【映画】「天使の涙 4Kレストア版」感想・レビュー・解説

少し前に『恋する惑星』を観た時、映画館が満員で、事情はよく分からないながらも、ウォン・カーウァイはなんとなくバズってる感があったので、スケジュールが可能な限り、ウォン・カーウァイの4Kレストア版を観てみようと思った。

というわけで今回は『天使の涙』。

面白かった。個人的には『恋する惑星』より好きかもしれない。僕が感じた『恋する惑星』の面白さのほぼすべてが、短髪の女性の魅力に依っていたと感じるのだけど、『恋する惑星』は全体的に面白かった。『恋する惑星』と同じく、ほぼ無関係と言っていい2つの物語が展開されるストーリーなのだけど、『恋する惑星』ではその2つの物語が前後半でほぼ完全に分断されていた一方で、『天使の涙』は2つの物語が、ほぼ無関係のまま、その断片が全体的に散りばめられているような感じがあって、全体の構成としても『恋する惑星』より良かったと思う。

『恋する惑星』と同じく、「カメラの動きがそのまま映像に反映されているような臨場感」「色彩の綺麗さ」「『夜の香港』の妖しさ」などは健在で、映像を観るだけで同じ監督の作品だということがすぐ分かるような特有の感じは素敵だと思う。特に、「色彩」については、『恋する惑星』では役者の衣装の彩りなんかも加わってたけど、『天使の涙』ではあまり衣装の色彩には目が行かなかったので、ほぼ「夜の香港のネオンの色」という感じ。「殺し屋」とか「他人の店を勝手に営業する迷惑者」の物語なので、その「夜の香港のネオン」の感じが、全体の雰囲気を妖しくまとめている感じもいいと思う。

ストーリーらしいストーリーはほとんどないのだが、『恋する惑星』よりは物語性がある感じがしたので、設定等少し触れておこう。

綾野剛みたいな殺し屋の男は、香港の街で人殺しを生業にして生きている。ものぐさな彼は、「誰を」「どのように」殺すのかをすべて指示してくれる今の仕事を気に入っている。そんな、殺し屋に指示を出す、あいみょんみたいなパートナーの女は、殺し屋の男に仄かな恋心を抱いている。普段は、仕事だけの関係であり、155週間ぶりに隣に座ったというほど普段会うことはない。彼女は、「わざと距離を置いている。知ると興味を失うから」と独白しているのだが、しかし、殺し屋の男の家に勝手に忍び込んでは、ゴミを持ち帰ってその生活ぶりを想像したり、家主のいない部屋で一人オナニーをしたりしている。
2人の関係はそのような形で長く続いていたのだが、殺し屋の男が最近怪我を負う機会が増え、殺し屋稼業から足を洗いたいと考えている。そんな折、マクドナルドで金髪の竹内結子みたいなハイテンション女と出会う。どしゃ降りの中、雨に打たれながら、殺し屋の男はハイテンション女の家へと向かう。

一方、唯一俳優の名前が分かる金城武が演じるのは、5歳の頃に賞味期限切れのパイナップルを食べたことで口が利けなくなった勝手に商売男だ。彼は、シャッターの閉まった様々な店に勝手に忍び込み、勝手に営業してお金を稼ぐ。コインランドリーに忍び込んでいたホームレスの服を破ってでも脱がせて洗濯しようとしたり、通行人を捕まえて理髪店の椅子に座らせて勝手に髪を洗ったり、あるいは、アイスクリーム店にやってきた男に有無を言わさずに無限アイスを食べさせるなど、やりたい放題だ。彼の父は、重慶ホテルという名の安宿を営んでおり、そこに寝泊まりしているのが、あいみょんみたいなパートナーの女である。
金城武は日々、よく分からない商売に誰かを引き込んでは商売しようと企むが、ある日、公衆電話で誰かに電話し続けるビビアン・スーみたいな女に出会う。彼女はどうやら、親友に恋人を盗られたようで、その復讐に燃えたぎっている。金城武から金を借りては電話をし、金城武を連れ出しては「金髪アレン」を探し出そうと香港の街をうろつくが、どうにも見つからない。金城武は、人生で初めての恋に落ちるが、失恋女がまだ前の恋人のことを忘れられていないことを知って少し落ち込む。しかし、「すべてのものに賞味期限が存在する」と知っている彼は、失恋女の恋人への想いが賞味期限切れとなるのを待とうと考えるが……。

というような話。自分で書いていても、まあ意味不明なストーリーではある。ただ、個々の登場人物があちこちで微妙に接点を持つ構成になっているし、次に何がどうなるのかさっぱり分からないみたいなワクワク感が常にあって、物語の展開そのものがなんだか結構面白い。殺し屋とパートナーの方の話は割とシリアス感があるのだけど、金城武と失恋女の方の話は思わず笑っちゃうシーンが満載で、それも面白い。冒頭で、金城武が勝手に色んな店の商売をやっちゃう場面はメチャクチャ面白いし、「金髪アレン」を探している場面における失恋女の謎のテンションの高さが異様で面白い。

というか、「異様」という話をするのであれば、この物語における女性たちは皆歪んでいると言っていい。あいみょんみたいなパートナーの女は、「恋」と呼んでいいのか本人も恐らく分かっていないような歪んだ恋心を抱いているし、ハイテンション女はそのハイテンションっぷりがとにかくヤバい。失恋女も、まともな思考回路がショートしてしまっているんじゃないかと思うような行動を繰り返している。

しかし、正直なところ、彼女たちの「歪みっぷり」は、ちょっと冷静に考えてみないとあまり意識されない。それがこの作品の凄いところで、これは『恋する惑星』でも同じだったけど、明らかに「異常」であるのに、一見するとそうではないような雰囲気を漂わせるのだ。それは、「映像のかっこよさ」や「作品の雰囲気に会った『女優の美しさ』」、そして「作品全体のスタイリッシュさ」みたいなものが、絶妙に覆い隠しているのだと思う。「明らかに正三角形ではない形のもの」があるとして、それが『天使の涙』という作品の中に入ると、何故か「正三角形」に見えてしまうみたいな、そういう地場の歪みみたいなものを感じさせられる。普通には成立しないものが、この作品の内部ではあたかも「正しいこと」であるかのように成り立ってしまうような感じなのだ。

その雰囲気を生み出している感じが、凄いなと思う。何をどんな風にしたらそんなことになるのかさっぱり分からないが、「錯視映像」を見ているような不思議さの詰まった作品のように感じられた。

全体的にとても好きな感じの映画だった。ホントに、要約すると「特に何も起こっていない」と言いたくなるほど、ストーリーらしいストーリーはないのだが、延々と続いていくような断片の連続がとても面白く感じられる、不思議な映画である。

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