【短編小説】あの日の線香花火を忘れることはできないだろう

「あれ?みんなは?」

トイレから戻ってきたナオキ先輩が、浜辺をキョロキョロと見回す。

「1年生はお酒買いにコンビニに行って、2,3年生はみんなで宿舎に戻りましたよ」

波打ち際に残されたロケット花火の残骸をバケツに入れながら、私は答えた。

「そっか、ミユキ、おれのこと待っててくれたのか?」

照れ臭そうにナオキ先輩は言った。

私は花火の片付けをしながら、

「もう暗いし、宿舎までの道を先輩1人で歩かせるのはかわいそうかなって思って」

と笑いながら答えた。

「そういうことか。ははっ、ありがとな」

と言って、ナオキ先輩は、足元に見つけたねずみ花火の残骸を拾って、バケツに入れた。


本当は、先輩と2人きりになりたかったから、私は残っていた。

この合宿中に、私はナオキ先輩に自分の気持ちを伝えたいと思っていた。


サークルのみんなは、私のナオキ先輩への気持ちに気付いていた。
だからこそ、みんな気を遣って、私達を2人きりにしてくれたのだ。

「…よし、おれらも宿舎戻ろうか」

ナオキ先輩は、花火の入ったバケツを持ち上げ、宿舎の方向に向かって歩き出した。

「あっ…先輩!」

私の声にナオキ先輩が振り返る。

私は、

「最後に線香花火だけ…やっていきません?」

と、線香花火を2つ、ナオキ先輩に見せながら言った。

ナオキ先輩は、

「そうだな」

と、私の差し出した線香花火を1つ、すっと私の手から取っていった。


2人でしゃがみ込み、ライターで交互に火を点ける。

真っ暗の中、幻想的なオレンジの光に私達は包まれる。

「久しぶりだな…線香花火」

花火の光のおかげで、ナオキ先輩の笑顔を見ることができた。

「ですね…きれいですよね、線香花火」

私は調子に乗って、視線は線香花火に向けたまま、ナオキ先輩に近づいて距離を縮めた。

(この時間がずっと続けばいいのに…)

私は思った。

この線香花火が落ちたら、私達は宿舎に戻らなきゃいけない。

(今しかない。告白しなきゃ。)

線香花火はまだ光を放っている。

(早く・・・早く・・・)


私はどうしても勇気が出なかった。

「きれいだなぁ・・・」

「ほ・・・本当にきれいですね」

「そう言えば、この間タカシがさ〜・・・」

ナオキ先輩は、他愛もない話を続けている。
そりゃそうだ。ナオキ先輩は鈍感だ。私の気持ちになんか全く気づいていないのだろう。

(言わなきゃ・・・言わなきゃ・・・)

ナオキ先輩の話に相槌を打ちながら、私はただ焦っていた。


そして、5分が経った。


線香花火はまだ落ちていない。

(言わなきゃ・・・言わなきゃ・・・)


さらに、5分が経った。


線香花火はまだ落ちていない。

(言わなきゃ・・・言わなきゃ・・・)


さらに、もう5分が経った。


(言わなきゃ・・・言わなきゃ・・・)


そのとき気がついた。


線香花火の玉の部分がゴルフボールくらいの大きさになっていた。


「・・・線香花火ってさ・・・こんなんだったっけ?」

ナオキ先輩も線香花火の異変に気づいていた。

「・・・なんか変ですよね・・・。もう20分近く落ちないですし・・・」

かなり異様であった。線香花火は大体1〜2分で落ちるのが相場だ。
なのに、私の線香花火も、ナオキ先輩の線香花火も、全く落ちずに、しかもどんどん大きくなっている。

そこで私は思った。

(もしかして・・・線香花火、私が告白するまで頑張ってくれてるのでは?)

この線香花火が落ちたら、私はナオキ先輩に思いを伝えることができない。
だから、線香花火は落ちずに頑張ってくれているのではないのだろうか。
サークルのみんなと同じように、この線香花火も、私の愛の告白を応援してくれているのではないのだろうか。

そう思うと、少しだけ勇気が出てきた。

(よし、言おう・・・)

「ナ・・・ナオキ先輩!わ・・・私!」

ナオキ先輩が私の方を向く。

私は、

「・・・えっと・・・すみません、何でもないです・・・」

言えなかった。

勇気が出なかった。


そして10分が経った。


線香花火は、バスケットボールくらいになった。


私が三井寿だったら、泣きながら「バスケがしたいです」って言っちゃうくらいの大きさだった。

「あっち!!めっちゃ熱い!!」

ナオキ先輩は、バスケットボールに繋がれた紐の先端を持って、慌てている。

バスケットボールの熱に耐えきれず、右手左手と線香花火を持ち替えているナオキ先輩。
私も同じように「あっつ!あっつ!」と線香花火を持ち替えながら、なんとか火傷を免れていた。
もう風情もへったくれもありゃしない。

こうなったのも、全て私のせい。
私が勇気を出して告白しないからだ。

(まずい・・・!!私が告白しなきゃ・・・ナオキ先輩が火傷してしまう!!)

私はついに意を決した。

「ナオキ先輩!!」

ナオキ先輩は線香花火を左手に持ち替えながら、私の方を向く。

「私と・・・私と・・・私と付き合ってください!!!」


次の瞬間、


私とナオキ先輩のバスケットボールが光を失い、
“ポトッ”と地面に落ちた。


沈黙が流れる。


そしてナオキ先輩がゆっくりと口を開いた。

「実は・・・おれも・・・ミユキのことずっと好きだったんだ。こちらこそ、よろしくお願いします」

信じられなかった。

ナオキ先輩も私のことを想ってくれていたなんて。

「なんか・・・恥ずかしいな」

ナオキ先輩は頭を掻きながら照れ臭そうに笑っていた。
可愛かった。

私は、告白を応援してくれた線香花火の残骸をひと撫でして、

(ありがとね・・・)

と心の中で呟いた。

灰色のバスケットボールと化していた線香花火は、
ひと撫でしただけで、脆くも崩れていった。


その後、私はナオキ先輩と線香花火の残骸をバケツに詰め込み、
2人で1つのバケツの持ち手を持ちながら、宿舎へと歩いて行った。

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バイバイスプリット竹内
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