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振動する純文学──非平衡開放系現象としての文学

時評・書評を考える(第二回) 大滝瓶太

譬喩的に言うならば、平衡状態にある物質は「盲目」だが、平衡から遠く離れた状態では「開眼」すると言えよう。
──イリヤ・プリゴジン『確実性の終焉 時間と量子論,二つのパラドクスの解決』

非平衡な文学

 まずはこれらの動画を観てもらいたい。

 これはベロウソフ-ジャボチンスキー(Belousov-Zhabotinsky:BZ)反応という。手短に説明すると、系のパターン(視覚的には色や模様)が時間周期性を持ち、系の状態が振動しながら化学平衡へ収束するという、熱力学や複雑系で「非平衡開放系」の例としてよく取り上げられる現象だ。
 いきなり見せられたところで、ビーカーのなかの「ちょっと不思議な現象」程度にしか思えないかもしれないが、例えば「特定の構造が時間周期性とともに観測される」とでも言えば、特にこのビーカーの中やシャーレの上に限ったことでもないらしいと想像できなくもない。現在の日本純文学シーンに目を移してみよう。文芸誌掲載作品、時評や月評、組まれる特集、日夜交わされるインターネットの議論など眺めれば、「共感性・社会的意味」と「実験性・芸術性」のあいだで文学が揺れている気配が感じられるはずだ。
 我々はこの濃淡によるパターンを「トレンド」と呼んでおり、そして文学が人間の営みであるがゆえに生じる力学はしばしば「権威(性)」と呼ばれている。
 商業誌においては紙面が限られることもあり、この力学によって掲載される作品・批評の取捨選択が行われ、「文学」に身を置く個々の書き手は自身の利益に応じたリアクションをとる──ある者は声を大きくし、ある者は反発し、そしてある者は無関心といった具合に。

 昨今では「傷つく/傷つけてしまうことへの繊細さ」や「生きづらさ」など、現実生活と近い距離にあるトピックが多く取り上げられている。書かれたことと社会のつながりが強調され、テクストの技巧や芸術性に対して「意味」が優位な立場をとっている。たとえばある作家は現在の文学シーンについて「テクストだけが文学だった時代は終わった」と発言している。「どう読むか」の議論だけでなく社会での作用までが文学には必要だと主張し、テクストと実社会の関係性が強固になるだろうとの立場をとっている(注1)。
 これについて特に異論はないし、反対したいつもりもない。ただ、ビーカーの中の溶液の瞬間的な色についてあれこれ言うのは端的につまらない。冒頭で挙げたBZ反応のおもしろさは系の状態の振動原理であり溶液の色ではないのだ。
 BZ反応のような化学振動は、平衡熱力学の理論ではエントロピーが減少する方向への遷移を説明できずにいた(注2)。しかし、イリヤ・プリゴジンが散逸構造理論(注3)を提唱し非平衡開放系熱力学の理解が進むと、多くの研究者がBZ反応へ関心を示した。そしてそれは今日でも続いていて、情報科学・生命科学・社会学・経済学など分野を跨いで応用されている(注4)。
 ここでは何もクソ真面目に数理モデルを立てて非平衡熱力学を文学でゴリゴリやるつもりはない。その限りにおいて、これはアナロジーの域をでない話でしかないのだけれど、文学を離れて文学を眺めることで、業界構造を形成している「権威(性)」なるものの輪郭くらいは見えるのではないかと考えている。

(注1)  山崎ナオコーラ氏のTwitter https://twitter.com/naocolayamazaki/status/1431296674526154753
(注2)いわゆる「エントロピー増大の法則」は、閉鎖系における準静的な変化を前提としている。
(注3) 系外部とのエネルギーの流出入がある系(開放系)で定常的な構造が観測される現象。京都では「鴨川等間隔の法則」がその例に挙げられる。
(注4)三村昌泰編著『現象数理学入門』(東京大学出版会)

純文学における「活性因子」と「抑制因子」

「純文学か? 大衆文学か?」というジャンル分類の話はよく聞くが、これははっきり言ってレーベルの問題でしかないだろう(注5)。ぼくはそう考えている。消費者のニーズに的確に応えるために内容・性質の明瞭化、そしてジャンルの細分化が進んできた一方でしかし「どれにも属さないもの」が出てきたとき、その受け皿になったのが純文学だ。言い換えると、そこは熱心なジャンルフォロワーに加えて「どこにも属せなかった作品によって消去法的に選ばれた場所」でもあり、だからこそ様々な技巧・内容が越境的に混在するガラパゴス的な分野へと発展してきたのだろう。
 結局のところ、「純文学らしさ」はその制度・枠組みでしか考えられないのだけれども、しかしながら世間的には「なんとなく純文学っぽい」という感覚はある。木下古栗は「ほぼ日イトイ新聞」のインタビューでこのようなことを述べている(注6)。

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