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時空を超えて‥‥小説(世流寝狐2)


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        第一章
 
 
            1
 
 
 平成四年二月四日、立春。午前七時五十分、電話が鳴る。警務課から回ってきた内線だった。ここは大分県別府市にある別府警察署捜査一課。ベルが鳴り響く前でタバコを右手で揉み消しながら、もう一方の手で受話器を取ったのは、内野崇係長であった。
「はい、捜査一係です」
 低音で威厳に満ちた声だった。
「もしもし、あの刑事さんですか」
 若い女性からだった。少し怯えているようだ。
「はい、そうですが、どうしました」
「あの――あの―人が死んでるみたいなんです」
 女性の声は急にトーンが落ちて、聞き取りづらかった。
「貴方のお名前は」
 内野は、電話の女性を落ち着かせるため、ゆっくりと尋ねた。
「遠、……遠山水江です」
 少し言いよどみ、小さな声で応えた。
「人が死んでいると言うのは、どの辺りですか」
「元町から少し下った前田アパートの手前の角です」
「元町というのは中須賀元町ですね、貴方はそこからお掛けですか」
「ええ、そうです。ね、そんなことより早く、まだ生きてるかも。早く来て下さい」
 女性は声を荒上げ、強く願った。
「わかりました、すぐそちらに捜査員を行かせます。あっ、それから念のため貴方のご住所を教えて頂けますか」
「元町の秋月荘に住んでいる者です――。あの、もうよろしいですか」
 何か、急いでいるようだった。早くその場所から離れたいのかもしれない。内野はこれ以上引き止めるのは無理だと思い、諦めてその女性より先に受話器を置いた。
 視線延ばして見回す。一人だけ机にかじりついて、前科者リストを眺めている男がいた。男の名は合志民男、三十二歳。内野より九つ年下だ。
 内野は、彼を呼んだ。できるならこの男には捜査を頼みたくないのだが、先月三重町で起きた幼児誘拐事件のため、早出の捜査員はすべて出払っていた。他の署員の足手まといとなることはあっても、現在まで何一つ成果の無いこの男が、今回も机上捜査となっていた。命令を下す相手は、この男とデータ管理署員の女性、沢田良子しかいなかった。

「――という事で状況を把握してきてくれ」
「はい、分りました」
 彼は肩を上下させ、久しぶりに張り切った。そして内野の不安が消えてしまわぬうちに、ドアの音を響かせ走り出ていた。


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秋下 左内(あきもと さない)
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