
第二希望以下の人生でも
博多一人旅で聴いた路上ライブ。
今、あの歌い手さんは何をしているのだろうか。
路上ライブをしていると、たとえ急いでいたとしても少し立ち止まって聴いてしまう。
風に運ばれて聴こえてくる、力強くもどこか脆い歌声に誘われて僕は、いつの間にかその場に辿り着き、ぼーっと聴いていると歌い手と少しだけ心が繋がった感覚に陥る。
直接「頑張ってください!」と言えることは少ないけど、心の中で僕なりの全力で応援してその場を立ち去る。
残念ながら名前も顔も覚えることは難しいけど、一人でも多くの人にその歌声が届くことを願いながら。
2022年12月4日。
初めての福岡。初めての博多。初めての中洲。
雰囲気がとんでもなく良かった。
東京ではあまり見かけない屋台。満席で列を成すほど賑わっている。
川沿いにズラーっと並ぶ屋台と、老若男女が初対面とか関係なくお酒を酌み交わす異国情緒あふれる雰囲気に圧倒される。だけど、どこか懐かしい感じもする。
千と千尋の神隠しの世界に紛れ込んだような感覚に陥り、心躍る。
博多ラーメン、おでん、モツ煮、めんたい卵焼き、餃子…
異種格闘技のように様々な料理の匂いが混じり合い、空腹を強く刺激する。
賑わってる屋台に入る勇気がなかなか湧かず、何往復もしていると開けた公園のような場所に辿り着く。
女性が一人路上ライブをしていた。
屋台が一番賑わう時間帯ということもあり、観客は少なく、通りすがりの人が少し立ち止まる程度。
少し距離を置いて聴くことに決めた。
アニメの主題歌を歌うタイミングで「このアニメ観ましたか?」とお姉さん。
だけど、誰も答えない。
その状況に慣れているのか、淡々とライブを進めていく彼女。
「私の一番好きなアーティスト。そして、思い出の曲。最後に聴いてください」
どうやら最後の曲が始まるようだ。
「風はもう冷たいけれど懐かしいそらの匂いがしたんだ ホームから海が見える この場所で君を捜している」
聞き覚えのあるフレーズ。
僕も大好きなアーティストの曲。
相変わらず立ち止まる人は少なく、その歌声は歩いている人の耳に一瞬だけ残り、すぐに夜の賑わいに上書きされていく。
「頑張ってる姿を必ず誰かは見てる」ってよく言われるけど、大抵本人はそれに気づけないし、その頑張りが報われることは少ない。人生は無情で、社会は思っている以上に厳しい。
歳を重ねていくうちに現実を思い知って何かを諦め、第二希望以下の人生を送っている人が大半だ。
そんなことを考えながら、ぼーっと聴いていると曲はラスサビを迎える。
「涙をこらえてる 約束だから 誰よりも強くならなくちゃ さよならは言わない だって目を閉じて すぐに会える I remember you」
路上ライブが終わり、ぽっかりと空いたその空間は、すぐに酔っ払いのおじさんたちによって埋まる。
何事もなかったようにまた、中洲の日常は、続く。
先日、2年ぶりに福岡に行き、中洲を歩いていると歌声が聴こえてきた。
ギター1本で弾き語る大学生くらいの女の子。
観客は少ないけど、同時にライブ配信もしており、そっちがかなり盛り上がっているようだ。
リクエスト曲をどんどんこなしていく。
その様子を見て最初に数人が立ち止まり、どんどん人が集まっていく。
スマホの中の世界と現実が、徐々に混じり合う。
突然、すっかり忘れていた2年前の記憶が蘇る。
I remember you 彼女は今、どこで何をしているのだろうか。
それを知ることができない僕は、彼女の幸せを密かに願うことしかできない。
もうすぐ冬が終わり、春がやってくる。
残念ながら人生の春はただ待ってれば毎年来るわけではなく、何年も、下手したら何十年もやってこないかもしれない。
それでも、春の来ない冬はない。
冬は、春の予感を匂わせる希望だから。
暖かな日差しが差し込み、花を咲かせる季節がきっと、いつか、やってくる。
人生の季節は巡る。その時まで。