【映画】「ボブ・マーリー ONE LOVE」感想・レビュー・解説
ボブ・マーリーは良い奴っぽいな、と思った。もちろん、どこまで実態に即した映画なのか分からないわけだが(本作は、ボブ・マーリーの家族やバンドメンバーなどが制作に関わっているらしく、もちろんそれは良いことだが「あまりに悪い部分は描かれなかった」という穿った見方も出来なくはない)、なんか良い奴っぽい感じがした。
そして、政治的に対立が激しく、暴動などに揺れる母国を、音楽の力で融和させたというそのエピソードも凄まじいと思う。
ただ、それはそれとして、映画として面白かったかというと、うーんどうかなぁ、という感じがした。それはきっと、僕が「ボブ・マーリー」という人にさほど関心がないからだろう。ボブ・マーリーの曲を意識的に聞いたことはないし、レゲエというジャンルにも興味はないし、というかそもそも音楽にさほど興味がない。「そんな奴がこの映画を観るなよ」と思われるかもしれないが、たまにあるんですよ、描かれている人物のことはまったく知らなかったし関心も無かったけど映画としてムチャクチャ面白い、みたいな作品が。そういうことを期待して、全然知らない人の映画も観に行っちゃうわけなんだけど、本作は僕にはそこまでぐっと来なかったなという感じだった。
もちろん、ボブ・マーリーに関心がある人には、とても良い映画だと思う。
本作は、よくある伝記映画とはちょっと違うタイプの作品だった。オーソドックスな伝記映画は、「その人物が、いかに有名になっていったのか」みたいな部分を描くことが多いと思うのだが、本作は全然そんなことはない。物語は、ボブ・マーリーがジャマイカ国内では既に国民的アーティストとして認知されるようになったところから始まる。1976年のジャマイカはイギリスから独立した直後であり、対立する二大政党の争いによって、内戦寸前みたいな状況に陥っていた。政情不安によって、国民が激しく分断されていたのである。
そんな中、ボブ・マーリーは「無料で行うコンサート」である「スマイル・ジャマイカ・コンサート」の開催を発表した。ボブ・マーリーはもちろん、「不安定な国内情勢を落ち着かせたい」という思いでこのコンサートを企画したわけだが、彼が無料コンサートの発表をするや、「どちらの政党の支持なのか?」「あなたが狙われる危険はないのか?」などマスコミから質問が殺到、さらに実際にボブ・マーリーの周囲で銃撃や暗殺未遂が起こるなど、状況は悪化していく。ボブ・マーリーの妻や、バンドに関わる誰か(マネージャー?)などから「コンサートは中止にして」と言われるが、ボブ・マーリーの決意は変わらない。
しかし、ボブ・マーリーの発表がどうしてこうもハレーションを起こしてしまったのか。そこには、作中に何度も登場する「ラスタ(ラスタファリ)」が関係しているようだ。
作中では全然説明されないので、観ている間は「ラスタ」がなんなのか分からなかったが、調べてみると「ジャマイカの労働階級と農民を中心に発生した宗教的思想運動」だそうだ。冒頭で少年ボブ・マーリーが聖書を渡される場面があり、どうやらラスタファリ運動は聖書をベースにしているらしいが、特定の教祖・開祖などは存在せず、「宗教」というよりは「思想運動」と解釈されているそうだ。
そして作中には、ボブ・マーリーらが自身を卑下するような言い方で、「ラスタに政局を収められるわけないって思われてるのさ」みたいなセリフが出てくる。インドのカースト制とまではいかないのだろうが、「政治を司るエリート層」と「そうではない一般層」が明確に分かれていたのだろう。そして、「そうではない一般層」でしかないボブ・マーリーが政局に口出しするんじゃねぇよ、みたいな受け取られ方がされたため、より混沌とした状況に陥ったということなのだろう。
しかしそう考えると、ザ・ビートルズと重なる部分があるな、と思う。ザ・ビートルズも、厳然たる階級社会だったイギリスにおいて、「労働階級から上流へと上り詰めた存在」であり、階級社会をぶち壊すきっかけになったと言われているはずだ。ボブ・マーリーも恐らく、そのようなインパクトを与える存在として認識されていたのではないかと思う。
その「ラスタ」について興味深かったのが、「私と私」という表現である。これは、意味的には「あなた」のことを指すそうだ。しかし「ラスタ」の思想においては、「私」や「あなた」といった言葉は「自分と他者を区別するもの」であるため使わない。「ラスタ」にとっては、自分も他人も区別がないのだ。
そう考えると、本作のタイトルになっている「ONE LOVE」(元々は、ボブ・マーリーの曲のタイトルなのだろう)の捉え方も変わってくるかもしれない。「様々な違いを持つ人たちが1つの愛を目指す」みたいなことではなくて、「そもそもが『私と私』であり、違いはないんだから、そこには1つの愛しかないよね」みたいなことなのかもしれない。
まあそんなわけで、僕にはそこまで刺さらなかったけど、好きな人には良い映画なんじゃないかと思う。
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