A4一枚の憧憬描写【憧憬のピース】4歳第五話『理想の街に生まれて』
プラレールとトミカさえあれば理想の街を創ることができた。
二歳になった弟の春嵐(はらん)はトミカをまき散らし、ボクはプラレールで道を描いた。
電動の京浜東北線をレールに乗せたら「かわろう」と言ってママのところに弟を走らせる。
これで準備は完了だ。
リビングのつめたいフィールドに寝そべって、目のそばで消防車を駆る。
真紅のボディが理想の街を魅せてくれた。
瞳の前で迫力のあるアングルを探していると、街の細部にまで視界が潜っていく。
試行錯誤するたびに赤の艶めきが重なってメタリックワインレッドの戦闘消防車にシンカした。
青い背景が空と海になり、その水平線を戦闘消防車が一蹴する。
「ブンブン」と最強の効果音をつけて、弟の創っている混沌の町へと出航した。
行く手を阻む敵はズル賢くも、動力源であるボクを襲ってきた。
ママの繰り出すチョロQ攻撃が、足裏に突き刺さり、尻で跳ね返り、シャツの中で暴れている。
上体を起こして、この世界を空撮しながら、戦闘消防車を盾にして四回目のチョロQ攻撃を弾いた。
弾道が変わり、白い車体は春嵐のいる方角へと勢いよく進む。
「あぶない」
世界を襲撃したママがいまさら後悔したって遅い。
スピードを落とすことなく暴走するチョロQが、春嵐の延ばした一本の曲線レールに沿って廊下を貫いて玄関に落ちた。
暗がりの中、玄関まで追いかけて、無様にひっくり返った白い乗用車を指でつまみ上げる。
反撃のトリガーを引き、灰色の靴下を目掛けてカウンター攻撃を仕掛けたのだが、すんでのところでママの足が上がり、ボクの企みはテレビの裏へと吸い込まれていった。
* * *
銀色のボディが目の前を撃ち貫いて、セルリアンブルーの一閃に髪が凪ぐ。
「これ、ホンモノ?」
ベビーカーに収まっている春嵐がママを見上げていた。
「ホンモノだよ。ホンモノのケイヒントウホクセン」
オモチャとは比べ物にならない。
本物はどれも身に訴えかけてくる。
存在感がまるで違う。
どこか大人と似ていた。
日に暖められたシートが小刻みに揺れて、窓の景色が右に流れていく。
「つぎ、よの」
ボクが解答すると、天井から正解発表が聴こえてくる。
「えーー、つぎはーー、うらわーー、うらわでぇござい、ますっ」
「ぜんぜん、ちがった」
車体が傾いて、ベビーカーの内側に頭を打ちつけては笑っている春嵐を軽く睨む。
「じゃあ、つぎこそ、よのだもん」
「えーーー、つぎーーはぁ、きたぁうらわ、きたうらわです」
「おにいちゃん、よの、しか言わない」
目を閉じかけていたママの唇に弟が手を触れる。
大人たちは、みんな眠そうにしていた。
理想の街は今日も輝かしい。
※ ぜひ、何度も読んで、隠されたメッセージを解読してみてください。
憧憬のピースには、必ず、メタファー(暗喩)があります。
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🔆【憧憬のピース】とは・・・?🔆
⇩
A4一枚に収まった超短編小説を
自身の過去(憧憬)を基にして、創作するプロジェクトのこと。
情景描写で憧憬を描く『憧憬描写』で、
いつか、過去の人生がすべて小説になる(ピースが埋まる)ことを
夢見て・・・
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