カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第4回 「満ち足りているのに物足りない?」
夜になると本を開きたくなる、と感じる人は多いのではないだろうか。
私もまさにそう。それも寒い日の夜更けなど特に。
1日の終わり、眠りにつく前のささやかな余白時間。本を手に布団に横たわり毛布にくるまり枕元の電気スタンドのスイッチをカチンと押す。照らされる灯りは私と本との豊かな沈黙の時間を見守る暖かな焚き火のよう。
このブックカバーを見つけた時の第一印象は、まさにそんな風景だった。
2枚のデザイン違い、それも裁断前のブックカバーというのもなんだか珍しくマジマジとあらゆる角度から観察してみる。
この儚げな橙色。とても良い。温かな色合いを引き立たせるように描かれた蝋燭の灯り、ランプの輝き、スタンドライトに照らされる本。
まさに〝読者の夜〟の世界が詰め込まれている。
そして背表紙部分に印字されている「東販(東京出版販売/現トーハン)」の文字。
言わずと知れた日本における出版流通の要的存在である大取次会社だ。
書店名を記載する空欄がある点を踏まえると、当時傘下だった各書店に配布していたカバーなのだろう。
プリントされた雑誌名をもとに発行年数をそれぞれ照らし合わせてみたところ、どうやらこのブックカバーは昭和20年代から30年代に刷られたものらしい。
60年以上の月日を経て私の手元に収まっているこの可憐な一枚の印刷物に私はしばらく、ただただ魅入っていた。
ふと顔馴染みの御年80歳を過ぎた喫茶店マスターとの或る日の会話を思い出す。
「僕らの時代はわからないことがあれば本を開いた。その途中で色んな寄り道をしたり予期せぬ発見があったりして面白かったもんです。今は〝それ〟を使って指先でチョチョイ! としたら一直線に答えが出ちゃうでしょ。つまんないよ」
私のスマートフォンを見つめながらマスターは切なそうに笑った。
必要な情報だけをすぐに掬い取れることがもはや当たり前で、本や雑誌も電子書籍で手軽に読める便利な今の世の中が何だか味気なく感じられるような……。
あの日の会話で私の内に生まれた小さな感情が再び揺さぶり起されるのがわかった。
満ち足りているのに物足りない? この感覚は一体なんなのだろう……。
その日の晩、読みさしの本を胸の上にパタリと置いた私は、60年前の今夜を生きていた本読む見知らぬ誰かの姿をぼんやりと想像しながら微睡んだのだった。