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カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第15回 「心まで包んでしまう天牛書店の技」

 ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮しょひ」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集しゅうしゅうする人たちがいる。
 連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセーを添えてもらう。

 ブックカバーというよりは包装紙と呼ぶほうがふさわしいかもしれない。

 海外の作家や学者のサインが散りばめられて印刷されたこの知性漂う一枚大阪の老舗古書店「天牛てんぎゅう書店」で使用されているものである。

 恐らく関西に住む古本好きで知らない人はいないであろうスター級の認知度を誇る天牛書店について、ここで敢えて店の歴史や特徴の説明はしないことにする。多くの本好きに愛されている名店が故、ネット上に溢れるほど素晴らしい紹介文や情報が載っているからだ……。

 吹田すいた江坂えさかに本店があるが、もう一つの天神橋てんじんばし店は個人的ベストオブ古本屋でもある。声を大にして言いたい。この店が私は大好きだ。関西に住んでいた7年間、呼吸をするかのように通い詰めていた。

 社会人時代は昼休憩に梅田にある職場を飛び出し、JR大阪駅から環状線に飛び乗って一駅隣の天満駅(天神橋店の最寄駅)まで赴いていた。もちろん昼食の時間は削られる。それでも良かった。空腹を忘れるほど満たされる出会いが必ずあったからだ。

 レジで会計を済ませた後、店員さんの見事な手さばきによって本が瞬時に包装されるのを見るのも実は密かな楽しみでもあった。通常のブックカバーのように本に掛けるスタイルでなく、シンプルに本全体を覆うように〝巻く〟のが天牛スタイル。セロハンテープでピッと留められる瞬間なんか爽快感がすごかった。録画して何度も繰り返し眺めたいくらい。

 どうやらこのささやかな感動を味わっていたのは私だけではなかったらしい。「天牛書店 包装」のキーワードをSNSで検索すると、私と同様に本を包んでもらっただけのつもりが実は心までをも包まれてしまった同志のなんと多いこと!

 もし、天牛書店にまだ訪れたことがないという人がいたら是非一度訪れて欲しい。きっと琴線きんせんに触れる1冊が見つかるはずだ。そしてレジで購入した本がこの紙に包まれるその瞬間をじっくりと出来れば瞬きせずに目撃してもらいたい。店員さんのその手捌きにきっと見惚れるに違いない。

 このカバーの魅力を更に味わいたいという人にオススメなのが配送だ。

 複数の本を購入した時は「配送しましょうか?」と店員さんが親切に提案してくれる。そんな時は勢いよく頷こう。

 そうして数日後に荷物が届いたら、箱を開けてじっくりと堪能してほしい。本の大きさや厚さに合わせて美しく包装され、梱包された段ボールの中の見事な風景に!

 私なんか何度配送を利用しても未だに、そのたたずまいを崩すことが躊躇ためらわれるほど見事な包装テクニックと本に対する気遣いに毎回まぶしさをも感じている。

 そのため包装を外した後も名残惜しく捨てることができず、我が家には大小様々な大きさにカットされた天牛書店のこのカバーが溜まりゆく一方なのだ。カバーの数だけで考えれば、ごく小規模ではあるが天牛書店の北九州店を開けるかもしれない……。


文・イラスト・写真/カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本愛好者としての人生を歩み始める。奈良大学文学部文化財学科を卒業後、ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」の販売員として働く。その後、愛する古本を題材にした執筆活動を始める。
海と山に囲まれた古い一軒家に暮らし、家の中は古本だらけ。古本に関心のない夫の冷ややかな視線を日々感じながらも……古本はひたすら増えていくばかり。ゆくゆくは古本専用の別邸を構えることを夢想する。現在は子育ての隙間時間で古本を漁っている。著書に古本愛溢れ出る4コマ漫画とエッセーを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。

筆者近影


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