二人でお酒を〜気難しい作家先生・外伝【1】〜【3】|短篇小説
✥このnoteのお話は、上に添えた
『気難しい作家先生』の続篇です。
noter様におかれましては、まず
上の短篇をご高覧頂きますれば
誠に幸甚です🙇
二人でお酒を
〜気難しい作家先生・外伝
【1】
篠突く雨が、古い日本家屋の歪んだ窓硝子に音を立てていた。
深谷浩介は、日頃執筆しているデスクの前に腰掛け、頬杖を突いていた。
―――朝から、まったく筆が進まない。
しかも今日は、入稿日である。
何とかして、今連載している小説の続きを、頭から捻り出さないとならない。
浩介は、近年注目されている中堅作家の一人である。
彼の描く世界観は、幻惑的且つモダンで、読者層は男女を問わない。30代から50代くらいが読み手の中心であろうか。
雑誌のインタビューでは、いつも留学していたイギリス仕込みのブラックユーモアを適度に交えるため、頗る記事の評判が良い。
掲載後、一気に浩介宛のファンレターの数が倍増、ということもあった。
(然し、彼がそれらを読むことはまず無い)
―――
そんな浩介だが、今朝はずっと自分の小説に集中出来ず、難儀していた。
・・・原因は分かっていた。文芸雑誌『揺《たゆたふ》』の浩介の担当である、高階千鶴のことが頭に引っ掛かっているからだ。
一週間前、彼はよりによって、仕事では部下とも言える千鶴を押し倒し、大きな失態を演じてしまっていた。
彼にとっては、在るまじき恥辱である。
そして、それに対して何の音沙汰もないまま、今日彼女が原稿を取りに来ることになっていた。
(どんな顔をして、どんな声を掛けるか・・・?)
言い訳は無様だし、ただ謝罪するのも、これまでの作家と担当という上下関係が狂うようで芳しくない。
浩介はこれまで、恋愛にしろ一度籍を入れた経験の中にしろ、自分から何らかの表明をすることはついぞ無かった。次第に、怒りに近い感情が千鶴に対して生じてきた。
―――
陰陰滅滅地獄に入りかけて、浮図。
思い立って、椅子から身体を起こした。
(・・・大島に、着替えるか・・・)
浩介の亡き父が日常的に着ていた着物が、箪笥にまだそのまま遺っている。結城、大島、絣、縮みから丹前浴衣に至るまで、一通りのものが揃っていた。
浩介は殆ど袖を通さないが、気が向けば、または場によっては、着用することがあった。
―――着物には、何故か相手より優位に立つ効果がある。
浩介が、大島を着る気になったのは、(前回とは逆に)洋装の千鶴より貫禄をつけたい意識が芽生えたからだった。
外の雨に呼応して、微かな湿気を感じながら、目当ての着物が入っている箪笥の引き出しを開けた。
・・・姿見の前で、着流しの着物の上に縞の献上の帯を締めているとき。
―――ピンポン、ピンポン、――ピンポン、
玄関のチャイムが鳴った。
古い日本家屋に付けたインターフォンのため、チャイム音しか確認出来ない。
続けて2回、その後1回の音で、担当者が訪問した知らせというふうに決めていた。
(―――来たか・・・)
一瞬身構えながら、胸を張るように姿勢を整える。
余裕ある印象を醸し出すため、懐手にしてゆっくりと、千鶴を出迎えるために、玄関先へ向かった。
▶Que Song
イルカ/雨の物語
【2】
ガラガラ、と玄関の引戸が開いた。
「―――失礼いたします」
果たして、そこに立っていたのは『遥《たゆたふ》」の文芸担当課長、白石であった。
白石は40代後半で、上背があり、一癖ある雰囲気の男だ。
スーツに付いた雨露を、畳んだハンカチで払いながら、
「深谷先生、ご無沙汰しております。原稿を頂きに上がりました」
と明るく告げた。
浩介は内心動揺気味であったが、悟られないように努めて何気なく訊いた。
「高階君は・・・?」
「ああ、高階ですか。彼女は、担当の先生が増えたんですよ。
今日は、岸田先生のお宅へ行っています」
―――岸田龍雄。
60代のベテラン作家。文壇の重鎮だ。時代小説やエッセイを書いていて、過去には有名な賞を取ったこともある。
浩介は、白髪で短髪、額の秀でた岸田の横顔を思い出した。
「―――先生、上がらせて頂きます」
白石は三和土で光沢のある茶色の革靴を素早く脱ぎ揃えた。
―――
浩介にとって拍子抜けではあったが、(大島にまで着替えたのであったが)
千鶴が来ないということで、気が散る要素は失くなった。
白石が、しかつめらしい顔で和室の続きの間に座布団を敷いて、原稿を待って座っていることで、浩介の作家としてのスイッチが入った。
古い掛け時計の、秒針が動く音。
庭の木の葉に
落ち続ける雨の音。
万年筆が、さらさらと原稿用紙を
なぞる音・・・
浩介は、ライターを袂から取り出して煙草の火を点けた。
深く煙を吸い、吐き出す。
「―――先生。私も吸って宜しいですか?」
白石がデスクの前の浩介に声を掛けた。
「ああ・・・どうぞ。灰皿は、床の間にある」
「は、有難うございます」
白石は座りながら侍のように礼をして、膝をにじらせて床の間の大振りの切子の灰皿を取った。
何処までも礼儀正しい男だが、それを意識して演じている向きもある。
恐らく、その礼儀正しさで、白石は社内でも出世の階段を昇ってきたのだろう・・・。
煙草を燻らすうち、浩介の思考はよりクリアになってきた。原稿用紙を滑らかに埋めて、次の頁へと書き進めていった。
―――
・・・数時間後。漸く、浩介の来月分の雑誌の原稿が仕上がった。
咥え煙草で、目を細めながら原稿用紙をまとめ、白石に手渡す。
「・・・待たせたね」
「深谷先生、お疲れ様で御座いました。
確と受け取りました。
有難う御座います!」
白石は目を輝かせながら手にした原稿をファイルケースに収め、革張りのアタッシェケースの中に手際良く入れた。
そして、それまでの張り詰めた空気を入れ換えるかのように、立て膝になりながら、彼は言った。
「深谷先生、そうしましたら、気晴らしということで」
上着の内ポケットから携帯を取り出した。
「―――近くの私の行きつけの店で、
高階と合流することになっているのですが、ご一緒に如何でしょうか?」
それを聞いた刹那。
浩介の脳裏に、カサブランカの花の如くはだけた着物姿の千鶴の姿が、
明滅するように浮かんできた・・・。
▶Que Song
かぐや姫/あの人の手紙(Live ver.)
【3】
白石は機嫌良く浩介を社用車に乗せ、夜の街に導いた。
家々が塀を巡らせている、閑静な浩介の住む住宅街からしばらく車を走らせ、人や車が増えてくると、街の灯りがきらきらと輝き始めた。
―――歓楽街。流石に今では賑わいはそこまでも無いが、所謂「不夜城」と言われる場所に、車は停まった。
「深谷先生、こちらです」
バーやスナックが入った、古い雑居ビルの1つを、白石は手の平で指し示した。
「3階にございまして・・・」
がたがたと音を立てそうな小さなエレベーターで上がる。
エレベーターを出たら、直ぐ目の前にチーク材で出来た赤く重そうな木の扉があった。
扉の前には、譜面立てに似た形の銅製の飾り台が置かれ、その上の羊皮紙には、【夜想】という文字が一言書かれていた。
その文字に、何処からかスポット照明が当たっていた。
「―――先生、どうぞ」
白石が先に扉を開け、浩介を中へ誘う。
「―――いらっしゃいませ」
カウンターの中で、黒いベストを着た髭面のマスターが、グラスを磨きながらふたりに声を掛ける。
―――
赤と緑が基調の、アンティークなウィルトン織の絨毯。
昭和を感じる、凝ったガラスのシャンデリア。
天鵞絨張りの赤いスツール。
カウンターの向こうの酒類の棚には、間接照明を付けて様々なものを浮かび上がらせていたが、店内は全体的に暗かった。
テーブル席に、一つひとつ小さなランプを設置してあった。
そして、店内には低い音でシャンソンが流れていた。
(―――どうやら、落ち着いた店のようだ・・・)
騒がしさや俗なものの苦手な浩介は、やや相好を崩した。
(夜想、か・・・)
浩介は頷くように、赤いスツールを回して和服の腰を下ろした。
―――
浩介が2杯目の水割りを飲んでいたとき。
白石がジャケットの左の胸ポケットの上をふと押さえ、内側から携帯を取り出した。
「―――高階からです」
浩介に言うと、白石は携帯を耳に当てながら店外へ出た。
それから千鶴が来るまでの間。
浩介はやや疲れていて、酔いが回り始めたせいもあるのか、頻りに話しかけてくる白石の言葉はほとんど頭に入ってこなかった。
「―――今の【揺《たゆたふ》】では、深谷先生が・・・」
「今作の話の展開には、読者からも期待の声が・・・」
・・・云々、閑雲。
返事もせず、ただグラスを傾けていると、
―――カラン。
ドアベルが小さく鳴った。
―――
重めのタンブラーグラスを持ちながら、浩介は首を回して、思わず千鶴を見つめた。
頭の中には、前回のホテルで押し倒してしまった一件があったため、彼女のその後の反応をつい探ろうとしたのだ。
「お疲れだな、高階」
白石が上司の顔を見せて明るく言った。
「お疲れ様です、課長。
―――深谷先生、本日は伺えずに恐れ入ります」
千鶴はバッグを抱えながら目も合わさずに深く一礼した。
「・・・まあまあ、座れ」
スツールを移動しながら、白石は浩介の間に千鶴が入るようすすめた。
千鶴は、浩介に目礼し、
「・・・失礼します」と言って座った。
そして、マスターに向かって、
「こんばんは」と言って笑いかけた。
それからの浩介は完全に酩酊してしまっていた。
黙り込んだ浩介に対して、座を執りなすが如く、余興として白石が千鶴に何か歌うように促したのは、何となく覚えている。
(―――カラオケ・・・?)
酔った頭で浩介が訝しく
考えていた時、突然千鶴が歌い出した。
ぶっ、と浩介は水割りを噴き出しそうになった。
千鶴と演歌が結び付かなかったし、歌詞がストレートに浩介に刺さりすぎた。
思わずグラスをカウンターに置いて、改めて歌っている千鶴に向き直ると、
―――千鶴はマイクを持ちながら、
訴えるような眼差しで・・・、
まるで暗闇で、猫が瞳を光らせているような眼差しで、
浩介を真っすぐ見つめていた・・・。
▶Que Song
JUJU/二人でお酒を
✠ continue ✠
思いのほか長く長く なりました。
このお話は今度こそ次回でお仕舞いです。
拙いですが、温かい目でお見守り下さいませ😊
ご意見ご感想等頂けましたら、調整(修正)いたします。何卒よろしくお願いいたします!!
✢✢✢
お読み頂き有難うございました!!
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また、次の記事でお会いしましょう!
🌟Iam a little noter.🌟
🩷
🌹おまけ🌹
昭和歌謡をJUJUが歌っています♪
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