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【ショートショート】あの夏、セミが僕にくれたサイン

9回裏。二死満塁。一打逆転のチャンスの場面で、おれは打席に立った。

我が青葉第二高校念願の甲子園出場が、今おれの打席に掛かっている。
茹だるような暑さと凄まじいほどの熱気に包まれ、おれはバットを握りしめ、相手ピッチャーを睨みつける。

“ミーンミンミーン”

しかし、セミがうるさい。
観客席からの応援がかき消されるほどの音量のセミの鳴き声だ。

おれは改めて集中し直し、ピッチャーを見つめる。

ピッチャーから第一球が放たれる。

(いける…!!)

おれはボールに合わせてミートを試みる。

しかし、バットは空を切った。

「ストラーイク!!」

カーブだった。くっそ…相手ピッチャーは、ストレートとカーブを巧く組み合わせてくるから球筋が読めない。

ふと、自分の足元に目をやる。

おれの左足にセミが掴まっていた。

どうりでうるさかったわけだ。

しかもこのセミ、おれがいくら足を振っても全く落ちない。

(ダメだ…集中だ)

今は大事な場面。セミなんかに構っていられない。

手に息を吹きかけ、再びバットを強く握り直す。

“ミーンミーンミン”

うるせぇ…。

ピッチャーからボールが放たれる。

(カーブだ…!!)

しかし、おれの読みは外れ、放たれたボールはストライクゾーンのど真ん中を通り過ぎていった。

「ストラーイク!!」

もう2ストライクだ。後がない。

バットを見つめ、意識を集中する。

“ミーンミンミーン”

相変わらずのセミの鳴き声にも気を取られないように、集中し、ピッチャーを睨み付ける。

ピッチャーからボールが放たれる。

(カーブだ…!!)

おれはバット振らずに身構えた。

ボールはストライクゾーンを大幅に外れていった。

「ボール!!」

・・・あれ?

おれはあることに気づいた。
そして、左足に掴まっているセミに目をやる。


セミ、サイン出してくれてない?


ミーンミンミーン→カーブ
ミーンミーンミン→ストレート


この法則が出来上がっているように感じる。


いやまさか。
そんなはずはない。

首を振り、改めて集中し直す。

“ミーンミンミーン”

ピッチャーからボールが放たれる。

おれは動かない。

「ボール!!」

カーブだった。

やっぱりだ!!

セミ、サイン出してる!!

なんだ?このセミ、おれを応援してくれてるのか?

改めてセミを見ると、心なしかセミが親指を立てておれの方を見ているように感じる。

(いける…いけるぞ…!!)

“ミーンミンミーン”

(カーブだ…!!)

「ボール!!」

間違いない。セミのサイン通りにボールが来る。

しかし、これでフルカウント。次のボールで勝敗が決まる。

(セミ、頼んだぞ…)

セミは鳴き出した。

“ミーンミーンミン”

(ストレートだ!!)

ピッチャーからボールが放たれる。

おれはタイミングを合わせてバットを降る。

“カキーン!!”

俺のバットに当たったボールは大きな弧を描きながら飛んでいった。

しかし、

「ファール!!」

少し振り遅れてしまった。

まだセミを信頼し切っていない。迷いが生じていたからだろう。

だがおれはこれで完全にセミを信頼することができる。
ありがとうセミ。おれと一緒に甲子園行こうぜ。

バットを握り直し、意識を集中する。

(セミ…次の球はどっちだ…ストレートか?カーブか?)

セミの声が聞こえない。

ピッチャーが振りかぶった。

(おい!セミ!どっちだよ!おい!セミ!)

おれは慌ててセミに目をやる。

すると、


セミはおれの足から離れて、仰向けになって、地面に横たわっていた。


(し・・・死んだー!!!セミ死んだー!!!え!今ー!?今死んじゃうー!!?)


ピッチャーからボールが放たれる。

ピッチャーのボールはストライクゾーンのど真ん中を通り過ぎて、キャッチャーのミットの中に吸い込まれていった。

「ストラーイク!!バッターアウト!!」

球場が相手チームの歓声に包まれる。


セミの命とともに、おれの甲子園出場の夢は、儚く散っていた。

茹だるような暑い夏の出来事であった。

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バイバイスプリット竹内
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