【ショートショート】チキンレース
「いいか、これはチキンレースだ。おれとお前が崖に向かって各々車を走らせる。どっちが崖ギリギリまでブレーキ踏まずに耐えられるかっていう勝負だ。わかったか?」
おれはジミーに向かって言った。
ジミーは俯いたまま、「あぁ、わかったよ」とだけ答えた。
おれらのチームは、新入りに、まずボスであるおれとチキンレースをさせることになっている。
おれがボスであるという認識を植え付けるためだ。
そして、このチキンレースで新入りがおれに負けたら、今後おれに絶対服従することになる。
無論、おれが負けた場合は、新入りがボスになり、おれが絶対服従することになる。
ただ、おれはこのチキンレースで負けたことがなかった。
崖ギリギリ5センチのところまで攻められる人間なんて、この街じゃおれくらいだ。
おれとジミーはそれぞれの車に乗り込み、エンジンを吹かす。
チームの奴らはオーディエンスとなり、このチキンレースを盛り上げている。
チームの2番手であるジェームスが、スタートの合図を出す。
「それじゃあ今から、おれらのボスであるゴードンと、新入りのジミーとのチキンレースだ。負けたら、お互い相手に絶対服従。いいな?」
おれはジェームスに向かって親指を立てて“OK”の合図を出す。
ジミーもこくりとうなづいていた。
ジェームスが旗を上げる。
「よし!そんじゃ、チキンレース・・・スタートだ!!!」
ジェームスが旗を振り下ろすのと同時に、おれとジミーは車を発進させた。
お互い、同じくらいのスピードで車を加速させていく。
早くも崖まで300メートルの地点を過ぎた。
おれは余裕で、横を走るジミーの顔に目をやった。
ジミーはただじっと前だけを見つめていた。
(なかなかやるじゃねぇか…)
残り200メートルの地点を過ぎた。
ジミーはまだブレーキを踏もうとしない。
(大抵のやつはここでブレーキ踏んじまうのにな…)
ジミーはビビる様子もなく、真剣な表情で前を見ていた。
残り150メートルの地点を過ぎた。
ジミーはまだ加速していた。
(まじかよこいつ…!!)
ここまでブレーキを踏まないやつは初めてだった。
ハンドルを握る手に、じわりと汗が滲み出てきた。
残り70メートル地点を過ぎところでおれは一気にブレーキを踏んだ。
経験上、ここでの急ブレーキが、崖から落ちるギリギリ5センチで止まる距離だ。
しかしジミーはまだブレーキを踏まずに、直進していた。
(あのバカ…!!死ぬ気か…!!)
おれは思いっきりブレーキを踏み込み、計算通り崖から落ちるギリギリ5センチの地点で停車させた。
そして、隣を走っていたジミーの車は止まることができず、崖から転落していった。
なんてやつだ。
元々このレースでおれに勝てる訳なんてないんだ。経験が違う。
チキンだと思われたくないからって、死んじまったら意味ねーだろ。
おれはジミーのことを考えたら感情がぐちゃぐちゃになり、
訳もわからず、ハンドルを叩き続けていた。
そのときだった。
おれの目の前には、信じられない光景が広がっていた。
転落したはずのジミーの車が浮上していたのである。
おれは何が起きているのかわからなかった。
よく見ると、ジミーの車は両側のドアが開いていて、
ドアが羽ばたいていた。
そして、そのまま車は空を飛び続けていた。
ジミーを乗せた車はチキンレースで、“バード(鳥)”になっていた。
そして、ジミーを乗せたバードはドアを羽ばたかせながら、どんどん空を直進していく。
おれは何も考えられず、ただそのバードを眺めていた。
しかし、どんどん遠くに離れていくバードを眺めているうちに、空に暗雲が立ち込め始めた。
(ひと雨来そうだな…)
と思ったその時に、
“ピシャーン!!”
けたたましい音とともに、ジミーを乗せたバードは、落雷に打たれた。
そして、バードは海へと落ちていった。
その後、チームのやつらがボートでジミーを助け、何とかジミーは一命を取り留めた。
チキンレースの結果、おれはチキン(臆病者)、ジミーはバード(鳥)となった後に落雷に打たれ、チキン(焼き鳥)となったわけだ。
今後おれとジミー、どちらがボスになるのだろうか。