【ショートショート】小さい時からの癖
「桂木課長、それかわいいですね」
デスクでボーッとしていた私に、部下の桜木実華子が話し掛けてきた。
「え?何が?」
何のことかわからず聞き返す私に、桜木はクスッっと笑って、私の手元を指差した。
「それ!消しゴムのカス、指でねりねりしてるの」
桜木は、私が消しゴムのカスをまとめて、親指と人差し指でこねているところを見て笑っていたのだった。
「恥ずかしいところを見られちゃったな…。これ、小さい時からの癖なんだ…」
決まりの悪い顔をする私に、
「でもわかりますそれ!なんかやっちゃいますよね!小学校のときとか、それ大きくして自作の“ねり消し”、なぜか筆箱にしまってましたもん!」
桜木は無邪気に微笑んでいた。
「うん、おれも筆箱入れてた」
こねていた消しゴムのカスをデスクの上に置き、私は書類の整理を始めた。
すると、桜木は何かを思い出したように、私に話し続けた。
「あっそういえば課長、最近埼玉に家買ったらしいじゃないですか!すごい広い家らしいですね!」
私は書類の整理を続けながら答える。
「あぁ、おれ広い家じゃないとダメでね」
桜木は、
「今度遊び行かせてくださいね!」
と、再び無邪気な笑顔で私に言った。
「あぁ、今度な」
積極的な桜木の態度にたじたじとしながらも、私は平然を装いながら答えた。
「本当ですか!えーっとじゃあ来週とか・・・」
桜木が具体的な日程まで決めようとしだしたので、私は「おっと、会議が始まるなぁ」と、わざとらしくも逃げるように席を離れた。
***
退社し、家路につく。
桜木の言っていた“すごい広い家”に今から私は帰る。
都内で働く私にとって、埼玉までの通勤は面倒ではあるものの、私は広い家でないとダメなのだ。
家に着くとすぐに、私はリビングに向かった。
20帖のリビングで、すぐに私は鞄から今日作った“ねり消し”を取り出した。
そして、
リビングに佇む直径3mはあろうねり消しの玉に、今日作ったねり消しをくっつけた。
私は、昔からねり消しを作るのが癖であった。
そして30年間、ねり消しを溜め続け、大きいねり消しを作っていた。
なんてことはない。昔からの癖だ。
消しカスを指でねって、それをくっつけて大きいねり消しを作る。
それが高じて今では直径3mになってしまったというだけだ。
このデカねり消しの玉を置くために、私は広い家でないとダメなのだ。
直径3mのねり消しの玉を眺めながら、今日もワインを飲む。
もし、桜木実華子が私の家に来て、このねり消しを見たら何て言うだろうか。
そんなことを考えながら、グラスのワインを喉に流し込んだ。