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【徒然草 現代語訳】第百六十八段
神奈川県大磯の仏像専門店、仏光です。思い立ってはじめた徒然草の現代語訳、週一度程度で更新予定です。全244段の長旅となりますが、お好きなところからお楽しみいただければ幸いです。
原文
年老いたる人の、一事すぐれたる才の有りて、この人の後には、誰にか問はむなど言はるるは、老のかたうどにて、生けるもいたづらならず。さはあれど、それもすたれたる所のなきは、一生この事にて暮れにけりと、つたなく見ゆ。今は忘れにけりといひてありなむ。大方は知りたりとも、すずろにいひちらすはさばかりの才にはあらぬにやと聞え、おのづからあやまりもありぬべし。さだかにも辨へ知らずなどいひたるは、なほまことに道のあるじとも覚えぬべし。まして知らぬこと、したりがほに、おとなしく、もどきぬべくもあらぬ人のいひ聞かするを、さもあらずと思ひながら聞き居たる、いとわびし。
翻訳
老人で、ひとつの道に抜きん出た才能があり、この人が死んだら後は誰におうかがいを立てればいいのやらなどと云われたりするのは、老いの強い味方であり、長生きもまんざら無駄ではなくなる。そうは云うものの、そういう年寄りがまったく衰えを見せないというのも、この人はこれしかやってこなかったんだなこれだけをやって一生を終えるんだな、と味気なく思わないでもない。誰かに何かを訊ねられたら、「この歳だもの、もうすっかり忘れちまったよ」と答えるくらいがよい。おおまかなところは知っていても、それをぺらぺらと喋り散らかしていれば、実はたいしたことないのかしらんと勘繰られ、自ずとつい間違いを口にする羽目にもなるだろう。「詳しくは存じませんが…」と含みを持たせておけば、ほほぅ、さすがこの道の大家であられると思われるはずだ。ましてや知りもせぬことを、さも知ったふうにいい年寄りが、立場上反駁出来かねる人々の前でもったいぶって話しているのを、そこちょっと違うんだけどなーともやもやしながら聞いているのは、すこぶる気が滅入る。
註釈
○才
読みは「ざえ」。
○かたうど
方人。味方のこと。
○もどきぬ
もどく=反対する、非難する。
この段は20代、30代、40代、50代、60代でそれぞれに身につまされ方が異なりますね。