【映画】「殺人鬼の存在証明」感想・レビュー・解説

これはなかなか見事な物語だった。「実在した、ソ連史上最凶の連続殺人鬼」をモデルにしたという情報だけ知っていたので、ドキュメンタリーに近い作品なのかと思っていたが、それは違っていた。全体の物語は、まず間違いなくフィクションだろう。しかし、そのフィクションの物語が、かなりよく出来ていたと思う。

時系列がかなり前後するので、物語を追うのに苦労するし、「本作では一体何が描かれているのか?」が分からないと理解できない描写も多い。だから、物語を最後まで追わないとなんのこっちゃわからんという感じになる。しかし、物語の終盤、すべての状況が明らかになると、「なるほど!」という感じにさせられるのだ。これは上手いこと物語を作ったなぁ、という感じだった。

ただ恐らくだが、この物語、観る人によってちょっと受け取り方が変わるかもしれない。というのも、本作で描かれているような状況は「実際にはまず実現不可能」だからだ(なので僕は、本作はフィクションだと判断した)。

だから、「リアリティが無い」という意味で本作を批判する声は、まあ上がってもおかしくはないなと思う。ただ僕は、「物語としての辻褄は合っている」と感じたし、そういう意味で「よく出来た物語」だと感じた。この捉え方で、評価が分かれそうな気がする。

個人的には、「よくもまあ、こんな針の穴を通すような物語を成立させたものだ」と感じたし、かなり圧倒されたと言える。お見事である。

そんなわけで、ネタバレを避けつつ、内容に触れていきたいと思う。

主人公はイッサという男。彼は、本作が始まる1991年時点では昇進を果たし、検察庁の上級捜査官に就任している。そしてその理由の大半は、ある殺人鬼を捕まえたことにある。ソ連史上最凶と言われた、連続殺人犯である。イッサは1988年に犯人を捕まえ、裁判の結果終身刑となっている。

しかし1991年、一人の女性が怪我をした状態で森の中で助けを求めてきた。彼女が語る犯行の手口から、1988年に捕まったはずの連続殺人犯による犯行と目された。となれば、イッサらの捜査は誤りだったのだろうか? 物語はこのように始まっていく。

犯行自体は、1981年以前から始まっていた。そして1981年、捜査本部にイッサがやってくる。イッサは「チェスプレイヤー」と呼ばれていた犯人を逮捕した功績を持つ人物であり、行き詰まっていた捜査に風穴を開けるべく召喚されたのだ。

最凶の連続殺人犯による犯行は、「口の中に土が入れられていること」「背中からナイフで刺されていること」である。また、襲われる女性にも特徴があり、「背が低く、ずんぐりむっくりの体系で髪が短い女性」である。そのような被害者が30人以上にも上っているのだ。

彼は、それまでのチームの捜査をすべてやり直させるつもりで指揮を執る。記録係の刑事イワンが予算がないためビデオの現像をしていないと知るやすぐに予算を確保し、映像から情報を得ようとした。また、イワンと組んで様々な場所へと出向き、犯人像を絞り込もうとする。また、「シリアルキラー」という、当時ソ連ではまだ聞き馴染みのなかった言葉を使う精神科医による「プロファイリング」を試してみるなど、とにかくあらゆることを試してみるのである。

そうやって彼は1988年、犯人逮捕に至るのである。

しかし1991年に、類似の事件が起こってしまう。その一報を聞いたイッサは、捜査へ向かう彼を引き止める妻を説得する。実は、この連続殺人犯の捜査のせいで、イッサの一家も少なくない悪影響を受けてしまっているのだ。そのため妻は、彼をあの事件の捜査に戻したくない。しかしイッサは、「初めての、生きている証人だ」と言って、捜査本部へと向かうのだ。

そう、助けを求めてきた女性は、一連の連続殺人事件において、初めて犯人の元から生きて生還した人物なのだ。彼女は襲われた場所などを刑事に告げる。捜査員が一斉にその家へと向かうが、イッサは突入する捜査員たちに「銃は置いていけ」と告げる。「絶対に生け捕りにしろ」というわけだ。

こうして、彼らが取り囲んだ建物にいた、連続殺人犯と思しき人物の確保に至った。名前は、アンドレイ・ワリタ。彼らは、恐らくマスコミなどに邪魔されないようにするためだろう、ワリタの自宅に陣取って、そのままそこで尋問を始める。ワリタは当然、犯行を行ったのは自分じゃないと否認するのだが……。

という話です。

さて、ネタバレをしないとなると、書けることが本当にない。というわけでここからは、「ネタバレというほどではないが、何も知らずに観たい人には読むことをオススメしない文章」を書くので、人によってはこれ以降の文章を読まないことをオススメする(いずれにしても、はっきりとしたネタバレはしない)。

さて、先程書いた内容紹介は、確かに本作の内容を正しく表現している。しかしそれは「十分条件」という感じだろう。「必要十分条件」にはなっていない、という感じだろうか。重要な情報をすべて省いて書いているのだから当然だ。

『容疑者Xの献身』という作品がある。親友同士である天才数学者と天才物理学者がある犯罪を巡ってやり合う物語であり、観客・読者には冒頭から「天才数学者が怪しい」ということが伝わる構成になっている。そしてその天才数学者を訪ねて、刑事が、彼の職場である高校までやってくるシーンがある。天才数学者は、その天才性故に学問の世界で上手くやっていけず、本人としても不本意な「数学教師」という職に収まっているのである。

で、そのやり取りの中で刑事が、「数学者が作る数学の問題は難しそうだ」と口にする場面がある。それに対して天才数学者が、「そんなことはない。見方を変えれば実は簡単なんだ。幾何の問題に見えて、実は関数の問題だとか」みたいなことを口にする。

本作も、まさにそのような種類の作品と言えるかもしれない(まあ、ちょっと違うのだが)。観客から見える情報では、本作は「幾何の問題」に見える。しかし最後まで観てみると、実は「関数の問題」だったということが分かる、みたいなことだ。本作を観ていない人には何を言っているのかさっぱり分からないだろうが、観終わった人には納得してもらえるのではないかと思う。

恐らくこれは、マジシャンのやり方にも近いのだろう。僕は具体的なマジックのネタを知っているわけではないが、「マジシャンが、客の視線を巧みに誘導して、『そこにあるのに見えていない』みたいな状況を作り出す」みたいな知識は知っている。そして本作にも、そんな雰囲気がある。巧みに視線が誘導されているために、「見えているものの重要性」が理解できないのである。

観客としては、138分あるらしい上映時間の9割近くを、そのような状態で鑑賞することになる。そしてある場面で突然、「ん???」という違和感が湧き上がるのだ。それは「あるはずのない場所に、あるべきでないものがある」という状況で、観客からすれば「は???」と混乱するしかない。しかしその後、「作中で描かれてきたが、それまでの物語の中では全然上手く嵌っていなかったピース」ががちゃんがちゃんと音を立てるようにして連結されていき、瞬く間に「まったく違う物語」が浮かび上がることになるのだ。特に、精神科医に協力を求める際に出会った「アレ」がこんな風に絡んでくるとは思わなかった。まあ、この点が最もリアリティ的に危うい部分でもあるのだが。

しかし、後から振り返ってみると、随所で「上手いなぁ」と感じさせる場面がある。例えば、イッサが「この国では、正義は技術的な問題だ」「殺人犯ではなく、罪を負う者を求めている」と語るシーンがある。これは、イッサが上官から「誰でもいいから逮捕しろよ(意訳)」と指示されたことを受けての発言だ。

この時点で既に、事件発生から10年近く経っている。被害者の数も膨大だ。それなのに警察は、犯人の手がかりらしきものも見つけられていない。恐らく、国民からの「警察は一体何をやっているんだ」という突き上げも大きいのだろうと思う。そのため上官は、「誰でもいいから逮捕しろよ」という趣旨の言葉をイッサに告げるのだ。しかし、最後まで観た上で振り返ってみると、この言葉には違う意味が込められていたのだなぁ、と感じる。

またイッサは、自身が逮捕した「チェスプレイヤー」に協力を求めもする。既に死刑が確定しており、獄中で彼に相談するのだ。あまりにも手がかりのない事件であり、同じ「シリアルキラー」同士なら何か分かることがあるんじゃないか、と考えているのだろう。「チェスプレイヤー」への協力依頼は作中で度々描かれ、イッサは「死刑囚」に対するものとは思えないような寛大な振る舞いをするのだ。

これももちろん、「イッサがいかにこの連続殺人犯を捕まえたいと思っているのか」という気持ちを強く描き出す場面なのだが、物語を最後まで観ると、また違った側面が浮かんでくることになる。

このように、様々な要素が実に絶妙に配置されており、物語としてとても精緻に構成されているなと感じた。

さて、「実話を基にした」という部分が気になったので少し調べてみると、まず、基になった殺人鬼は、1970年~1980年代に54人を殺害した「ソ連の赤い切り裂き魔」ことアンドレイ・チカチーロだそうだ。本作の犯人役もアンドレイであり、実在の殺人鬼から名前を拝借しているようだ。というか調べてみると、イッサというのもこの事件を担当した実際の担当刑事の名前だそうだ。しかしやはり、「殺人鬼の設定」だけを借りただけであり、本作の物語はフィクションである。まあそりゃそうだ。

なかなか見事な作品だと思う。グロい描写が多目の作品なので、そういうのが苦手な方にはオススメしないが、それが大丈夫ということであればかなり楽しめる作品ではないかと思う。

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