【映画】「アット・ザ・ベンチ」感想・レビュー・解説

いやー、ホントにビックリした! 超絶メチャクチャ面白かった! ホントに何も知らずに観に行ったから、驚くことだらけだったんだけど、何よりも「面白かった」ことに驚かされた。ここ最近で言うと、映画『ベイビーわるきゅーれ』を観た時ぐらい驚いた。

超良い映画だったなぁ。これは観終わりたくなかった。

本当に何も知らなかったから、まず、冒頭で広瀬すずが出てきて驚いた。僕はてっきり、「知られている俳優」が1人も出てこないマイナーな映画だと思い込んでいたのだ。その後も、仲野太賀、岸井ゆきの、岡山天音、荒川良々、今田美桜、森七菜、草彅剛、吉岡里帆、神木隆之介の、絶妙なラインナップの役者が出てくる。

しかも、エンドロールを見ていてさらに驚いた。本作は4話(+1話)のオムニバス映画で、各話毎に脚本を担当した人物が違うのだが、僕が最も面白いと感じた第2話「回らない」を書いたのが、ダウ90000の蓮見翔なのだ。ホントこの人すげぇ天才だよなマジで羨ましい。4つの話はどれもそれぞれの素晴らしさがあったのだけど、個人的には蓮見翔の脚本が一番惹きつけられた。よくもまあ、3人がただ喋ってるだけの話であんなにクスクス笑わせるような物語を作れるものだなと思う。信じられない。

さらに、さっき公式HPを見ていて驚いたのが、第1話「残り者たち」と、同じ主人公で描く第5話「さびしいは続く」が、生方美久だったことだ(エンドロールはローマ字表記で、「MIKU UBUKATA」という表記では生方美久と繋がらなかった)。『Silent』『いちばんすきな花』『海のはじまり』などで知られる脚本家だ。生方美久の脚本では、広瀬すずと仲野太賀がベンチで喋っているだけなのだけど、これもすこぶる良かった。2人の距離感と、「昔から時間を共有してきた」ことが一発で伝わってくる会話の雰囲気があまりにも絶妙過ぎたのだ。

いや、ホント凄い。ホント、まったく何も知らずに観に行った人間にはちょっと外的な情報量が多すぎて、でも物語の中身は「ベンチでただただ喋る」というだけの恐ろしくシンプルなもので、そのギャップみたいなものにも驚かされた。いや、ホント、凄い。久々に、「感動」ってレベルの作品に触れられたなって感じがしている。

しかし、作品を紹介するのは難しいなぁ。特に、生方美久と蓮見翔の脚本は難しい。第3話の「守る役割」と第4話の「ラストシーン」はまだ説明できる物語なのだけど、「回らない」「残り者たち/さびしいは続く」はどちらも「空気感」にこそ最大の魅力があるわけで、物語だけ説明してもよく分からないんだよなぁ。

まあそんなことを思いつつ、とりあえず内容の紹介をしてみよう。

第1話「残り者たち」
リコは買い物帰り、ふとあることに気がついた。かつて公園だったはずのところが、1台のベンチだけになっているのだ。これは大変だ。ノリくんを呼ばないと。2人は幼馴染的な関係のようだ。ノリくんはリコの母親とも仲が良い。リコはノリくんに「公園がベンチになってたから呼んだだけ」と言って、そこから2人はダラダラと会話を続ける。リコが勤務先の保育園で大変なこと、ノリくんが残業ばかりしていること、もやしが安いスーパーの話、そして自分たちが「残り者」であること。少しずつ日が沈む中、2人は別にどこに行き着くでもない話をずっと続けている。

第2話「回らない」
ホームセンターで突っ張り棒を買ったカップルが、ベンチへとやってくる。立ち寄ったスーパーで買った昼飯を食べるみたいだ。女性の方はパン、そして男性の方はパック寿司。男性は女性が飲んでいるペットボトル飲料が気になって「一口ちょうだい」と言い、口をつけないようにして飲む。なんだか個性的で特徴的な帽子も被っている。
女性が唐突に、「別れてみる?」みたいに聞く。男性は、その脈絡のない話に驚く。「別れたくはない」という男性に対して女性は。「別に怒ってるわけじゃないんだけど、カンタがそれでいいならそれでいいよ、全然」と言う。男性はその言い方が気になって突っ込み、女性は「もうこういう言い方が癖になっちゃってるから」みたいなやり取りをひとしきりする。
で、「別れたいって?」の話に戻る。女性としては、もうこの話は終わったつもりだったけど、唐突にそんなことを言われた男性はそれで終わりには出来ない。そこで女性は、どうしてそんな話をしたのかを「寿司」に喩えて話し始め……。

第3話「守る役割」
ベンチの前で姉妹が大声を上げて喧嘩している。姉のことを心配した妹がわざわざ東京にやってきたみたいだ。雨降る中、姉はかんしゃくを起こしたようにモノをポンポン投げ、それを妹が怒りながら拾っていく。妹はとにかく姉と話がしたいと思っているのだが、姉にはその気はまったくないようで、とにかく大声で妹に「帰れ」と言い続けている。
2人のやり取りから、次第に状況が理解できるようになる。姉は、地元にいた頃は薬局で働く普通の人だったのに、ある男性と付き合い始めてから豹変した。そして、その男性を追いかけて東京に。で、何故かこのベンチを根城にホームレスのような生活をしている。妹には、意味が分からない。姉は、「今の自分は幸せだ」と言っているが、そんなはずはないだろう。だってホームレスだ。付き合っている男性はこのことを知っているのか? 知っていて放置しているならあり得ないし、知らないのならそれもまたよく分からない。ってか、すべてがよく分からない。
2人は全力で大声を出して疲れ切った。妹が少し折れ、姉の話をもう少し真面目に聞こうと態度を改める。それを受けて姉も、本心を語り始めるが……。

第4話「ラストシーン」
2人の男女が、ベンチの前で何やら話をしている。市役所の職員のようで、どうやら、ベンチの撤去についての検討をしているようだ。しかし2人の会話は噛み合わない。特に男性の方が酷い。東西南北を間違えたり、「幅」と「奥行き」を間違えたりする。女性はイライラしているし、また、男性のセクハラ的な言動にも苛ついているようだ。
とにかく2人は、このベンチが「対象物」であると確認し、さらに「撤去すべきかどうか」の検討も進めていった。しかしその後、思いもよらない展開となり……。

やっぱり、「回らない」と「残り者たち」の内容紹介が難しい。特に「回らない」の面白さを文字で説明するのは不可能だろう。凄まじい面白さだった。客席から随時笑い声が上がっていたし、僕もほとんどずっと笑ってたと思う。

別に「お笑い芸人的な面白さ」があるわけじゃない。カップル(と1人)は、普通に真面目に会話をしているだけだ。しかしそれがとにかく面白い。会話の中身としては、「女性が男性の何を嫌だと思っているか」という話なのだけど、そこに「寿司」が絡んでくるからややこしくなる。そのややこしく絡まった感じが面白いし、しかもそこには「こんなせせこましい話を真面目にしたくない」という女性側の気持ちが背景にあるわけで、必然性もちゃんとある。ホントによく出来てるなぁ。3人で語る落語みたいな話だった。

でも、女性が言う「寿司桶がいっぱいになってしまった」みたいな感覚は、分かるなぁって人結構いるんじゃないかと思う。1~100までの目盛りがあるとして、「不快指数1の出来事」自体は大した問題じゃないし、それだけを取り上げて文句を言おうという気にはならないが、しかしそんな「不快指数1」の出来事が50個あったら「不快指数50」と同等になってしまう。そうなってくると話は別だ。大分不快である。

そういう指摘に対して男性が「その時その時で指摘してほしい」と言うのだが、しかし、1つ1つは「不快指数1」でしかないから、それぞれに対してはさほど不快に感じないのだ。だから、「その場で指摘する」みたいな気分にはならない。でも、そんな「不快指数1」の出来事がどんどん積み重なっていくと、いつの間にか「寿司桶がいっぱいになってしまう」わけで、そうなると「なんか耐え難い」みたいな感じになってしまうのだ。

みたいな、言葉で説明すると別に面白くも何ともない話を、メチャクチャ面白いやり取りに昇華するのだ。ホント凄い。マジでどっから考えるんだろうなぁ、こういう話。もちろん、これは4つすべての話に共通することだが、脚本だけではなく役者の演技が見事過ぎる点も、物語をより良く伝える要素になっている。「回らない」では、岡山天音も良かったが(荒川良々も良かったが)、やはり岸井ゆきのが絶妙だった。彼女が演じた役柄は、「ともすればイチャモンをつけているだけ」に見えかねないのだが、岸井ゆきのはそんな雰囲気にはまったくならなかった。だからこそ、物語の後半で、岸井ゆきのと荒川良々が共感するという展開にも違和感がないのだろう。

ホント、この「回らない」は、音声だけでいいからラジオみたいにループでずっと聴いていたいと思わせるようなやり取りで、メチャクチャ惹かれた。蓮見翔、ホント天才だなぁ。羨ましい。

「残り者たち/さびしいは続く」は、先程も書いたけど、広瀬すずと仲野太賀(幼馴染という設定のはず)の、「これまで長い時間を共有してきた雰囲気」がにじみ出ているところがとても素晴らしかった。4つの作品の中で最も「演技をしている感」のない話で、この会話の空気感をどんな風に作り上げていったのか、凄く気になる。「仲の良さ」というのは、例えば「一緒に旅行に行く」みたいな行動だったり、あるいは「深刻な話を打ち明ける」みたいな会話の内容だったりで表現するのがやりやすいように思うけど、本作の場合は、舞台はベンチから変わらないし、会話の内容もホントにひたすら「雑談」である。さらに「男女の仲」という難しい要素もある。そういう制約の中で、「この2人はホントに仲が良いんだな」とごく自然に伝えるような雰囲気になっているのが素晴らしかった。これは、もちろん脚本の妙もあるだろうけど、役者の演技も素晴らしかったと思う。

「守る役割」も、役者の演技が強く押し出される作品と言えるだろう。今田美桜と森七菜がひたすらお互いを罵倒し続ける、みたいなやり取りだ。ド頭から喧嘩しているので、観客としてはその喧嘩のやり取りを追いながら状況を理解する感じになる。もちろん、初めは「姉を心配する妹」に圧倒的な共感をするだろうと思う。どう考えても、妹の言っていることの方が正しい。でも、姉の本心が明らかになるにつれて、妹も、そして観客も、「なるほどなぁ」という雰囲気になっていくんじゃないかと思う。姉の、「狂わないために精一杯頑張ってるんだ」というセリフの切実さには打たれたし、そんな姉の切実さに触れた妹の振る舞いも良かったなと思う。

「ラストシーン」は、それまでの3作とはまた全然違ったテイストで、「うぉ、そんな展開になるんだ」みたいな感じに3回ぐらいなる。正直、この話単体ではそこまで好きにはなれなかったかもしれないけど、それまでの3作とはまったく違ったテイストだったこともあり、その全体のバランス的に面白かったなと思う。

しかしまあ、「あるベンチを舞台に、そこでの会話劇だけで物語を作る」というので、こんなにバリエーションが作れるのかという感じだったし、その1つ1つがとても良かったので、そのクオリティに驚かされてしまった。普段、同じ映画を2回以上観ることはないんだけど、本作はもう1回観てもいいなと思える作品だった。特に第2話の「回らない」をもう1回みたい。衝撃的に面白かったからなぁ。

まあそんなわけで、僕にとっては驚き尽くしの作品で、とにかくメチャクチャ良かった。メチャクチャ良かった! メチャクチャ良かったぞ!!!

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長江貴士
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