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カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第23回 「夏読書のすすめ」

 ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮しょひ」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集しゅうしゅうする人たちがいる。
 連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセーを添えてもらう。

「夏休み」という言葉を聞いて人は何を思うだろうか。どんな記憶を浮かべるだろうか。

 それは、子供時代や学生時代にさよならを告げた大人にとってはほろ苦さや甘酸っぱさをまとう言葉かもしれない。

 今回紹介するのは1978年夏に全国の書店で流通した新潮文庫の広告ブックカバーである。

 毎年夏休みのシーズンになると、各出版社による文庫の販促が書店で目立つようになる。とりわけ、1976年から始まり47年もの歴史がある「新潮文庫の100冊」のキャンペーンは、本好きなら誰しも一度は見かけたことがあるはず。

 かくいう私も中学高校時代の夏休みは塾帰りに書店に寄っては、このキャンペーンを楽しんでいた一人だ。

 書店の棚にズラリと平積みされた文庫本の表紙群を眺めては「さぁ!この夏は本を読もう!」という出版社のギラギラしたアピールに「読むぞ読むぞー!」と受けて立つような気持ちにさせられていた。

「知性って、すぐに眠りたがるから、若いうちよ」との印象的なフレーズと若かりし頃の桃井かおりがキャッチーなこの文庫本ブックカバーは、祖母の家に残されていた父の蔵書群の中から見つけた。

 新潮文庫が芸能人を夏の読書の広告塔として起用するようになったのがちょうどこの年で、以降1996年まで俳優やミュージシャン、作家といった面々が夏の読書の魅力を発信する役割を果たした。

 10代の頃は貪るように読書に励んでいた我が父も、今では60代。目下、テレビをぼんやり眺める時間の方が圧倒的に多くなったそうだ。「もう昔みたいに本をゆっくり読む意欲はほとんどなくなったなぁ……」と漏らしている。

〝若き日の読書〟にスポットが当てられたこのブックカバーの色褪せ具合が父の上を通り過ぎていった年月を感じさせて切なく映る。

 そんな私も父と同様までとはいかないが〝夏だからこそ楽しめる読書〟にすっかりご無沙汰になってしまった。

 お盆の時期、田舎の祖母の家の縁側でアイスをかじりながら座椅子に寄りかかって夢中に文庫本を読み耽っていた、あの10代の頃の読書時間が無性に恋しい。

 そうだ、久々に書店に出向いて夏の読書に相応しい1冊を探してみようか。

 夏休みという時間をささやかにも楽しんでいたあの頃の自分にほんの少しでも戻れる瞬間があるかもしれない。

「夏こそ、読書」

 この夏は新潮文庫の商戦に素直に乗っかるのも悪くないだろう。大人になった今の自分にしか味わえない特別な夏の時間が待っていそうだ。



文・イラスト・写真/カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本愛好者としての人生を歩み始める。奈良大学文学部文化財学科を卒業後、ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」の販売員として働く。その後、愛する古本を題材にした執筆活動を始める。
海と山に囲まれた古い一軒家に暮らし、家の中は古本だらけ。古本に関心のない夫の冷ややかな視線を日々感じながらも……古本はひたすら増えていくばかり。ゆくゆくは古本専用の別邸を構えることを夢想する。現在は子育ての隙間時間で古本を漁っている。著書に古本愛溢れ出る4コマ漫画とエッセーを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。

筆者近影

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