カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第11回 「謎の〝寸止め〟」
〝10年に一度の大寒波が到来!〟というニュースが流れているテレビを消して私は空港に向かうべく家を出た。
手にした旅行カバンには今回紹介するブックカバーも一緒に詰め込んでいた。
生まれて初めての東北訪問に浮き足立ち、飛行機のなかでは小学生のように窓に張り付いて眼下に広がる雪に包まれた地上をずっと眺めていた。
たどり着いた仙台はさすが東北随一の大都市。巨大なビル群そして大勢の行き交う車や人々の多さ。のっけから圧倒された。
駅からほど近い場所にある商店街のメインストリートをテクテク歩く。
天井の高いアーケードの中には様々な店が軒を連ねており、チェーン店が多く目につくせいか未だ自分が東北の地に足を踏んでいる実感が湧かないでいた。
やがて夕刻を迎え、店々のネオンも眩しく灯り始めたアーケードの終わりに〝そこ〟があった。
ガス燈の灯りを見つけて歩みを止める。1階と2階のガラス張りの大きな窓の向こう側から、本を照らす大量の蛍光灯の明かりが外に漏れている。仙台の〝風景〟がそこにあった。
「ここが金港堂かぁ…」真っ白い息を吐きながら店の看板を見上げる。根が深く張った大木のような雰囲気の店構えだ。
カバンからブックカバーを取り出ししみじみと見つめてみる。
賞状を授与されたようなポーズでカバーを手にしたまま、しばらく通りに立って店を眺めていると、道ゆく人々が不思議そうにチラッと私に目をやりながら足早に通り過ぎていく。
この日の気温は1℃――しばれる空気と高揚感が身を包む。
金港堂書店、ここは仙台の本好きなら誰しもが知っていると言われる創業100年を超える老舗本屋だ。そして今はもう使用されていないこのブックカバーが生まれた場所でもある。
数年前に福岡の骨董市で興味本位で1袋500円で買った紙モノ詰め合わせ袋の中に、この一枚が紛れ込んでいたのだった。素朴ながらモダンなデザイン、最初目にした時は洋菓子屋の包装紙かなと勘違いしてしまった。
ネット上では、歴代のブックカバーの画像は数点確認できるものの、同じモノは見つけることが出来なかった。雰囲気から察するに……昭和の初め頃に使用されていたものだろうか。
カバーのオレンジ色と共鳴するように店先に佇むガス燈の暖かな灯りが私の顔を照らしていた。遠巻きに店内を覗き込むと熱心に本を吟味する地元の人々の姿があった。
さて、その後の私がとった行動だが、なんと、遠路はるばるやって来たのに、入店せずに帰ったのだ……。
たどり着くまでは「記念に何か1冊買って帰ろう」等と頭の中で考えてはいた。だが、店の前に立っただけでなぜだか私はすっかり十分に満たされた気持ちになっていた。謎の〝寸止め〟である。
そして今も、自宅の机の上で再びこのブックカバーを眺めながら改めて自問してみたが、やはり自らの行動の意味がさっぱり分からない。
それでも、このブックカバーから感じる〝暖かさ〟が以前より増していたのは確かだった。