【短編小説】秋の夜長の新メンバー
「うぃーっす」
遅れてきたスズムシが、公園に到着した。
「おせーぞスズムシ」
リーダーであるマツムシが喝を入れる。
スズムシは
「悪かったよ」
と言いながら草むらに腰を掛けた。
クツワムシとウマオイはチューニングをしていて、コオロギは発声練習をしている。
メンバーが揃ったところで、マツムシはメンバー全員に声を掛けた。
「今年も秋が始まったってことで、おれらの鳴き声を響かす必要があるわけなんだけどよ…ちょっといいか?」
マツムシの問い掛けに全員、マツムシの方に目をやる。
マツムシは1つため息をついた後、話を続ける。
「ここ何年も、おれらは同じ鳴き声を出しているだけだ。今年は少し変えていかねーか?」
スズムシが口を開く。
「まあ言わんとしてることはわかるけどよ。おれらは秋にしか活動してねーんだ。まあ人間どもはおれらの鳴き声聴けりゃそれで満足なんじゃねーか?」
スズムシの意見に対し、マツムシが反論をする。
「これは聴く側にとってどうこうの問題じゃない。おれ達のプライドの問題だ。少なくともおれは、もう何年も同じセットリストを回してるだけというのは、秋の虫失格だと思っている」
マツムシの意見に、全員が黙り込む。
しばらくすると、コオロギが口を開いた。
「で、どうしたいの?今年もこのメンバーで鳴くなら、例年と何も変わらないぜ?」
マツムシはメンバーの顔を一度見回した後、ゆっくりと言った。
「たしかにコオロギの言う通りだ。ただ、今年の秋は少し例年と変えてみたい。そこで・・・今日は、新メンバーを連れてきている」
メンバー全員がマツムシの顔を見る。
スズムシが口を開く。
「新メンバー?ちょっと待て・・・今更おれら以外の誰かを入れるってことか?そんなのできるわけ…」
スズムシを制止するように、クツワムシが口を開いた。
「連れてきてるのか?どこにいる?」
クツワムシの言葉に反応して、マツムシは茂みの方に目をやった。
茂みの方からは、ミンミンゼミがこちらの方に飛んできていた。
マツムシは再びメンバーの方に視線を戻し、言った。
「彼が新メンバーのミンミンゼミだ」
メンバーは唖然とした顔でミンミンゼミを見ている。
ミンミンゼミは他の全員の顔を順番に見た後、
「はじめまして。ミンミンゼミです。今年は秋に、頑張らせていただこうと思います。よろしくお願いします」
と、礼儀正しく挨拶をした。
スズムシが口を開いた。
「ちょっと待ってくれマツムシ!新メンバーってセミか!?セミなんて夏の虫だろ!?時期が違うだろ!!」
スズムシの顔を見ながら、マツムシが静かに話し出す。
「あぁ。たしかにセミは夏の虫だ。ただ、このミンミンゼミは、なぜか時期を間違えて、この9月に羽化しちまったんだ。この偶然を、おれは見逃すわけにはいかないと思った。面白いじゃねーか、秋の虫の中に、夏の虫の声が聴こえるってのも」
「でもお前…!!」
反論しようとするスズムシを制止して、今まで黙っていたウマオイが口を開いた。
「いいんじゃねーか?新メンバー。元々おれ達は秋の虫ってことで、毎年秋に鳴き声を奏でてきた。でもここ数年はたしかに、同じことの繰り返しで、昔のような衝動が薄まっているように思っていたんだ。・・・ミンミンゼミが入ってくれることによって、また昔のおれ達みたいな音が出せるんじゃねーか?」
メンバーは皆黙って下を向いていた。
しかし、次第にスズムシを除くメンバーは納得いった顔つきに変わった。
ウマオイがスズムシに問い掛ける。
「スズムシ…どうしても反対か?新メンバーを入れることに対して」
スズムシは渋い顔をしていたが、やがてウマオイの目を見つめながら、
「…わかったよ。新メンバー入れようぜ」
と首肯した。
こうして、いつもの秋の虫のメンバーの中に、夏の虫であるミンミンゼミが加わり、今年の秋の夜長に鳴くことが決まった。
夜になり、全員が持ち場についた。
そして今年初の秋の虫の鳴き声を奏で出した。
まず、マツムシがイントロを鳴く。
“チンチロチンチロチンチロリン”
それに合わせて、スズムシの鳴き声が響き渡る。
“リンリンリンリンリィンリン”
続いて、コオロギが綺麗なメロディーを奏でる。
“キリキリキリキリキリキリキリ”
そして、クツワムシとウマオイがリズムを刻む。
“ガチャガチャガチャガチャ” “チョンチョンチョンチョン”
いつもの秋の夜の鳴き声が響き渡る。
そして、満を持して新メンバーミンミンゼミがその鳴き声を轟かせる。
“ミーンミーンミーン”
それは奇妙なアンサンブルだった。
ただ、メンバー全員が思っていた。
(秋の夜長に、ミンミンゼミの鳴き声・・・悪くないな)
と。
こうして、今年の9月の夜は、いつもと違う夜の音が鳴り響いていた。
あぁ面白い、虫の声。