【ショートショート】もう一人の自分
目を覚ますと、僕の部屋に知らない男が立っていた。
男は痩せ身で、頬もこけていて、血色も悪い。
男は僕を見て、口を開く。
「初めまして、橋本翔也くんだね」
男は僕の名前を知っているようだ。
「だ…誰ですか?何で僕の名前を…」
男は、僕の顔をじっと見つめながら続けた。
「僕も橋本翔也だ。言わば、僕はもう一人の“君”さ」
もう一人の僕?
何を言っているんだ?
僕の疑問を察知したように、男は続けた。
「僕はね、君の中に潜む“邪悪な”心を養分として生きているんだ」
歩きながら男は話を続ける。
「誰にだってあるだろ?誰かに対しての嫉妬の心であったり、攻撃的な感情であったり、時には殺意を感じることだってある…。そういった誰にでもある“邪悪な”心を養分として、僕達は育つ。生けとし生けるもの全てに、僕達みたいな“もう一人の自分”という者は存在しているんだ」
僕の中の邪悪な部分の化身ってことか。
こんな漫画みたいなことが自分の身に起こるなんて。
「それで、その僕の中の邪悪の化身である君は何しに来たの?」
もう一人の僕は身体を僕の方に向け直し、言った。
「君に…お願いがあるんだ」
お願い?
もう一人の僕は、続ける。
「あの・・・もっと、邪悪なこと、考えてくれない?」
邪悪なことを考える?
言ってる意味がわからなかった。
もう一人の僕は、ついに僕の前で頭を下げ始めた。
「さっきも言ったように、僕達みたいな『もう一人の自分』は、邪悪な心を養分として生きているんだ。なのに、君、邪悪な心がなさすぎて、僕、食べるものがないんだよね…。このままだと、餓死しちゃう…」
なるほど。
だからこんなガリガリだったのか。
「お願いだ!何でもいい!何か悪いことを考えてくれ!君は“いい奴”すぎるんだ!“いい奴”すぎるから、今君は、一人の『もう一人の自分』を殺そうとしているんだ!!」
もう一人の僕は遂に、土下座をしながら僕にお願いしていた。
僕はいたたまれない気持ちになった。
「なんかすみません…。僕のせいで、こんなに痩せこけてしまったんですね。」
もう一人の僕は泣きながら顔を上げる。
僕は、もう一人の僕の為に、何かしてあげたいと思った。
「とりあえず、何か食べます?」
「あー違う!いいことするなって!邪悪なことしろって!」
「カップラーメンでいいですか?あっでも栄養良くないか。何か作りますよ。野菜炒めとかどうです?」
「だから違うんだって!!お前がいいことすると、さらにおれ痩せちゃうから!!」
「気にしないでください。あと、体力つくように、お肉もたっぷり入れておきますね」
「いいことするなー!!!ぎゃー!!!」
もう一人の僕は、断末魔の叫びとともに砂のようにサラサラと消えていった。