【映画】「NO 選挙, NO LIFE」感想・レビュー・解説
いやーやっぱり世の中にはイカれた(褒め言葉)人間がいるものだなぁ。畠山理仁は、国政選挙、地方選挙問わず、何なら海外の選挙も取材しているだけではなく、「候補者全員に突撃取材しないと記事を書かない」というマイルールを貫き続ける変人である。「取材のために、原稿を書く時間がない」という、明らかに本末転倒なことを言っているし、原稿料よりも取材の経費の方が掛かってしまうこともある(それが、経費の出ない媒体だったりする)というから、本当に「何のためにやってるんだか」という感じである。基本的にはすべて1人で取材しているため、「平均睡眠時間2時間」だそうだ。これで、結婚して子どもが2人いるというんだから、なんとも凄いものだなと思う。
「全員に取材しなければ記事にしない」というルールが発揮された場面がある。選挙開始から5日の時点で、全候補者34人の内33人には取材が出来たのだけど、あと1人が難しかった。何故なら、東京で行われる選挙なのに、都内にいないからだ。彼が取材すべき最後の1人は蓮舫で、彼女は地方に出かけては仲間の応援演説をしていたのだ。だからその日、畠山理仁は蓮舫に取材するために、わざわざ2時間半掛けて長野まで行き、たった20秒の取材を行っていた。「コスパ」という概念の対極にいるような人物である。
映画は、大雑把に前後半で分かれていると言っていい。前半は、2022年6月23日に公示日を迎えた参議院議員選挙で、後半は2022年の沖縄知事選だ。この沖縄知事選の模様は、先日観た映画『シン・ちむどんどん』でも取り上げられていた。そういえば『シン・ちむどんどん』に一瞬だけ畠山理仁出てきたなぁ。っていうか、『NO 選挙, NO LIFE』の冒頭で彼は「センキョナンデス」のTシャツを着ていた。どちらも大島新がプロデューサーを務めているし、本作のエンドロールには「ディレクター:ダースレイダー」と表記されていたので、お互いに関係があるのだろう。
さて、前半で主に映し出されるのは「大変珍妙な候補者たち」の姿である。僕が一番驚いたのは、「私は超能力者なんですよ」と言っている人。なんか凄く真面目そうなオジサンなんだけど、言っていることはムチャクチャだった。何せ、「ベルリンの壁の崩壊は、ちょっと僕が原因でもあるんですよ」というのだ。なかなか凄まじい世界に生きている人である。
あと、「トップガン政治」を掲げて選挙に出馬している人物は、畠山理仁の取材の中で「バッティングセンターに行く」という話をしていた。当然彼も意味が分からないので突っ込んで聞いてみると、どうやら「時速170kmのボールを打てるんだ」と言っている。なんでそんな話になったかというと、「どれだけ大変なことでも、努力し続ければ必ず出来るようになるんだ、ということを伝えたいんだ」という想いから選挙に出たから、みたいな話だった。
さて、この「170kmのボールを打てる」と言っている候補者は確か60歳後半とかだったと思うので、当然僕は、「いやいや、嘘でしょ」と思っていた。もちろん、畠山理仁も同じ風に思ったのだろう。しかし驚くべきことに、本作のラストシーンは、このオジサンがバッティングセンターでバットを振るシーンで終わる。果たしてきちんと170kmのボールを打てるのかどうなのかは、自分の目で確かめてみてほしい。
畠山理仁は、
『決まったことなんてないんだな、ということを知りたいのかなぁ。「こんな人がいたんだ」って思いたいのかも。毎回宝探しみたいだし、毎回お宝に出会えている』
と、自身の選挙取材について語っていた。さらに、
『立候補している人たちと自分は、似てるところがあると思う。誰にも求められていないのに自分がやりたいからやってる、みたいなところとか。そういう、共感してしまうような気持ちはたぶんあるんだと思う』みたいにも言っていた。この辺りのことが、「お金」ではない、畠山理仁の取材動機なのだろうなと思う。
さて、選挙には、「珍妙」というほどではないが、「狭い特殊な主張をする候補者」も結構いた。「バレエなどの芸術分野の人がちゃんとお金を稼げるようにしたい」とか「全国で炭を作りたい」などなどである。で、これら「ワン・イシュー候補者」たちの多くが「NHK党」からの公認をもらっている、という話が出てくる。
どうしてなのか? と問う畠山理仁にある候補者が話していたのが、「個の票をNHK党の票として集約することで国からの補助金の額が増え、それが一定程度候補者に分配されるので、供託金の300万円が完全には無駄にならない」みたいなことを言っていた。この話を聞いた時にはよく分からなかったのだけど、その後、ガーシーの当選発表会をやっている現場に取材に行った際に、党首の立花孝志が話していたことを聞いて、なんとなく状況が理解できた。
まず、「国政政党」として認められるためには、得票数が2%を超えないといけないらしい。そして、「国政政党」と認められるかどうかで、国からの補助金の額が桁違いに変わる。そこでNHK党は、「ワン・イシュー候補者」を公認とすることで、彼らの票をNHK党のものにし、結果として得票数2%を達成し、「国政政党」になれた、ということらしい。NHK党は最終的に、ガーシー以外に72人もの候補者を公認したそうだ。この理屈を聞いて、なるほど立花孝志というのはやっぱり頭が良い人なんだなぁ、と感じた。個人的には決して好きになれない人物だが、「ルールの範囲内で何が出来るか」を考えるのが上手いのだと思う。
畠山理仁もまた、NHK党のやり方に感心しているような場面があった。NHK党のポスター貼りをしている男性に取材していた時のことだが、NHK党に所属しているわけではない人物を公認した場合、ポスターには「NHK党公認」と書かない方針にしているようだ、という話を聞く。そしてそれを受けて畠山理仁は次のように推理するのだ。
「ワン・イシュー候補者」をNHK党公認かどうかを示さずに自由に投票してもらうことで、「世間的に、どの『ワン・イシュー』がウケるのか」の「市場調査」が出来る。NHK党は要するに、「税金を使い、国民を利用して『市場調査』をしようとしているのでは」というわけだ。畠山理仁のこの解釈が正しいとしたら、やはりそれも、とても頭の良いやり方だなぁ、と感じる。
あと、前半の話で意外だったのが、未就学児だろう子どもを持つ母親の立候補者に取材した時に出てきた話だ。公職選挙法では、「選挙期間中には、18歳未満の者と選挙運動をしてはならない」と決まっているようで、そうなると、「選挙期間中は、自分の子どもと一緒にいてはならない」みたいな話になってしまう。「そうなると、子育てをしている人がそもそも選挙に出られないですよね」みたいなことを言っていて、確かにその通りだなぁ、と思う。まあ恐らく、「子どもを客寄せパンダみたいにして人を惹き付けるのはダメ」みたいなところから生まれたルールなんだろうけど、恐ろしく時代に合っていないルールだなぁ、と感じる。
前半の最後に映し出される、「参政党とのちょっとしたバトル」は、畠山理仁の言い分が100正しいと感じられるもので、なんというのか、とてもお粗末な様を晒したなぁ、という感じがした。
さて、後半は沖縄知事選である。ここでは3人の候補者の選挙戦を追うのだが、映画の中ではどちらかと言えば、「沖縄独特の選挙」の様子が映し出されていた。
例えば公職選挙法では、「候補者がいない場所でののぼりの設置」は違反らしいのだが、沖縄では佐喜真淳候補が、道路沿いの電柱に無数ののぼりを設置している様子がカメラに映っている。堂々と公職選挙法違反をしているわけだけど、何故か沖縄では許されているようだ。
あるいは沖縄では、候補者ではない市民が、候補者を応援する気持ちで街中で演説を行う、という様子もよく見かけるそうだ。これも公職選挙法違反らしいのだが、沖縄では許されている。勝手に演説をしていた一般市民の女性が言うには、「沖縄は27年間もアメリカの統治下にあって大変だったけど、唯一、アメリカ時代の選挙の名残りが残っているのは良いことだ」と言っていた。なるほど、そういう時代背景があっての「堂々とした公職選挙法違反」というわけだ。いいんだか悪いんだかよく分からないが、ただ、「選挙に無関心な土地」よりも圧倒的に良いだろうという気はする。
また畠山理仁は、「立候補しようかどうしようか悩んで、結局しなかった人物」にも取材をする。なかなかそんな人はいないだろう。とにかく「選挙」というものに関係するあらゆることを掘り下げたいという欲求が凄まじく強いのだろう。
少しだけ、彼の家族も出てくるのだが、家では全然きっちりしていないそうだ。妻も、「普通の会社勤めでは絶対に皆さんにご迷惑をお掛けする」「好きなこと以外は何も出来ないんだと思う」みたいなニュアンスで、夫の活動を応援していた。もちろん、「誰かがやらなきゃいけないことをやっている」「公平でいることはとても大変だと思うけど、それをやり続けている」と、積極的な評価もしていた。なんやかんや、良い家族っぽい感じがした。
映画の中で、「今回が最後かなぁ」「この知事選の取材は卒業旅行みたいなものです」と、選挙取材を辞めることを示唆していたが、やっぱり全然辞めなそうである。宿命だと思って、続けるしかないのだろう。なかなか難儀な人である。しかし、だからこそ面白い。