カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第1回 「手掛かりは店名のみ」
抽象的な図と「荒川書店」の文字。緑の濃淡が美しい。よく見ると街並みの中に本が並べられている。なんて遊び心があるんだ。
「どんな本屋で使われていたんだろう?」と思わず声がこぼれた。
だが唯一書かれている情報は店名のみ。荒川というと真っ先に東京の荒川が思い浮かんだ。こういう時はネットを頼るべし。
「と、う、きょ、う……あ、ら、か、わ、しょ、て、ん……」
呟きながら携帯に文字を入力する。
しかし検索結果にそれらしい書店の情報は全く載っていなかった。
もう遥か昔に閉店して存在しない店なのかもしれない。カバーの雰囲気的に恐らく昭和半ばくらいの物だと想定すると……確かに可能性はゼロでは無い。ううむ。
もしかして東京の荒川は関係ないという線もあり得る。荒川という地名は日本の中にどれほどあるのか。いや、そもそも地名ではなく荒川さんという人物が経営する本屋なのかもしれない。
キリがない推理をしながら机の上に広げたカバーをぼんやりと眺める。
でもこれだけはわかる。こんなカバーを生み出したのならきっと良い本屋に違いない、と。
色といいデザインといい、とてもホッとした温かい気持ちになる。この紙に包まれた本を受け取ったお客さん達はきっと幸福な気分になったに違いない。
そんなことを想像していると段々と古本屋帰りの喫茶店にいるような心持ちになってきた。お得意の妄想ワールドが加速する。
古本屋を何軒かハシゴした帰り道、偶然見つけた喫茶店に寄る。席に座りやっと一息つく。心地良い疲労感が体を包む。
注文したアイスコーヒーとトーストが来るまでの間、家に帰るのを待ちきれず買った古本達をガサゴソと袋から取り出し眺める。パラパラとめくったり、本の表面をなぞったり、あぁ今日はこんな良い本が手に入って嬉しいなぁと静かに悦に浸る。
眺めているだけで、あの無上とも言える幸せな瞬間を連想させてくれるなんて。
こんなブックカバーを配布していた荒川書店、ますます気になってくるではないか。
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