【映画】「ディア・ファミリー」感想・レビュー・解説

良い話だと分かっていたので観るつもりはなかったのだけど、ちょうど観たい映画がなかったので観てみたのだけど、やっぱり良い話だった。そりゃあ良い話だよ。っていうかホント、凄い人がいるものだ。

さて、これは嘘だし、本心ではないのだが、坪井宣政が偉業を成し遂げられたのは、娘・佳美が病気だった”お陰”だろう。いや、これは本心ではないし、そんなわけがない。

少し前に、「通園バスに取り残された女の子が熱中症で死亡した事件」の裁判が行われた。そしてその中で、裁判長が被告に向けて話した言葉がとても印象的だった。

【千奈ちゃんが生きていた意味について考えたいと思います。千奈ちゃんは両親を幸せにするために生まれてきたのです。教訓のために生まれたのではありません。】

本当にその通りだと思う。本作を観ながら僕は、この裁判長の言葉を思い出していた。坪井佳美も、「自分以外の誰かの命を救うため」に生まれてきたのではない。本当にその通りだ。

ただ。そのことは理解した上でやはり、こう感じてしまいはする。坪井佳美がいなかったら、坪井宣政があまりにも困難な道を突き進み続けられなかっただろうと。

映画の最後に、「IABPバルーンカテーテルは17万人の命を救った。そしてそれは、今も続いている。」というような字幕が表示された。坪井宣政は、紫綬褒章の授賞式の前に、記者の質問に答える形で、「私は娘を救えなかった人間です。表彰してもらえるような人間ではないのです」と言っていたし、その気持ちはもちろん理解できなくはないが、しかしやはり、個人の凄まじい努力によって17万人もの命を、そして今後も多くの命を救い続けられるというのは、あまりにも偉大な功績であると思う。

さて、一応書いておくと、本作は実話を基にしているが、登場人物の名前は若干変えてある。恐らく、下の名前はそのままのようだが、名字は「坪井」ではなく「筒井」であるようだ。これは恐らく、「事実をベースにしながらも、脚色は含まれています」というメッセージだろう。実際にエンドロールの途中に、「実際と異なる部分があります」みたいな記述がなされていたと思う。

さて、映画を観ながらとても意外だったことは、「人工心臓の話ではなかったこと」だ。これは、冒頭始まってすぐ明らかになる。坪井宣政が紫綬褒章の授賞式前にインタビューされるシーンがあるのだが、その功績こそが「IABPバルーンカテーテル」なのである。ただ僕は、本作について「人工心臓を作った人の話」みたいな認識をしていたので、最初の最初でそうではないことが明らかになって驚いた。ちなみに、映画の最後で「完全な人工心臓は今も開発されていない」と字幕で表記された。

まあ、それも仕方ないだろう。本作には、その困難さが理解できる場面が描かれている。

坪井宣政は、心臓病の素人でありながら、東京大学の講義に潜り込むなどして勉強を重ね、自身が経営するプラスチック加工工場に研究所を併設し、人工心臓を成形する技術の開発に取り組んだ。そして昼夜を問わず研究を続けた結果、協力してくれた医学生たちからも「これなら行けます!」とお墨付きをもらえるまでの成形を成し遂げたのだ。

しかし、これで話は終わりではない。まずは臨床試験のために、「人工弁」と「人工血管」を用意しなければならないが、これはアメリカから取り寄せるしかない。その額2000万円以上。これだけでもとんでもない額だが、しかしその後、この数字が可愛く思えるようなお金の話が出てくる。

人工心臓を実用化するためには、臨床試験を行わなければならない。そのためには、「動物100匹」と「人間60人」を対象にしなければならないのだ。さらに、その実験を管理する者を常勤で雇わなければならないというルールもあるようで、それを5~6年続けるとすると、1000億円は掛かるというざっくりした計算を坪井夫妻が行うのだ。これは1980年代の金額なので、今ならもっと掛かるだろう。当然、個人でどうにかなるような金額ではないし、大学病院や研究所だって1000億円も集めるのは相当困難だろう。

恐らくそのような事情もあって、人工心臓は完成していないのだと思う。本作を観る限り、「人工心臓を成形する」という部分の技術は、坪井宣政が完成させたと考えて良い気がする。ただ、臨床試験のハードルが高すぎて、そこから先に進めないということなのだろう。

まあそれは仕方ない。「それ」というのは、「お金の問題」ということだ。お金は簡単にクリア出来ないことはある。特に、その金額が1000億円であればなおさらだ。

しかし、本作には、それとはまた違った問題が描かれる。そちらについては、まったくもって「仕方ない」とは思えない。

少しネタバレ気味になることを書くかもしれないが、恐らく映画を観ていれば大雑把には予想出来ることだと思うので書くことにしよう。本作では、人工心臓の開発を諦めた坪井宣政が、IABPバルーンカテーテル(これは心臓の問題を一時的に解消するための技術で、佳美を助ける手段にはならない)の開発に乗り出し、それを成功させるのだが、やはりここでも臨床試験の問題が立ちはだかった。しかし今回の問題はお金ではない。教授である。

本作では「東京都市医科大学」(検索しても出てこないので、実在しない大学だろう)の教授と組んで人工心臓の開発を行う様が描かれる。石黒教授(光石研)をどうにか口説き落とし、彼の下で研究を行う若手医師たちと共に人工心臓の開発を続けるのだが、臨床試験の問題が立ちはだかり断念。しかしその後、IABPバルーンカテーテルの開発を提案し、完璧な完成品を携えて石黒教授の元を訪れるのだ。

目的は、臨床試験として実際の手術で使ってもらうことである。しかし石黒教授は、その申し出を断った。理由は、「実績のない素人が作った医療機器など使えない」である。坪井宣政は実験データも完璧に揃えていったのに、まったく聞く耳を持たなかった。

さて、問題はここからである。普通に考えれば、「東京都市医科大学でやってもらえないなら、他の病院で試してもらえばいいじゃないか」と思うだろう。しかし当時の医学界(今も同じ雰囲気が続いているのかは分からない)では、「最初に組んだところで臨床までやらないといけない」という暗黙の了解みたいなものがあったそうだ。「他の大学の研究を横取りするみたいなことは出来ない」という理由で、他の大学は臨床を断るのである。意味が分からない。作中のある人物は、「この製品がどれだけ多くの人の命を救うと分かっていても、ウチでは出来ないんです」と言っていた。マジで意味が分からない。

というわけで坪井宣政は、どうにかして石黒教授を説得しなければならないのである。こんなアホみたいな障害・壁が存在していること自体がおかしいし、日本(だけの問題なのかは不明だが)の悪いところだなと思う。当時よりと比べて今が多少なりともまともになっているといいんだけど。

さて、そういう「事実ベースなのだろう」という部分とは別に、本作では「どの程度事実なのかは分からない」ものの、家族の物語も非常に面白かった。特に、坪井宣政と妻・陽子のやり取りがとても素晴らしい。

本作には随所に佳美が書いた日記が登場するのだが、その中に「うちの家族はちょっと違うんです」みたいなことが書かれている。坪井宣政はなかなか破天荒な人物だったようで、「家業を継いで借金があることが分かったら、自社の製品を売りにとりあえずアフリカまで行っちゃう」みたいな話が冒頭で描かれる。普通なら、そんな夫を妻は嗜めるものだろう。しかし陽子は、そんな夫の無茶苦茶な行動を全肯定するのである。

また、予告でも使われている「お父さんが人工心臓作ってやるからな」と佳美に伝える場面もとても良かった。このシーンについてはその前段として、「佳美の手術のために貯めていたお金を、人工心臓の研究を行う研究室に寄付する」という話が出ていた。しかし坪井宣政は、「その寄付だがなぁ、止めた」と家族の前で宣言する。さらに続けて、「人工心臓は俺が作る。自分で出来ることは自分でする。今決めた」と宣言するのである。

さて、この場面には、坪井家の面々全員が揃っており、長女の奈美はそんな父親の宣言に否定的な言葉を返す。まあそりゃあそうだろう。その結論に至るまでに坪井宣政は、日本中、いやアメリカを含めた様々な病院へ行き、「佳美の心臓を治せる医者は存在しないこと」「人工心臓の研究は行われているが実用化には程遠い」ということを理解しているからだ。当然、陽子も止めるだろうと奈美は考えていたはずだ。

しかし陽子は、夫のそんな決意を聞き、「なんでそんな簡単なことに気づかなかったのかしら」と口にするのである。これもまた凄い反応だろう。これを受けて奈美は、「なんで誰も止めないのぉ?」と口にするのだが、しかし家族はそんな夫・父親のことを理解しているのだろう。そんな風にして人工心臓の開発が始まっていくというわけだ。

坪井宣政も確かに凄いが、しかし、この家族あっての功績ということは凄くよく伝わってくるし、そういうあらゆる絶妙に折り重なって実現した偉業なのだと理解できた。

しかしホントに、「実話を基にしている」という背景がないとまず成立しない物語だろう。色んな場面で、「そりゃあ無理だろう」と感じさせられるからだ。「実話なんだから受け入れるしかない」という頭で観ているから成り立っているわけで、そうじゃなかったら物語としては破綻していると思う。これは別に本作を貶しているとかではなくて、坪井宣政(筒井宣政)の凄まじい業績を称賛しているのである。まったく凄い人物がいたものだなと思う。

さて最後に。僕は割と松村北斗が好きで、本作でも良い雰囲気出してるなぁ、と感じた。もちろん大泉洋も菅野美穂も福本莉子もいいのだけど、個人的な好みから、どうしても松村北斗に注目してしまう。彼の「どことなく『内側に何かを秘めている雰囲気』を抱かせる感じ」がいいんだよなぁ。

というわけで、「観なくても良い物語だと分かる」という予想通り、良い話だった。ちなみに、感想書くのに調べていたら、本作公開に合わせて行われただろう筒井宣政のインタビュー記事があったのでリンクを貼っておく。


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