彼誰 暁鈴

忘却の足跡 https://potofu.me/book140

彼誰 暁鈴

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初稿

 ………今日は。清々しい青空が広がって、日差しも心地好いですね。アラ、そんな怪訝な顔をなさらないで。今しがた私と目が合いましたでしょう?だからアイサツをしたのよ。お名前は存じ上げませんし…身分も生まれも…。そんな事はどうだっていいのです。これも何かの縁です。暇を持て余しているのであれば、一寸だけ私の話を聞いていきませんか。そう嫌な顔をされずに……そうですね、私の話を聞いてくれた暁には光り輝く宝石を差し上げましょう。硝子細工のような贋物ではありませんわ。正真正銘の宝石です。アラ

    • 絡まりの先に

       首元に絡むもつれを手放したかった。酷く癒着しているそれは、私の呼吸を奪っていくのだ。鼓動を暴れさせて、耳を突き刺すほどの静寂と、景色の歪みを与えてくる。鋏で断ち切って仕舞えばいいのに、何故か躊躇いを覚えて手が震えて、鋏を持つことすら叶わないのだ。一度だけ、鋏を手にすることが出来たけれど、上手く切れずに自分の肌を彩るばかり、焼けるような痛みが走るばかりだった。それからというものの、怠惰な私は自分の身が傷つくことを避けたくて、自然と溶けて消えていくのを望むようになった。縺れが当

      • 黄昏は青く

         目に映る全てのものが眩しく笑っているように感じた。思わず瞼を閉じて、暗闇に縋りたくなるほどの、鮮やかな街並みはいつも私に、目眩という手土産を寄越してくるのだ。拒むことは出来なくて、鮮やかさと眩しさで視界を巻き混ぜながら、海月のように生きていた。  ある時、いつものように目眩の手土産を貰おうと外に出ると、昨日までの風景が全て幻だったみたいに、街は表情を捨てて、静けさと硬さ、冷たさだけがただ広がって、私の、たったひとりの呼吸音だけがぶつかって落ちていく。本当はきっと、街は変わら

        •  私の言葉に触れた人。もっと深いところに連れて行って、陸地に返したくない。このまま、深いところで暮らさない?きっとお日様よりも暖かいよ。

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        • 名前のない孤毒
          5本

        記事

          涙とアルコールが頭を締め付ける。視野は狭まり、たった一つの事しか考えられなくなる。ある日は"寂しい"、またある日は"消えてしまいたい"、日によってたった一つの対象は異なるのだ。今日のたった一つは"蔑ろにされた自分という人間について"。太陽が顔を出す頃に眠れたらいい、そう思う。

          涙とアルコールが頭を締め付ける。視野は狭まり、たった一つの事しか考えられなくなる。ある日は"寂しい"、またある日は"消えてしまいたい"、日によってたった一つの対象は異なるのだ。今日のたった一つは"蔑ろにされた自分という人間について"。太陽が顔を出す頃に眠れたらいい、そう思う。

          生きていたかったのだろうか。 けたたましくなる警報機、迫り来る車輪の音。危ないから離れてくださいと言わんばかりに輝く赤の電灯、黄色の黒の棒きれひとつで何が守れるのだろう。現に私は迫り来る車輪を見つめている。赤が、散らばる。わたしは、死にたかったのだろうか。

          生きていたかったのだろうか。 けたたましくなる警報機、迫り来る車輪の音。危ないから離れてくださいと言わんばかりに輝く赤の電灯、黄色の黒の棒きれひとつで何が守れるのだろう。現に私は迫り来る車輪を見つめている。赤が、散らばる。わたしは、死にたかったのだろうか。

          歌う度に咳き込む。満足に言葉も紡げない。泣くことすらもままならない。得意な曲も4小節で声が上ずる。前みたいにちゃんと、下手くそなりに歌いたい。今はただ、そう願うだけ。

          歌う度に咳き込む。満足に言葉も紡げない。泣くことすらもままならない。得意な曲も4小節で声が上ずる。前みたいにちゃんと、下手くそなりに歌いたい。今はただ、そう願うだけ。

          涙歌

           泣き声のアンコールは要らない。一度きり、この夜だけのコンサート、聴衆は自分一人。気づけなくてごめんね、部屋の隅っこで泣いていた小さな子。あと20小説で、コンサートが終わってしまう。朝日がカーテンを揺らし、寝不足で乾いた目を風が舐めていく。いつも通り、髪の毛を整えてコーヒーだけの朝食を済ませて出ていくつもりだった。全身にのしかかる重みは泥の中にその子を落としていく。端末の耳障りな歌声を子守唄に、周りだけが変わらず進んでいく。ただひとり、終演の狭間に倒れた子を置いて。

          憎愛

           『愛してる』 耳にする度吐き気と悪寒がする。憎しみも覚える。その言葉は毒でしかない。これまで何度も耳にしたし、自分も吐いた。もう二度と、人にも自分にも吐くことはないだろう。愛が、憎いのだ。

          現の轍

           手触りの良い毛布のような眠気に揺られながら、秋風に揺れるカーテンを眺めていた。なんとなく寂しいから、大きくて重みのある綿の塊を腕に抱いて灰がかかった雲と青の境界線を指でなぞる。ふるり、胸の奥が震えて舌の根まで出てきた言葉を唾液と一緒に飲み込んでしまう。口から出してしまえば、足元が崩れて深いところまで落ちてしまう気がしたからだ。内側でメリーゴーランドのように回る、劣等感と羨望と自己嫌悪。現は少しずつ体を蝕んで、夢から遠い場所に引きずっていく。見えない擦り傷が熱を痛みを帯びてい

          夜と瘡蓋

           おひさまが家に帰る時間、毎日少しずつ早くなる。長い間、夜がわたしに寄り添う。夜はわたしの瘡蓋をひとつひとつ丁寧に剥がして遊ぶ。それをわたしは眺めているのだ。

          輪郭と役者

          輪郭  左手で物を掴み、左手で文字を書く。何かを指さす時も左手、携帯端末を持つ手も左。私は俗に言う"左利き"というジャンルに分類される生き物である。なぜ、左利きだという話をし始めたのか。私が私のことを語りやすくするためには、必要だと私が思ったからである。手とは体の一部であり、日常生活を送るうえで必要不可欠な存在であると同時に、文字を打つ左手が目に入った。ただそれだけのことである。  今回も題名はよくわからない、思いついた単語を組み合わせたものになっているが、要するに「わた

          輪郭と役者

          滑落

           なんとなく寂しいと感じる。この寂しさの正体を私は知っているのだ。話したい人と話せない悲しさ、明日もあるから早く寝ないといけないのに眠れない焦り、言いたいことが喉につっかえて出てこないもどかしさ、手に入らないものを望む愚かさ。全てひっくるめてわたしは"寂しい"と感じるのだ。  たったひとつだけ、願いが叶うのならば。心の自傷を受け止めて、奥の奥にある猛毒を一緒に飲んでくれるひとに出会いたい。叶うわけない、自分に吐き捨てて傷を増やす。おやすみなさい、今日も停滞していたわたし。

          50文字の手帖

          希望は嘘つきである。救いの手を向けておきながら、取ろうとした途端に居なくなる。希望の皮を被った絶望。

          50文字の手帖