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【徒然草 現代語訳】第百二十八段

神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。


原文

雅房大納言は、才かしこく、よき人にて、大将にもなさばやとおぼしける頃、院の近習なる人、ただ今、あさましきことを見侍りつと申されければ、何事ぞと問はせ給ひけるに、雅房卿、鷹にかはむとて、いきたる犬の足を斬り侍りつるを、中檣の穴より見侍りつと申されけるに、うとましくにくくおぼしめして、日来の御気色もたがひ、昇進もし給はざりけり。さばかりの人、鷹を持たれたりけるは思はずなれど、犬の足はあとなきことなり。虚言は不便なれども、かかることを聞かせ給ひて、にくませ給ひける君の御心は、いと尊きことなり。

大方生けるものを殺し、いためたたかはしめて、遊び楽しまむ人は、畜生残害のたぐひなり。萬の鳥獣、ちひさき蟲までも、心をとめて有様を見るに、子を思ひ、親をなつかしくし、夫婦をともなひ、ねたみいか、欲多く、身を愛し、命を惜しめること、ひとへに愚痴なるゆゑに、人よりもまさりて甚だし。彼に苦しみを與へ、命を奪はむこと、いかでかいたましからざらむ。

すべて、一切の有情を見て、慈悲の心なからむは、人倫にあらず。

翻訳

大納言源雅房卿は、学識高く、かつ人格者だったため、院におかれましてはいずれのこと近衛大将に就けようとのお考えをお持ちだったが、側仕えの者が、ただ今、とんでもないことを目撃いたし呆然といたしました、と申し上げたので、どのようなことかと院がお訊ねになられた、お側の者が申し上げるには、雅房卿がお飼いになられておられる鷹に餌を与えようと、あろうことか生きた犬の脚を斬ったのでございます、垣根の穴よりこの目でしかと見ましてございます、お耳になされた院は、嫌悪と憎悪で日頃の御機嫌もどこへやらたちまち御不快をあらわになされ、雅房卿の昇進はなくなってしまわれたそうだ。あれほどのお方が鷹狩りの鷹をお持ちだったことも意外と云えば意外だったが、そもそも犬の脚云々は根も葉もないこと、佞臣の虚言により昇進がかなわなかった雅房卿はお気の毒であった、それよりもそのような話をお聞きになりお憎みになられた院の御心こそ、なんとも尊いではないか。

そもそも命あるものを生きながら殺し、あるいは傷つけ闘わせそれを見て興じる人は、その時点で互いに噛み殺し合う畜生どもと同類である。あらゆる鳥獣、果てはもろもろの小さな虫たちにいたるまで、よくよく注意して観察してみると、子を慈しみ親を慕い、夫婦相和し、時に嫉妬したり怒ったり、そうかと思えば強欲で、利己的で自己愛が強く、命を惜しむことにおいては、ひとえに愚かゆえ、人間なんぞよりよっぽど甚だしい。そのようなものたちに苦痛を与え、命を奪い去ることほど痛ましいことがあろうか。

なんにせよ、生きとし生けるものを見て、慈悲の心が目覚めない者は人ではない。

註釈

○雅房大納言
源雅房。

○才かしこく
読みは「ざえかしこく」。

○院
当時は亀山、後宇多、伏見、後伏見と四人の院(上皇)がおられたため、特定出来ず(おそらく後伏見院)。

○不便
読みは「ふびん」。


私が「徒然草」を愛してやまないのは、この段の存在が大きいですね。

追記

あることないこと云いつけ耳打ちする奴って、700年前からおるのですよ。ダメだねぇ。

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