【映画】「市民捜査官ドッキ」感想・レビュー・解説

これは面白かったなぁ。やはり僕は「実話を基にした作品」が好きなのだけど、本作もそんな1作である。

そしてその「実話」が、まあ凄い。というわけで、まずは内容の紹介をしておこう。

シングルマザーのドッキは、2人の幼い子どもを育てながらクリーニング店を営んでいたが、火災により消失、今は別のクリーニング店で従業員として働いている。そんなドッキの元に、ある時華城銀行のソン代理から電話がある。実はドッキは華城銀行で融資を断られていたばかりだったのだが、ソン代理は「低所得者向けのローンが可能で、2000万円までなら融資できる」と持ちかけてきた。ドッキにとっては、思ってもみなかった話である。

しかしその後、ドッキはソン代理とまったく連絡が取れなくなってしまう。困り果てた彼女は2016年6月10日、華城銀行を訪れソン代理に会わせてほしいと頼む。そしてそこで衝撃の事実を知ることになった。

ソン代理など、存在しなかったのだ。彼女は、「手数料」「信用スコアを上げるために必要」などと言われ、3200万ウォン(現在の価値だと350万円ほど)を騙し取られてしまった。

彼女はすぐに警察に被害届を出すが、刑事は口座のお金の流れを追った程度で(架空口座であり、それ以上追えなかった)、また、詐欺被害の元締めを逮捕することはソウル警察も難儀しているほどで、その難しさを知っていることから、早々に捜査を諦めてしまう。

頭に来たドッキは、「今から警察に向かう!」と刑事に言い、クリーニング店のトラックで警察署まで向かうのだが、その途中驚くべきことが起こった。7月14日のことだ。なんとソン代理から再び電話が掛かってきたのだ。ドッキも当然、また詐欺を繰り返すつもりかと怒鳴り散らすが、どうも様子がおかしい。電話の向こうの男はジェミンと名乗り、「自分は軟禁されている」「携帯電話もなく通報出来ないから、代わりに警察に伝えてほしい」と言ってきたのだ。

ジェミンは、高額な報酬に釣られて悪い組織に捕まっており、1日中詐欺電話を掛けては、外にも出られないような生活をしていた。逃亡を試みた者は見せしめに殺されるような環境だ。住所も家族の名前も知られており、逃げたら家族に何が起こるか分からない。にっちもさっちもいかない状況なのだ。

この特大の情報を持って再度刑事の元へと向かうが、刑事はこの話をそもそも信用しない。さらに、100億円規模の詐欺事件の被害者が警察署に殺到しており、その対応に追われてもいた。そのためドッキには、「住所が分からないと動けない」とだけ伝え、改めて捜査の終了を宣言した。

その後もドッキはジェミンとやり取りを続けていたが、「中国・青島の『春和楼』という看板が見えるビルにいる」ことしか分からず、動きようがない。ドッキはジェミンに「写真を撮って送れ」というが、携帯電話を取り上げられており、写真など撮れはしない。もう打つ手などないかに思われた。

しかしそうこうしている内に、ドッキの子どもたちが大変な状況になってしまった。もう猶予はない。ドッキは、クリーニング店で働く仲間と共に青島に乗り込み、ジェミンが軟禁されているビルを特定しようとするが……。

というような話です。

この内容紹介に書いたことだけでも「嘘でしょ!?」というような状況満載だと思うけど、物語はさらに「えっ?」という展開になっていく。もちろん、本作は冒頭で「実話を基にしたフィクションです」と表記されるので、描かれていることのすべてが事実ではないだろう。さすがに後半に行けば行くほど、「これはさすがに事実じゃないだろう」と感じるような展開になっていく。毎回書くことだが、「実話を基にしたフィクション」の場合は、事実とフィクションの切り分けが難しいので、そういう意味で感想を書くのも難しくなる。

ただ本作の場合、確実に事実だと判断できることが1つある。それは「詐欺グループから内部告発があった」という点だ。というのも、「詐欺グループからの内部告発」に関しては、作中で正確な日付が表記されるからだ。さすがにこれが事実ではないということはないだろう。

また、ここからは僕の憶測でしかないが、本作の大枠の物語、つまり「ドッキ(これは本名ではないが)が詐欺に遭い、警察に相手にされなかったため、自力で青島へ向かい、何らかの形で事件解決に貢献した」という流れは事実なんだろうなと思っている。細部はともかく、この大枠が事実だとしたら、ちょっと凄まじい話だろう。

さて、扱われているのは、被害者側・加害者側ともかなり深刻な状況なのだが、物語全体はかなり楽しい感じで展開されていく。登場人物が皆魅力的で、詐欺グループを描くパートはどうしても楽しい感じにはなりにくいが、ドッキの側の描写はとにかく楽しい。これはネタバレではないと思うが、「ドッキの活躍で事件が解決するはず」ということを大前提に映画を観ているので、ドッキがどれだけしんどい状況に置かれ、そこで怒ったり嘆いたりしていても、「きっと好転するはず」と思えるし、だからこそドッキの怒ったり嘆いたりしている様を楽しく見ることが出来る。さらに、クリーニング店で働く仲間との関係も絶妙で、「中国語が喋れる」というだけで無理やり駆り出されたボンリムや、野次馬的についてきたけど、実は良い仕事をしたスクチャなどと一緒に、ワチャワチャしながら”捜査”を続けていくことになる。もちろん、実際はそんな楽しいものではなかったと思うが、これは映画的な脚色として全然アリだろう。

事件が実際にどう展開していったのかは本作だけからは分からないが、映画を観ている限りは、「ホントにギリギリのタイミングで推移していく」という感じになるし、「ここからどうやって逆転していくんだ?」と思われながら観ていく感じになるので、実に面白い。実際の事件の推移とはきっと大きく違うのだと思うけど、エンタメ作品としてはとても上手く展開させていると思う。

さて、本作ではど真ん中に「詐欺事件」(日本で言う「特殊詐欺」)が描かれており、エンタメ映画としての面白さに加えて、「啓発」的な意味でも重要な作品と言えるかもしれない。

本作ではまず、被害届を出しにいったドッキが、刑事から「なんで騙されるんだ」みたいに言われる場面がある。なかなかの言い草ではあるが、ただドッキは3200万ウォンを8回に分けて振り込んでおり、刑事が言うように「どこかで気づかなかったのか」と思わなくもない。

まあ、僕は特殊詐欺の被害に遭ったことはないし、そういう電話が掛かってきたこともないので何とも言えないとは思う。実際にそういう状況に直面した時に自分がどういう判断をするのか、断定的には言えないなと考えている。もしかしたらパニックになって変なことをしてしまうかもしれない。

作中では、ドッキが詐欺被害者を募る貼り紙を貼るシーンも描かれ、そこに連絡が来たのだろう、何人かの人から話を聞く場面も映し出されていた。その中には銀行員だという女性もいて、「みんなから『銀行員なのに騙されたのか』と言われる」と落ち込んでいた。恐らく、実際の被害者に銀行員がいたのだと思う。こういう詐欺においては、「自分は大丈夫」だと思っている人こそ騙されるみたいに言うが、そういうことを考慮して、僕も油断しないようにしようと思った。

そして本作はそういう「被害者側の描写」以上に、「加害者側の描写」の方が重要だと言えるだろう。ジェミンが何故詐欺グループにいるのか、その詳しい経緯は語られないものの、ジェミンの話しぶりから、望んでやってきたわけではないことは明らかである。また作中では、「高額な報酬に釣られてやってきたのだろう若者を車に乗せ、ビルに着いたら殴る蹴るの暴行を加えて閉じ込める」みたいなシーンも描かれる。恐らく、ジェミンもこんな風にしてここにやってきてしまったのだろう。

詐欺グループ側の描写はフィクションにしなければならない理由がないので、恐らくジェミンの証言をかなり正確に再現しているのではないかと思う。逃げようとした人物が殺された、みたいなのも、恐らく事実なはずだ。そして、一度足を踏み入れたら、もう抜け出すことは出来ない。これは本当に大変だなと思う。

日本でも、「詐欺グループの下っ端が起こしたのだろう事件」がかなり多くなっている。それぞれ色んな事情があったのかもしれないが、詐欺グループだって「意思に反して無理やり誘拐してくる」みたいなことはさすがにしていないと思うので、何らかの形で自らドアを開けてしまった者たちが事件に関わっているということなのだと思う。最近では、詐欺グループによる求人情報が大手求人サイトに載ってたりもするらしいので、個人の努力でどこまで防げるのかは分からないものの、「ハマってしまったら最後抜け出すことは出来ない」と自覚して、慎重に慎重になるべきだなと思う。

本作は2016年の物語だが、2025年の日本でもまだまだ問題になっている出来事である。本作で描かれているような「一介の女性が詐欺グループを壊滅に追い込み、内部情報を提供した人物が救われる」なんてのはほとんど奇跡みたいな話であり、まず起こらないと思った方がいいだろう。詐欺に遭う方も、詐欺に加担する方も、本当に気をつけていないと一寸先は闇である。こういう話はニュース番組で取り上げても、啓発イベントなんかで訴えてもなかなか届かないだろうが、こういう作品として非常に面白く出来ているエンタメ映画を通じてなら届くかもしれない。

そういう意味でも本作は、広く観られるべき作品と言えるのではないかと思う。

まあ、何にせよ、扱われている内容とは裏腹にとても楽しい作品で、「エンタメ作品を観て楽しみたい」みたいな需要はちゃんと満たしてくれる作品だ。かなり笑える作品だし、実際に何度か客席から笑い声も上がっていた。実に楽しいエンタメ作品である。

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長江貴士
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