絡まりの先に
首元に絡むもつれを手放したかった。酷く癒着しているそれは、私の呼吸を奪っていくのだ。鼓動を暴れさせて、耳を突き刺すほどの静寂と、景色の歪みを与えてくる。鋏で断ち切って仕舞えばいいのに、何故か躊躇いを覚えて手が震えて、鋏を持つことすら叶わないのだ。一度だけ、鋏を手にすることが出来たけれど、上手く切れずに自分の肌を彩るばかり、焼けるような痛みが走るばかりだった。それからというものの、怠惰な私は自分の身が傷つくことを避けたくて、自然と溶けて消えていくのを望むようになった。縺れが当たり前のように受けていた欠片と言葉を、一つずつ気づかれないようになくしていく。たいへんな時間と労力が要るけれど、それで構わなかった。彩られたキャンバスを、白い絵の具で塗りつぶしていくように、少しずつ自分を消していきたかった。最初から何も無かったかのように振舞って、天の川の緞帳を降ろし、2年ほど続いた演劇にエンドロールを流す。長編映画のような壮大なものは流せる訳もなく、48小節ばかりの短い曲とともに演劇は終わっていく。観客は誰一人として居なかった。舞台の上で演じていた、私と誰かの二人だけ。互いを自分を傷つけずに済むように。自分を傷つける痛みと相手を傷つけてしまうことで生じる、良心からの叱責を受けたくなかったのだ。
臆病な自分は熱病に罹っていた。その熱病が心地よくて、ずっと続いて欲しいと願っていたし、熱がそばに居る未来を夢に見る程大切にしていた。けれど、そう長く続くわけはなく、気がついたら熱は遠く遠くへ消えてしまっていた。永久に熱病であり続ける為に捧げた、鈍色と小さな星屑で彩られた薬指はすっかり元の肌色に、小指に繋がれた糸の先は何も捕らえておらず、空白が広がるばかり。その空白を何色で染めたら私は幸せを得ることが出来るのだろうか。熱病に拒まれた私は何になら拒まれず生きていけるのだろうか。付けられたはずの傷は見えない、痛みはどこかへ置いてきた。わたしは、たったひとりでこの道を進むのだろうか。
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