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Amazonの“戦わずして勝つ”戦略について
「上兵は謀を伐つ」(じょうへいはぼうをうつ)とは、中国の古典『孫子』の兵法にある言葉で、最上の戦い方とは敵の戦略を先に打ち破り、戦わずして勝利することだと説いている。正面から戦って百戦百勝を目指すよりも、敵の戦意や計画を事前にくじいて無力化し、損害を最小限に抑える方が優れているという考え方だ。
現代のビジネスにおいても、ライバル企業と激しい価格競争やシェア争いを続けるより、競合の強みや主要な収益源を逆手に取るイノベーションや戦略によって、そもそも正面衝突を回避しながら市場の主導権を握るやり方が効果を上げている。
本Noteでは、テクノロジー・金融・小売の分野から、実際に「戦わずして勝つ」戦略を体現したと考えられる企業(Netflix・Amazon・Robinhood)事例を紹介し、その共通点を探っていく。
「上兵は謀を伐つ」の意味とビジネスへの適用
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「上兵は謀を伐つ」の意味
『孫子』によれば、「最上の指揮官は敵の計略(謀)を破ることにある」とされる。これはつまり、戦う前に相手の戦略そのものを無力化することで、大きな犠牲を払わずに勝利を収めるという考え方だ。
現代ビジネスの競争に当てはめると、単純な価格競争や広告合戦に追随するのではなく、相手の強みや既存の収益構造を先読みして、それを弱みに変えるような仕組み作りが「謀を伐つ」に当たるといえる。
現代ビジネスにおける「謀を伐つ」の考え方
競合企業と真正面でぶつかると消耗戦になりやすい。一方で、競合が頼りにしているビジネスモデルを壊す新たなサービスや技術を生み出すことで、実質的に戦わずして勝つ方法が存在する。近年はこうした戦い方の一例として、未開拓の需要を掘り起こす“ブルー・オーシャン戦略”が注目を集めている。
これは「従来の市場で血を流し合うのではなく、競合のいない市場空間を作り出し、そこを独占する」という考え方だ。孫子の「上兵は謀を伐つ」も、その本質においては同様の発想だ。
Netflixのストリーミング革命
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ブロックバスターの“延滞料金”を無力化
Netflixは1997年にオンラインDVDレンタル事業として創業した。当時のビデオレンタル最大手ブロックバスターは店舗網を武器に圧倒的なシェアを持っていたが、延滞料金(貸出期限を過ぎた際の追加料金)で大きな収益を得る構造が消費者にとって大きな不満点でもあった。
そこでNetflixは月額定額制で延滞料金ゼロを打ち出し、顧客が「借り放題」で利用できるモデルを確立した。これにより、ブロックバスターの重要な収益源を一挙に無力化し、顧客満足度を劇的に高めたのである。
収益モデルの破壊: ブロックバスターが頼りにしていた延滞料金を撤廃し、従来の収益構造を崩した。
消費者ニーズの的中: 延滞を気にせず映画を楽しめるサービスは多くのファンを獲得し、ブロックバスターの優位性を根本から揺るがせた。
新しい土俵での勝負とイノベーション
Netflixはさらに、インターネットを活用した郵送レンタルや、後には動画ストリーミングへと事業を拡大していった。これにより、店舗に行かずに映画を鑑賞できるという利便性を提供し、ブロックバスターの店舗網という強みを無用の長物に変えていったのである。
結果、ブロックバスターは後手後手に回り、2010年に倒産。Netflixは時価総額数十兆円規模の世界的プラットフォーマーへと成長した。これは「競合の計略(収益源)を見抜き、イノベーションによって先に潰す」戦略の成功例といえる。
ロビンフッドの手数料ゼロ戦略
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証券会社の“手数料モデル”への挑戦
ロビンフッド(Robinhood)は2013年創業の米国フィンテック企業で、スマホアプリを通じた株式取引を売買手数料無料で提供し、一躍注目を集めた。従来の証券会社は売買手数料が主要な収益源であり、個人投資家からすると大きな負担だった。
ロビンフッドはそこを完全になくすことで、若年層や投資初心者といった新たな顧客層を大量獲得することに成功。
既存収益源の破壊: 手数料無料化によって大手証券の伝統的な収益モデルを崩し、競合他社にも手数料引き下げの波を強要した。
マーケティング戦略: スマホ完結の手軽さや紹介キャンペーンを駆使し、投資経験の浅いユーザーを爆発的に取り込むことに成功した。
新たな市場と収益モデル
ロビンフッドは、手数料がゼロでも「注文フローを高速取引業者に回送し、その対価を得る」など別の収益モデルを構築していたため、企業としての採算性も確保できた。結果的に同業他社はこぞって手数料無料化を追随し、業界全体が大きく変革を迫られた。これは「戦場を変える」ことで、巨大な証券会社との正面対決を回避し、勝利を収めた事例といえる。
Amazonが築いた“新しいルール”
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書店チェーンの“店舗拡大路線”を時代遅れに
1995年にオンライン書店として始まったアマゾン(Amazon)は、当時全米に多くの店舗を構える書店チェーンに対し、インターネット通販という新たな土俵で挑戦した。店舗を持たない分、在庫や固定費を効率化しつつ、圧倒的な品揃えと割引価格を可能にした。書店側は来店を促すために大規模な店舗展開を進めていたが、Amazonは「そもそも店舗に行かなくて済む利便性」で勝負し、競合を苦境に追い込んだ。
品揃えと利便性: 在庫を一元管理することで店舗の規模に縛られず、膨大な商品ラインナップを提供。
価格戦略とフライホイール: 売れれば売れるほどコストが下がり、再び低価格を実現する好循環(フライホイール戦略)を築き上げた。
イノベーションによる拡張と競合封じ
Amazonはさらに、電子書籍(Kindle)、プライム会員サービス、クラウド(AWS)など次々に新領域を切り開くことで、競合が追いつく前に市場を独占していった。結果、小売業界だけでなくIT業界までも飲み込み、巨大企業として成長。従来の大手小売企業はこの土俵で勝負する術を持たず、業績不振や倒産に追い込まれるケースが相次いだ。
成功事例の共通点とまとめ
Netflix、ロビンフッド、Amazonの事例はいずれも、既存の競合が持つ収益モデルや強みを先に見抜き、それを無力化する仕組みを作ることで、正面対決を回避している。
競合の急所を突く: 延滞料金や手数料、店舗網など、相手が頼る収益構造を大胆に崩す。
新しい市場や仕組みの創造: オンラインストリーミング、手数料ゼロのフィンテック、Eコマースなど、競合の土俵ではない場所で優位を築く。
イノベーションとマーケティングの両輪: 技術革新だけでなく、顧客体験やブランド戦略を磨き、ユーザーを素早く取り込む。
それぞれの企業が「上兵は謀を伐つ」、戦う前に勝負を決するアプローチといえる。新分野を切り開き、顧客に突出した価値を提供できれば、競合の策そのものを時代遅れにし、市場のルールを自ら書き換えることが可能だ。これには先行投資やリスクが伴うが、成功すれば企業は圧倒的なポジションを得られる。
2500年前の孫子の教えは、デジタル革命が進む現代ビジネスでも十分に通用している。優れた企業は、相手と殴り合う前に相手の計画を崩し、戦わずして勝つ方法を常に模索しているのだ。この兵法の本質は、これからも様々な業界で生き続けるはずだ。
参考文献・情報源
『孫子』
Making Competitive Moves – Mastering Strategic Management – 1st Canadian Edition
Lessons from the Rise of Netflix and the Fall of Blockbuster | Cato Institute
The Robinhood disruption: the zero-fee war and its implications
Competing against Amazon? You Need A Blue Ocean Strategy! - Supply Chain Game Changer™
(上記のリンク先は一部英語ページを含む)