信じたいけど、信じられない
教室に行きづらい生徒と不登校支援の教室で毎日色々な話をしている。
家族の話、好きなことの話、教室に行った時の話、友だちの話、小学校の時の話。もう1年近い付き合いになるけど、「え、そうなの!」ということがよくある。その度、人を様々な側面から見ることの大切さを痛感している。
昨日は、「教室に行った時に声をかけられること」について話があった。
この教科は、教室に行けると勇気を持って教室に行く。すると、「あ、〜来てる!」と大きな声で言われる。クラス全員が注目。「おいおいやめてくれ。そっとしておいてくれ。」と思うそうだ。もちろん、相手に悪意がないことは感じている。これは、理解できる。そもそも注目されること自体が苦手な子たちなんだから、その言葉は心の中で言ってほしい。暖かい気持ちで見守るだけでいい。でも、友達からすれば、喜びだったり、驚きだったり、「よく頑張ってきたね」という賞賛の気持ちかもしれない。
そこから話を聞く中で、特に仲がいい子は別として、普通の友達からの「久しぶり・来たんだね・元気だった?・待ってたよ・また来てね・・」などなどの言葉が怖いというのだ。「どうして?何が?」私は本当にわからなかった。すると、そこにいる3人ともが「本心と信じたいけど、疑ってしまう。」というのだ。
「そんなこと言って、本当はそう思ってないでしょ?何で教室にずっといないの?おかしいよって思っているんでしょ?」
「私がいないところで、悪口言ってるんでしょ?」
そんなふうに思ってしまうと。
「それってさ・・」と私がいうと、生徒がすかさず「面倒臭いんです。私(達)」と。「確かに」と思わず声にしてしまったけど、3人とも笑顔だった。これってどんな思考なんだろう。とずっと考えている。
・みんなと同じにできない自分をダメだと思っているから?
・今までそう思うような人間関係のトラブルがあったから?他の人がされているのを見たから?
・周りの大人の影響?
・今の自分を認めてほしいという願いから?
私のどうしてに「わからない」しか教えてくれない生徒達のことをもっとわかりたいと思いながら想像を巡らせている。勝手に決めつけるのはよくないから、また日々の会話の中で感じていきたいと思う。おせっかいおばさんにならないように気をつけながら。