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月刊文芸誌『文活』 | 生活には物語がみちている。

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2022年6月の記事一覧

点々|第一話

遠山さんは足を組み直すとき、「ガスト」と言う。 なんでガストって言うのか不思議だけど、たぶん、「よいしょ」とか「さてと」と同じ掛け声の類だろうし、深い意味はないんだろうなと思うから理由を聞いたことはない。4回目の「ガスト」までは数えていたけど、英語の長文問題に集中しているうちに何回目か忘れてしまった。 「解けた?解きたい?」 「解きたいっちゃ解きたいです」 遠山さんはいつも、問題を解けたか解けなかったかではなく、解けたか解きたいかで聞いてくる。同じ塾の生徒の中には、そ

シェアハウス・comma /河野 絵梨花 編

「河野さんは、頼りになるよ」 上司にそう言われて、そこにどの程度の本心がこめられているのか勘繰ってしまった。定時過ぎたばかりのオフィスを出ると、金曜のせいか街はどこか浮き足立っている。 秋の季節にまとわりつく雨の気配が嫌いだ。一年前の雨の日、ちいさな嘘をついたあの日からずっと。 「絵梨花!」 トンと肩をたたく手は、同級生だった。「久しぶりだね。今、帰り?」 「うん。何してるの?」 「みんなでお茶してた」 みんなで、の一言が心をかすかに曇らせる。大学の四年間、お互

【文活6月号ライナーノーツ】夕空しづく「神様の質問箱」

『あなたは概念みたいだ』 時折、そう言われることがあります。 それは私が、ネットで文章を書いている人間だからかもしれません。 ネットに綴られる文章には、実体が伴いません。 その人の一側面、思考の断片が、文章というかたちで表れているに過ぎません。 それは血を吐くような思いで紡ぎ出したものかもしれないし、息を吐くように呟いたものかもしれない。それでも、その人がその人として生み出したものに相違ありません。 けれど本当は、私にもあなたにもあの人にも「実体」があります。 各々の

『神様の質問箱』

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先生と私のスケッチ

墓地公園から夏草を踏みしめながら坂をあがっていくと、小さな展望台がある。階段をのぼりきり、上から故郷の街をぐるりと見渡すと私は一眼レフをゆっくりと構えた。シャッターを一度、二度、切ってみる。泡のように心に浮かび上がってくるのは、懐かしい「先生」の言葉だった。 『そう、言葉を使って、社会を、世界をスケッチしてごらんなさい。あなたには、きっと良いものが書ける。大丈夫よ、この世はそんなに悪くないわ』 まばたきをする。陽ざしがひどくまぶしい。梅雨前線と前線のすきまにのぞいた六月の

連作小説「栞」 ‐ 3冊目・記憶 -

 ずっと探している絵本がある。  暗い紫色の表紙、主人公は魔女見習い、割と分厚めのページ数。幼い頃、母にうんざりされるくらい毎週繰り返し図書館で借りていた愛読書。そのはずが、憶えていることはたったそれだけ。タイトルはおろか、どんな内容だったかも定かではない。むしろ“魔女見習い”という主人公の設定すら怪しい。それでも、亜希のちいさな手を引きながら絵本コーナーの前に立つ度に探してしまうのだ。あの本が読みたい。大好きだった、あの本が読みたい。 「亜希ちゃん、選んできてくださいな」

【文活2022年6月号】北木鉄さん長編小説「点々」開始|ゲスト作家は夕空しづくさん|リレー小説「シェアハウス・comma」最終話まで残り三話

こんにちは!文芸誌・文活です。 雨の多い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。窓を伝う水滴でゆがむ紫陽花片目に、優雅な読書とティータイム……なんて、現代人としては叶わぬ願いなのかもしれません。でも物語や言葉には、一瞬で人を別世界に連れ去る魅力がありますよね。 だからこそ雨の日には、物語が恋しくなるような気がします。今月号の文活は、そんな言葉の力や物語の力をそっと教えてくれるような、梅雨にピッタリの作品が揃いました。 ・上田聡子さん『先生と私のスケッチ』 ・西