤みたいなものが決してはっきりと表に出てくるみたいな感じではない。ただ、固定カメラの前で、無表情で、あるいは多少沈鬱な表情でいるリンの姿を長い事映し続けることによって、彼女が秘めているだろう葛藤が浮かび上がってくるような感じはした。

まあそんなわけで、物語そのものは結構興味深かったのだけど、どうも全体的にはあまり好きになれない作品で、残念だった。2時間半の長さで描くなら、もう少し何かあってほしかったなぁというのが僕的には強かったかな。

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長江貴士
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