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サンタがきた

高度成長期に団地で過ごした美奈と親友 真理子のお話です。
出会いと別れ。そして二人の間に起こった不思議な出来事。
ファンタジー短編小説です。多少内容を書き換え再アップ
しました。


 前書き


 埼玉県の片田舎に欅団地という老朽化が目立つ団地があります。冬が近づいて、褐色に染まり、落ち葉となった欅の葉が北風で舞い上がり、鮮やかな色にもかかわらず物悲しい雰囲気を漂わせて、歩く人の足元に絡みついています。街頭に立つ人も少なく、団地の中央にある公園を見ても日曜日であるにもかかわらず、子供一人いません。
 

 この団地が建設されたのは高度成長期、昭和40年代中頃のことで、その頃、この街には人が溢れていました。この公園にも遊具で遊んでいる子供達の歓声が起こり、その姿に誰しもが新しい時代の訪れを感じました。最近ではマンションに押されて新たに建設される団地もめっきり減りましたが、当時は団地を中心に街が出来たといっても過言ではないほど、あちらこちらに団地が建設されたのです。

今から皆様に伝えるお話は、活気溢れる時代、団地で小学校時代を過ごした女の子、美奈ちゃんとその友達、真理子ちゃんのお話です。

 

《出会い》

「美奈、起きなさい。学校に遅れるわよ」

「は~い」

「いつも返事だけはいいんだから。朝ごはん食べてる時間ないわよ」
今日も団地の一室でお母さんの声が響いています。

 美奈は小学校5年生。近くの欅が丘小学校に通っています。この欅が丘小学校は団地建設と一緒につくられました。高度成長に合わせてサラリーマンのベッドタウンとして団地が建設されたため、欅団地に入居する人達は若い家族がほとんど。欅が丘小学校の生徒数も1500名を超えました。

 美奈は4年生の時、この団地に引っ越してきました。生まれたのは栃木県ですが、父親の転勤に伴ってこの団地にやってきたのです。父親の実家は苺農家。埼玉県に引っ越すまでは、そこに両親と祖父母と一緒に住んでいました。農業は祖父母が営んでいて、父親は会社に勤めていました。
 自然環境豊かで、美奈は畑や近くの遊水地で遊びながら育って来ました。毎日が泥んこまみれ。友達もいましたが、どちらかというと自然が友達。そのような美奈でしたから、初めての団地生活は驚きの毎日。自分の家にたどり着くまでが大変です。同じ建物が50棟近くあるのですから。

 美奈の家は2号棟ですが、番号を間違えると家に帰れません。美奈の家は3階ですが、同じ作りのため階段を登っていって家の前に立っても違う家だったということもありました。
それに集団登校もあります。栃木にいたときは近くの友達と一緒に学校に通っていました。ところが団地に引っ越すと集団登校がありました。子供達はこの登校班に入ります。20人ほどの子供達が住んでいる棟も少なくなく、登校時間になると蟻さんのように建物から出てきて集合場所に集まり、集団登校するのです。
 美奈はこの集団登校が苦手でした。毎日、決められた時間に決められた場所に行かなくてはならないのですから・・・。

「ねえ、お母さん、みんなと一緒に学校へ行かないとだめ?それがなければもっと眠っていられるのに。それに行列して歩いて行くってなんか苦手」

「美奈、こんな大きな団地だと、たくさん子供達がいて目がとどきにくいの。子供達の安全のためなんだから我慢しなさい」

「わかった。行ってきます」

「気をつけていくのよ」
美奈は登校班の列に並びました。
 
「おはようございます。みんな揃っていますか?」
6年生の女の子が先頭に立ち、黄色の旗を持って声をかけます。
「は~い」と下級生の元気で可愛らしい声が団地の壁にこだまします。 先頭は旗を持った6年生。5年生の美奈は後ろから3番目。
団地の窓からはお母さんたちが登校の様子を見守っています。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」
あちこちで声があがります。これが毎日、団地で繰り広げられる光景です。
 
 一方の真理子も小学校5年生ですが、この団地に引っ越してきたばかりです。真理子は物心のついた頃から・・・といっても5歳頃でしょうか、幼稚園の年長組になった頃から、父親の転勤に合わせ、1年に一度は引越しするという生活を送ってきました。
幼稚園の時期をはじめ小学校に入学してからも友達が出来たと思ったらすぐ転校。そのために真理子は引越しが嫌いになりました。でもそのことは父親にも母親にも言えませんでした。今と違って、単身赴任は非常に珍しい時代、家族全員で一緒に暮らすことが幸せだと両親が考えていたからです。

 美奈と真理子が知り合ったのは真理子が欅が丘小学校に転校生として入学する少し前の或る日曜日のことです。美奈が住んでいるこの欅団地には,ブランコと砂場しかない小さな公園が多くあります。
 美奈の自宅がある2号棟の3階の自分の部屋の窓から外を見下ろしていると、目の前の公園のブランコに見慣れない女の子が腰掛けています。
 誰だろう、また転校生かな?
この団地には毎週のように家族単位の引っ越しがあり、転校生も珍しくありませんでした。

 美奈は部屋を出て階段を下り、その子がいる公園に向かいました。もし、転校生ならば友達になりたいと思ったのです。美奈自身、転校生であり、栃木県に住んでいた頃は友達もいましたが、言葉も習慣も異なるこの土地に引越してみるとうまく溶け込めず、集団が苦手な美奈は一人でいることが多くなったのでした。

 美奈は急いで走ってきたために息が切れた呼吸を整えながら、ゆっくりとブランコに近づいていきました。ブランコを漕いでいたのは、おかっぱ頭をした小柄で可愛らしい女の子でした。公園の中には女の子の他、遊んでいる子は誰もなく、ギーコーギーコーとブランコを漕ぐ音だけが響いています。

 「あの~転校生?」
美奈は思い切って声をかけました。

突然の声に驚いたのか、ブランコに乗っていた子は漕ぐのを止め、何も言わずに美奈をじっと見つめています。気まずい雰囲気になってしまいました。
(そうだよね。突然に話しかけられたら誰だって驚くよね。きちんと挨拶したほうがよかったのかな・・・次に何を話したらいいんだろう)

美奈は軽く咳ばらいをして、自分のことを話すことにしました。

「私は足立美奈。この団地に住んでいるんだけど、あなたは?」

「新藤真理子。引っ越してきたばかりで、あの建物に住んでいるの」と美奈の自宅の隣の3号棟を指差しました。

「なんだ。すぐ隣じゃあない。だったら同じ小学校だね。ところで何年生?」

「5年」
真理子は小さな声で答えました。

 友達が出来たと思ったら、すぐ引越し。いつしか友達をつくることにも、真理子は消極的になってしまいました。すると人から話しかけられることも少なくなり、親友と呼べる人もいなかったのです。それで近づいてきた美奈が話しかけてきたとき、本当は友達が欲しいという気持ちがあるにかかわらず、反射的に心を閉ざしてしまったのかもしれません。
美奈は隣りのブランコに腰掛けました。

「真理子ちゃんは何処から来たの?」

「浜松に住んでいたの」
(浜松ってどこだったかしら?もう少し勉強をしておけばよかったかな。浜松を知らないと言ったら馬鹿にされてしまうかしら)

 美奈は何事もなかったかのように無言でブランコを漕ぎ始めました。それを見て、真理子もブランコを漕ぎ始めました。
しばらくの沈黙の後、美奈は少し顔を赤らめて言いました。

「浜松って・・・何処にあるの?」

「え?浜松を知らないの?静岡県だけど」
 真理子は美奈の顔をじっとみつめました。

美奈は照れくささを隠すように舌をペロッと出し、真理子と向き合い声を出して笑いました。
(やはり転校生だったんだ。よかった。友達になれるといいな)美奈は思いました。

「私も5年生なの。近くの欅が丘小学校。真理子ちゃんも私の隣の建物だから、同じ学校だね。学校のこと何か聞いている?」

「うん、昨日、お母さんと一緒に学校に行ってきたんだ。先生からいろいろ話を聞いてきたの。来週の月曜日から通い始める予定。でも、最初だから、お母さんと一緒に行くの」

「そうなの?学校には登校班があって登校の道も決められているんだよ。きっと真理子ちゃんも同じ登校班になるね」

「そうだといいね」

「真理子ちゃんは毎日は何をして遊んでいるの?」

「特に何もしていないよ。浜松にいたときはピアノを習っていたけど」

「すごい、ピアノ弾けるんだ」

「浜松ってピアノ工場があるんだよ。それで習っている人も多いよ」

「そうなんだ」

「ねえ、今から家に来ない?隣だし」美奈は言いました。
 すると、真理子は漕ぐのをやめました。

「会ったばかりで、いきなり行っていいのかな?お母さん怒らない?」

「大丈夫だよ。私も去年転校してきたばかりなんだ。だから新しい友達が出来ること大歓迎なんだ。だから来てよ」

「えっ?美奈ちゃんも転校してきたの?」真理子は驚きました。

「うん、去年引越してきたばかり。この団地は他から引越してきた人が多いよ」
「転校生は自分だけかと思って、少し不安だったんだ」
真理子は安心しました。

 美奈は真理子の手を引っ張って歩き出しました。
 2号棟に着くと階段を上り始めました。コンコンと大きな靴音を響かせながら階段を上がっていきます。最近のマンションと違ってエレベーターはありません。それに階段も一段一段が高く、小さな子供やお年寄りが上るのは大変でした。

 3階に着いた美奈は自宅の厚い鉄製の扉を開けました。ギーッという音がして扉が開きました。部屋の造りはどこも同じで真理子も自分の家と見間違えしそうです。

「団地ってみんな同じなんだね。自分の家に帰ったみたい」真理子は言いました。 中に入ると、誰もいません。

「お母さんは出かけているの?」

美奈の両親は共働きで、この日も仕事に出かけていたのです。

「仕事だから誰もいないんだ」
「兄弟は?お姉さんとか妹とかいないの?」

「一人っ子だよ」

「そうなんだ。私と同じね」

「ちょっと待って。部屋の中片付けるから」と美奈は言って一人で自分の部屋に入りました。

 閉めた襖の間から、片付けている様子が見えましたが、真理子は悪いと思って、見ないようにしました。片付け終わったのか襖が開く音がしました。

「真理子ちゃん、入って」

真理子は向き直り、そっと覗き込むように部屋に入りました。
部屋に入った途端、ピンク色が真理子の目に飛び込んできました。壁もカーテンもピンク色です。
 今と違って、この頃の団地の部屋には洋間はほとんどありません。美奈の部屋も和室ですが、カーペットを敷いたり、ベッドを揃えたりして、お洒落な雰囲気にしました。

「すご~い」

 更に驚いたことに、ベッドの上は縫いぐるみだらけです。熊や犬その他動物がたくさんいます。真理子は殺風景な自分の部屋を思い浮かべました。

「いいなあ・・・たくさん縫いぐるみがあって」

「真理子ちゃんは持っていないの?」

「うん買ってもらったことないから・・・」と少し寂しそうです。

「そうなんだ」

 真理子は熊の縫いぐるみを一つ手に取り抱きしめました。

「気持ちいい、フカフカして」と言いながら上にしたり、下にしたりしながら楽しそうです。

「いつでも遊んでいいよ」
美奈は言いました。                               

「真理子ちゃんが通っていた学校はどんなだった?」                 

「綺麗な所にあったの。浜松には浜名湖っていう大きな湖があって、そのすぐ近くに学校があったんだ。真理子もとても気に入っていたんだけど、お父さんの転勤でここに引越してきたの。引越しばっかりで嫌になっちゃう。美奈ちゃんも転校してきたって言ってたけど、何処からきたの?」

「私は栃木県」                                 

「栃木県も遠いね」                                  

「うん」

「美奈ちゃんがいた栃木県はどんなところ?」
 
「とても山が綺麗なところ。美奈がいたのは栃木市というところなんだけど、家の近くに渡良瀬遊水地という大きな池があって、ここには沢山の動物がいるんだよ。時々キツネも見かけるし」

「わあすごい。私、キツネ見たこと一度もない。いいなあ」

「でも、ここに引っ越してきたら灰色の建物ばっかしでつまらない」

「そうなんだ。でも、団地ってすごいね。同じ建物だけで一つの街になってしまうんだもの、本当にびっくり。話違うけど、縫いぐるみって本当に可愛いね」

「真理子ちゃん、縫いぐるみだったらいつでも貸してあげるよ」

「ありがとう。今度は真理子の家に遊びに来てね」

「うん」
 
  翌日のこと、美奈が登校するとクラスの中がざわついています。

「転校生が来るんだって」

「でも、夏の転校生って珍しいよね。どんな子かなあ?」

その時、キンコーン!と始業のチャイムが鳴り、ドアが開くと、担任の池内先生に続き一人の女の子が入って来ました。

 「皆さんおはようございます。今日新しいお友達が来ましたので紹介します。」池内先生は黒板にチョークで名前を書きました。
新藤真理子・・・美奈が公園で会った真理子ちゃんです。

美奈は真理子に向かって、左手をちょっとだけ上げました。
真理子も、それに気づき、美奈と目が合ってニコっと笑いました。

「新藤真理子ちゃんは静岡県から引っ越してきました。皆さん仲良くして下さいね」と先生が真理子を紹介しました。
「新藤真理子と言います。よろしくお願いします」真理子が小さな声で挨拶しました。クラスの中から拍手が起こりました。

「真理子ちゃんの席は・・・美奈ちゃんの隣が空いているのでそこに座ってください。美奈ちゃんよろしくね」

「は~い」と美奈がいつにもまして明るい声で返事をします。

皆が注目する中、真理子が美奈の隣の席にちょこんと座りました。

「びっくりしちゃった。同じクラスなんて」と真理子。

「ほんと!でも良かったわ。真理子ちゃんが隣の席になるなんて。家も隣だし」

「そうだね」

1時間目の授業が始まりました。皆がシーンと静まりかえる中、先生が黒板に書くチョークの音だけが響きます。
美奈と真理子は顔を寄せ合って小声で話し始めました。

「ねえ・・・浜松の学校では友達たくさんいたの?」

「そんなにいなかった。浜松の学校にいたのは、たった半年間だけだったんだよ。だから、友達が出来たと思ったらもう引越し。本当は引越しなんてなければいいなって思っている」

「そうだよね。引っ越しばかりでは、いやになっちゃうよね。でも、このクラスも半分以上が転校生。団地の子が多いんだよ」

「そうなの?」

「美奈ちゃん真理子ちゃん、お話はお昼休みにしてくださいね」

池内先生の大きな声が静かな教室の中に響きます。
「は~い」美奈と真理子は同時に返事しました。
 
 学校が終わって美奈と真理子は一緒に帰りました。学校から住んでいる団地までは歩いて10分程です。

「美奈ちゃん、ずっと友達でいられたらいいね」

「うん、そうだね」

「でも転勤ってどうしてあるんだろう?」
足を止めて真理子が言いました。

「大人のことは分らないけど、お仕事のことだから仕方ないんだろうね。私のお父さんだって転勤したよ。それで私もこの団地に引っ越してきたわけだし。でもお父さんも楽しそうじゃあないよ。真理子ちゃんのお父さんも同じじゃないかな」

「でもその度に引越しじゃ嫌になっちゃうよ」

真理子は道端の小石をコツンと蹴りました。
蹴られた小石がカラカラと音を立てて転がっていきます。
転がっていった小石を見つめながら美奈は言いました。

「でもね。家族一緒でないと寂しいと、お父さんもお母さんも思っているんと思うの」

「そうだよね・・・。それは分るんだけど」


「ねえ、今度は真理子の家に遊びにきてよ。まだ引越しの荷物があって片付いてないから来週ぐらいに」

「うん、いいよ」

美奈の自宅のある2号棟の前で二人は手を振って別れました。
美奈ちゃんと友達になれて良かったな、真理子は思いました。
 真理子は3号棟の階段を昇り、自宅のある3階に着くと鉄製の重い扉を開けながら言いました。

「ただいま」

「お帰りなさい。今日は機嫌がいいじゃない。何かいいことあったの?」
お母さんの声が台所の方から聞こえました。

「新しい友達が出来ちゃった。ほらこの前話した子。美奈ちゃんて言うんだけど真理子と同じクラスなんだ。しかも隣の席」

「すごいじゃない。この間、真理子が遊びに行った子?今度ご両親にも挨拶に行かないとね」とお母さんが台所から顔を出しながら言いました。
 
 その後、美奈と真理子は一緒に遊ぶことが多くなりました。前の公園で薄暗くなるまでブランコを漕ぎながら時を忘れて過ごしました。
 周りにもたくさんの子供達が遊んでいます。今と違って家の中で遊ぶ子供はほとんどいません。皆泥だらけになって遊んでいました。遊具はブランコや鉄棒それに滑り台くらいですが、場所さえあれば、石蹴り、ゴム飛び、かくれんぼ等、遊びごとには不自由しませんでした。美奈と真理子は遊びの輪に加わるというよりもブランコに座って皆が遊ぶ様子をじっと見ている方が好きでした。

「ねえ、今から遊びに来ない?」
真理子は美奈に言いました。

「うん、いいよ」
 美奈は真理子と一緒に歩き出しました。真理子の家は3号棟にありましたが、どの棟も同じ造りのため、建物の横面に書いている番号を見ないと間違えてしまいます。

「ただいま~」

真理子は重い扉を開けながら、大きな声で言いました。
声の大きさに驚いたのか、入口近くにいた真理子のお母さんが勢いよく振り向きました。

「あら、真理子お帰りなさい」

「お友達?」
お母さんは真理子の後ろにいる美奈に気づき言いました。

「この前話した美奈ちゃん」

「クラスも同じで席も隣なんだよ」

「足立美奈といいます」

「いらっしゃい。いつも真理子から話をきいているわ。お友達になってくれてありがとう」

「美奈ちゃん、こっち、こっち」真理子は自分の部屋に案内しました。

 美奈が部屋に入ると、部屋の中には机と本棚、それにピアノがあります」

「すごい、ピアノがあるんだ」

「ピアノはあるんだけど、縫いぐるみの一つも欲しいよ」

「でも、よくお掃除しているね。私なんか、少しは掃除しなさいって、いつもお母さんに怒られているよ」

「そうなの?でも美奈ちゃんが羨ましい。縫いぐるみがたくさんあって。私なんか縫いぐるみ買ってもらったこと一度もない。お母さんに言わせると、引越しが多いから荷物は少ない方がいいんだって・・・。だから何も無いんだよ。いやになっちゃう。真理子の気持なんて全然わかってない」

「でもピアノがあってすごいよ。どんな曲弾いているの?」

「クシコスポストとかだけど、こちらに来てからはまだ習ってないよ。音楽教室があったら習いに行くかもしれないけど」

「いつもピアノの練習しているの?テレビは見ないの?」

「見るよ」

「サインはV見ている?」

「うん、ユミの稲妻落としでしょ?」

「そう、あんなのできたらオリンピックで簡単に優勝しちゃうよね。東洋の魔女みたいだね」

「本当だね」

「真理子ちゃんは中学に入ったらクラブ活動どうする?まさかバレー部?」

「それはないよ。あんなスパルタ受けたら一日でやめちゃう。音楽部があれば入ろうかなと思うけど。美奈ちゃんは?」

「わからない。真理子ちゃんみたいにピアノ弾けたらいいんだけど。何も出来ないから。それに大人数って苦手なんだ」

「そう、私も同じ」
 
「ところで真理子ちゃん。誕生日はいつ?」

「9月3日」

「私は11月15日なんだ。誕生日も近いんだね。じゃあ、そろそろ帰るね」
「うん、美奈ちゃん気をつけてね・・・といっても隣か」

「そうだね。バイバイ」
 
(9月だったらすぐじゃない。よし決めた。真理子ちゃんの誕生日に何かプレゼントしよう)
 
 
「ただいま~お母さん、ちょっとお話がある」
美奈は家に帰るなり言いました。

「美奈、お話の前に手洗いをきちんとしなさい。遊んで汚れてきたんでしょ」

「わかった」

手洗いを済ませて美奈は言いました。

「お母さん、この間友達が出来たって言ったでしょう」

「お家に遊びに来た子?たしか真理子ちゃんて言ったわね。で、お話って?」

「あのね、お母さん。真理子ちゃんのことだけど・・・もうすぐ誕生日なんだって。それでね、何かプレゼントしたいと思うんだけど、お買い物一緒に行って欲しいんだ。」

「お母さんが休みの日ならかまわないけど。で誕生日はいつなの?」

「9月3日」

「じゃあ、すぐじゃない。今度の土曜日仕事が休みだからいいわよ」

「本当?良かった」
真理子ちゃんの部屋には縫いぐるみが一つもなかったな。可愛らしい縫いぐるみをプレゼントできたらいいな、と美奈は思いました。
 
 土曜日になって美奈はお母さんと隣町のデパートに行くことにしました。団地を出るのは久しぶりです。駅までは歩いて30分の道のりですが、お母さんと話しながら歩いて行きました。

「ところで美奈、真理子ちゃんは何処から引っ越して来たの?」

「浜松だって」

「遠くから来たのね」

「うん。真理子ちゃんのとこ引っ越しが多くて、今まで5回くらい引っ越したんだって。美奈のお家もそうなるのかな?」

「それはわからないわ。お父さんの会社の都合だから。ところで美奈、真理子ちゃんには何をプレゼントするつもり?」

「縫いぐるみにしたいんだ。この前真理子ちゃんのお家に遊びに行ったとき、真理子ちゃんの部屋には縫いぐるみが一つもなかったんだよ。聞いたら買ってもらったことが一回もないいんだって。荷物が多いと引越しが大変だからということらしいんだけど・・・。だからプレゼントしたら喜んでもらえると思って」

「そうなの?でも、それぞれのお家の事情も違うし大丈夫なの?」

「真理子ちゃんも引っ越しが多いから、転校しても思い出になるものをプレゼントしたいと思って。小さいものなら大丈夫でしょ」

「わかった」

美奈とお母さんはデパートの玩具売場にあるお店に入りました。そこには可愛らしい縫いぐるみがたくさんありました。

「ねえ、お母さんどれにしよう?」
美奈は大きいものや小さいものを手に取りながら言いました。

「美奈がいいと思ったものを選べばいいんんじゃない」とお母さん。

「そうよね・・・。お母さんこれ可愛い」
美奈は小さな縫いぐるみを手に取って言いました。

「あら、本当ね」
可愛いといったのは胸に赤いリボンのついた熊の縫いぐるみでした。



「真理子ちゃん喜んでもらえるかな?」

「喜ぶと思うわ。本当に可愛らしい縫いぐるみね」
お母さんも気に入った様子です。
 
 翌日になり美奈と真理子はいつものように登校班の集合場所の公園で一緒になりました。
 登校班では6年生の子が先頭で次に1年生の子、次は2年生と学年が上の子が後ろに並び、一列になって決まった道を歩いて行きます。
季節は夏、街路樹にも葉が茂り、遠くからジージーという蝉の声が聞こえてきます。朝から強い日差しのもと、皆、元気に楽しそうに歩いて行きます。
美奈と真理子は前後ですが、二人とも前を向いて、話しながら歩いて行きました。

突然、先頭の子が止まりました。真理子は前を歩く美奈にぶつかりそうになりました。

「どうしたの?」思わず美奈は大きな声を出しました。
すると先頭の子が「電気虫がいるの」
電気虫?美奈には何のことかわかりませんでした。みんな列を崩して集まりました。
先頭の子が指差すところを見ると、緑色の小さな虫が5~6匹かたまっています。

「怖~い」一番小さな小学校一年生の女の子が上級の子にしがみつきました。 電気虫というのは正式名称はわかりませんが、緑色の体中に小さな毒針があって、刺されると蜂に刺されたように激痛が走ります。呼び名は地方によってまちまちのようです。
この街路樹には年によって大量に発生することがありました。
皆、電気虫に触れないように気をつけながら歩いて行きました。
大通りのところまで歩いていくと登校見守りのPTAのおじさんが立っています。

「みんなおはよう」

「おはようございます。おじさん電気虫がいるよ」子供たちは指をさしました。

「本当?刺されたら大変だから気をつけるんだよ」

「は~い」
 
 5分ほどで校門が見えてきました。

「ねえ、真理子ちゃん、誕生日はいつもどうしているの?」

「特に何もないけど、誕生日のお祝いをお家の中でするくらいかな」

「そうなんだ」
誕生日の前の日にプレゼントを渡そうかな、と美奈は思いました。
 
 いよいよ真理子ちゃんの誕生日を明日に控えた日のこと。学校から帰って美奈はプレゼントの準備をしました。プレゼントに選んだ「熊の縫いぐるみ」を赤いラッピングの紙に包んで袋に入れました。

 夕方になり、あたりが薄暗くなった頃、美奈はプレゼントの縫いぐるみを持って、真理子の住む3号棟に向かいました。夕日で褐色に染まった建物の階段を一歩一歩上がって行きました。
真理子の家の前に着きチャイムのボタンを押すと、ピンポ~ン!という大きな音がして、は~い!という声とともにゆっくりと扉が開きました。
真理子のお母さんが立っています。

「こんにちは」

「あら、美奈ちゃん、いらっしゃい。さあ、どうぞ」
美奈を招き入れようとしましたが、美奈は断りました。

「今日はすぐ帰ります。真理子ちゃんいますか?」
美奈は玄関に立ち止まったまま言いました。

「美奈ちゃん」
美奈の声が聞こえたのか、真理子が出て来ました。

「これ、誕生日のプレゼント」
美奈はプレゼントの紙包みを袋から出して渡しました。

「えっ、嬉しい。でも本当にいいの」真理子はプレゼントを受け取り紙包みを開くと可愛らしい縫いぐるみが出てきました。

「わあ熊の縫いぐるみだ。可愛い。美奈ちゃんありがとう」

「ありがとうございます」とお母さんも美奈にお礼を言いました。

「さあ、少しだけでも入って」とお母さんは言いましたが、美奈は帰ることにしました。

「お母さんにもよろしくお伝えしてね」
 
(真理子ちゃんに喜んでもらえてよかった)
 
 真理子は熊の縫いぐるみに「コロ」という名前をつけました。犬のような名前ではありますが、可愛らしいクリッとした目がイメージにぴったりです。その日から縫いぐるみの「コロ」は真理子の友達になりました。起きている時も寝る時もいつも一緒でした。そして寂しいときもコロに話しかけると不思議と気持ちが落ち着いたのです。
 
 10月になり、夏の暑さもようやく和らいだある日曜日のこと。美奈と真理子はいつものように団地の公園で遊んでいました。

「美奈ちゃん、ありがとう」

「なに?」

「真理子ね、コロちゃんと一緒にいて楽しいの。コロちゃんは真理子の気持わかるみたい。コロちゃんといつも一緒に寝ているのよ。最近、真理子が笑うとコロちゃんも一緒に笑ってくれるの、これ本当よ」

「噓だよ。縫いぐるみだもの。でも、真理子ちゃんに喜んでもらえて良かった。ところで、真理子ちゃん、この団地の外に行ってみたくない」
美奈は真理子の耳元に顔をそっと近づけて小声で言いました。

「うん、行ってみたい。そういえば真理子、引っ越してから何処にも行ってない気がする。団地の周りはどうなっているのかな?いつも家と学校を行って帰るだけだし」

「じゃあ決まり」

「美奈、お母さんに話してくるね」

「じゃあ真理子も」
 
 
 美奈と真理子は冒険に出た気分です。団地からいつもの通学路を通り欅が丘小学校の隣の道を歩いて行きました。学校を過ぎるとあたり一面水田が広がっています。美奈と真理子は水田の中のあぜ道を歩いて行きました。もうすぐ刈り取りのときを迎える稲は黄金色にかわり豊かな穂を風になびかせています。

 埼玉県はもともと河川が多い所です。秩父から埼玉県を横ぎるように流れる荒川、北部を流れる利根川、それ以外にも幾つかの一級河川といわれる大きな河川があります。その豊かな水が一大穀物地帯を育んできたのです。美奈と真理子が住む欅台団地の先にはその荒川が流れています。
美奈は一度家族で荒川に行ったことがあります。

「ねえ、真理子ちゃん知ってる?荒川は川幅日本一の所もあるんだって」

「知らなかった。荒川ってそんなに大きいの?」

「本当言うとね美奈も知らなかったの。最近お母さんから聞いたんだよ。見た感じでは、そんなに大きいとは思わなかったけど、大雨が降ると川が広くなって反対側が見えなくなってしまうんだって」

「それってすごいね」

「うん」

ケンケンケンケン・・・突然に何かの鳴き声が聞こえました。

「何?何?」

「何の鳴き声だろう」

「真理子ちゃん見て見て、あそこ」稲穂の間に何か動いているものが見えます。よく見ると赤色の頭と緑っぽい羽が見えます。

「ねえ、美奈ちゃん、あれって、もしかしてキジ?」

「そうかも、私初めて見た。綺麗だね」

「本当だね。凄いね。キジがいるんだね」
団地を出るとこんな自然が豊かな場所があったんだと二人は、わくわくする気持を押さえられませんでした。

「堤防に上ってみよう」
二人は堤防に上りました。

「わあ広い。美奈ちゃん、川幅日本一というのも嘘じゃないかもね」

「本当だね」

堤防からは河川敷にある畑や運動場が広がり、遠くには秩父の山々、それに富士山も見えます。

「すごい、すごい、富士山が見える」真理子は興奮した様子で早口にまくしたてます。

「ねえ、真理子ちゃん目の前の畑はお花畑なんだよ。5月には辺り一面ポピーが咲き乱れて、真っ赤に染まって綺麗だよ。それに秋になると秋桜が咲くんだ」

「そうなんだ。もうすぐだね。楽しみだね。秋桜が咲いたらまた、一緒に来たいね」

「うん、そうしたいね」

「美奈ちゃん、真理子、この街が好きになったかも。こんなに自然が豊かな所なんて知らなかった」

「真理子ちゃん、あそこ、あそこ」

美奈が指差す方向を見ると草むらの中で何か茶色いものが動いています。

「犬かな?犬にしては尻尾が大きいね,美奈ちゃん」

「キツネ、キツネさんだよ、きっと」

「えっ?キツネもいるの?驚き。美奈ちゃん、荒川に来て良かったね。楽しかった」
二人は手をつないで団地に帰りました。
 

《別れ》


 さて、季節が秋から冬へ変わった頃、美奈と真理子に突然別れのときがきました。真理子がこの街に引越して来てから僅か半年のことです。父親の転勤で真理子は新潟へ引越すことになったのでした。
 せっかく友達になれたのにと真理子は残念に思いました。それは美奈も同じ気持ちでした。でも仕方ありません。
 真理子は冬休みに引越すことになりました。

 引越しの日、美奈は真理子を見送ることにしました。大きなトラックが来て、引っ越しの荷物を持っていきます。真理子とご両親は電車で向かうようです。手荷物を持ち、真理子の右腕には「コロ」がしっかりと抱かれています。

「真理子ちゃん、さようなら。必ず手紙を書くから」

「私も必ず書くわ。美奈ちゃん、いつまでも友達でいよう。コロちゃんを大切にするね」
二人は文通の約束をして別れました。
 
 
 それから約束通り月に一度は手紙を書きました。
 二人は2年後、小学校を卒業し、それぞれの街の中学校に入りました。

「美奈、真理子ちゃんからの手紙がきたわよ」
中学校に入ったある日のこと、美奈が学校から帰るとお母さんが言いました。美奈は自分の部屋に入ると早速手紙の封を切りました。

『美奈ちゃん、お元気ですか?真理子も元気です。本当はもっともっと欅台団地にいたかったけど、お父さんが新潟に転勤することになったので仕方ありません。真理子が住んでいる所は、街から少し離れていて雪が沢山積もっています。真理子が今まで引っ越した所は雪があまり降らない場所だったので、こんなに雪が積もってるのを見たことがありません。なにしろ3mも積もっているのですから。
でも、雪って綺麗だよ。真っ白い雪を見ていると、嫌なことがあっても全て忘れることが出来そうです。
 中学校に入り、音楽部に入りました。学校の生徒数は少なくて、全校で200人くらいしかいません。嘘みたいでしょう?団地の灰色の建物はあまり好きではなかったけど、とてもなつかしく思います。
でも、美奈ちゃんと荒川で遊んだことは一生の思い出です。本当に楽しかった。それとコロちゃんも元気です。今も一緒に眠っています。
美奈ちゃんは、どのような中学生活を送っていますか?お便り楽しみに待っています。

追伸 こちらの中学校の人は良い人ばかりです。友達もたくさん出来ました。もう、引っ越しがなければいいのにな・・・って思います』
 
 真理子は希望通り音楽部に入り新しい友達もでき、楽しい学校生活を過ごしていることを便りで知りました。美奈は安心しました。

『真理子ちゃん、お便りありがとう。中学校生活が楽しそうで、美奈もうれしく思います。希望通り音楽部に入れて良かったね。それと手紙に書いてあった3mの雪、そんな所があるんだね。今、美奈が住んでる埼玉県はめったに雪が降りません。ちょっぴり、うらやましいな。
美奈はというと、相変わらずです。中学校でクラブ活動に入ろうと思いましたが、気に入った部がないので、しばらく部活はおあずけです。小学校の時と違ったことは集団登校がなくなったことかな。これが一番うれしいことです。集団登校は苦手だったから。それではまたね。さようなら』

 それから、2年生になっても文通は続いていましたが、三学期の冬のことです。美奈がいつものように手紙を書きましたが、一週間たっても、2週間たっても真理子から返事は来ませんでした。

「どうして返事が来ないのかな?」美奈は少し心配になりました。

「また、引越してしまったのかな?それとも親しい友達が出来て私のことを忘れてしまったのかしら・・・それなら仕方ないけど・・・。でも知らせてくれてもいいのに・・・」美奈は悲しくなりました。。

「お母さん、真理子ちゃんから全然手紙が来なくなっちゃった。どうしたのかな」

「今、中学生だからいろいろと忙しくなったんじゃない。でも美奈が気になるんだったら電話をしてみたら?」とお母さんは言いました。

「電話してもいいの?新潟だよ。じゃあ電話してみる」
 美奈は思い切って電話をかけることにしました。今のように携帯電話はありません。家にある固定電話のダイヤルを回しました。何回か呼出音が鳴った後「はい、新藤ですが」と真理子のお母さんの声が受話器から聞こえてきました。

「もしもし、足立美奈といいます。真理子ちゃんはいますか?」

「ああ、美奈ちゃん、お久しぶりね。元気?すっかりお姉さんの声になって」

「実は真理子は病気で入院しているの。お医者さんは肺炎と言っていたわ。入院してからもう3週間になるけど、まだ、具合が良くならなくて、いつ退院できるか分からないの」とお母さんは真理子が入院していることを話しました。美奈はそのことを聞いてとても心配になりました。

「真理子ちゃん、大丈夫ですか?手紙の返事がないから、どうしたのかなと思って電話したんですけど・・・」としばらく間をおいてから話しました。

「美奈ちゃんから電話があったことを真理子に伝えておくわ。真理子はきっと喜ぶわよ。美奈ちゃん真理子のことを心配してくれてありがとう。お母さんにもよろしくお伝えしてね。真理子が退院したら必ず電話させるから」と言って電話を切りました。

「お母さん、真理子ちゃん入院しているんだって」と美奈はお母さんに言いました。

「あら、そう。心配ね。でもきっと良くなるわよ。」とお母さんは言いました。
 美奈はすぐにでもお見舞いに行きたい気持ちでした。でも真理子が入院している新潟の病院は遠すぎて行くことが出来ません。美奈に出来ることといえば神様にお祈りすることだけでした。
 
 

《サンタクロース》


 その夜のことです。美奈は夢を見ました。美奈は薄暗い部屋の中を覗きこんでいました。その部屋の中には一人の女の子が寝ていました。美奈はその部屋の窓からスーッと部屋に入りました。ベットで寝ている女の子は真理子でした。真理子は静かに寝息を立てています。そして、傍らには美奈が送った熊の縫いぐるみのコロがいました。美奈は真理子を起こさないように静かに近づきました。美奈は心の中で(真理子ちゃん 早く良くなってね。いつもお祈りしているから)と話しかけました。真理子は美奈に気づいた様子はありません。美奈は帰ることにしました。ふと、縫いぐるみのコロを見ると、胸についていた赤いリボンが外れていたので、美奈はリボンを結び直してあげました。そして来たときと同じように窓から出て行きました。



一方、真理子も夢を見ていました。でもそれが本当に夢なのか分かりませんでした。真理子はサンタクロースに会ったのです。その日は12月24日クリスマスイブでした。窓の外では雪が降り続き、テレビのニュースでは15年ぶりの大雪と告げています。真理子がベットに横になっていると窓の外が少しだけ明るくなっています。何だろうと思って真理子が見ていると、スーッと誰かが部屋に入ってきました。真理子はちょっと怖くなって寝たふりをすることにしました。 

(サンタクロースだ)と真理子は思いました。その姿はぼんやりとしていたため、顔まではわかりませんでしたが、赤い服を着ていることは分かりました。そのサンタクロースは、しばらくいて窓から出て行きました。スーッと空を飛んでいく姿を眺めながら、真理子は眠りに着きました。

 翌朝、真理子は目覚めてから昨日の出来事を考えてみました。

(楽しい夢を見たな。クリスマスイブにサンタクロースの夢を見るなんて)
真理子は夢だと思っていました。ところが、コロを見ると外れていたリボンがしっかりと結び直してあります。誰がしてくれたのでしょうか。

(本当にサンタクロースが来てくれたんだ。夢ではなかったんだ)真理子はとても幸せな気持ちになりました。でもサンタクロースに出会ったことは内緒にしておこうと思いました。とても大切な宝物に思えたからです。
サンタクロースに出会ってから3日後に真理子は退院することが出来ました。
 

《再会》


 さて、月日は流れ、美奈も真理子も何時しか大人になり、40歳を迎える頃になりました。中学生の間は文通を続けていましたが、高校生になると、どちらからともなく便りは途絶えてしまいました。美奈は大学に進み卒業後はOLとなりました。一方の真理子は高校卒業後、短大に進み保育士の資格を取り、新潟市内の保育所に勤めた後、結婚し一人の女の子の母親になっています。
 そして、美奈と真理子が一緒に過ごした欅が丘小学校は創設30周年を迎え、記念行事を行うこととなりました。それに合わせて同窓会が開かれることになったのです。

 卒業生達は全国に散らばっていましたが、名簿を頼りに案内状が送られました。地元で暮らしてた美奈はもちろんのこと、遠く新潟に住んでいる真理子にも案内が届いたのです。

真理子は部屋の片隅にあるレターボックスの引き出しを開けました。そこには小学校時代を一緒に過ごした美奈との思い出の手紙がたくさん入っています。その一つを手に取りながら真理子は当時のことを懐かしく思い出しました。一緒に団地の公園で遊んだ日々。通学路にいた電気虫。そして今でも大切にしている熊の縫いぐるみのコロ。コロはかなり汚れてしまったけど目の愛らしさは今も変わりません。今では娘の友達になっています。コロを抱きながら、同窓会参加の返信を書きました。
 
 年の瀬が近づいたある日、市内のホテルで記念行事と同窓会が開かれました。この日、埼玉県内では珍しい雪の日曜日となりました。
同窓会には老若男女およそ1000名近くの人が集まりました。あちこちでグループが出来、再開の喜びの輪が出来ています。美奈は真理子に会うのを楽しみにしていました。美奈は同級生の友達と挨拶を交わしながらも、目は真理子の姿を捜していました。

(どこにいるんだろう。来ているはずなのに・・・)

(あっ!真理子ちゃんだ)
真理子は入口からほど近い壁に背をもたれかけながらポツンと立っていました。

「真理子ちゃん」美奈は手を振りながら真理子の元に駆け寄りました。
美奈が真理子と会うのは20数年ぶり、小学校以来です。そこにはすっかり大人になった真理子が立っていました。

真理子は「美奈ちゃんなの?全然変わらないね。本当に会いたかった」と言って美奈の手を握りました。美奈は子供の頃の面影を残しながらも、大人になった真理子から手を握られたことで、少し照れくさくなりましたが、とても嬉しく思いました。

「私がこの街にいたのは半年間だったけれど、美奈ちゃんと遊んだことは一生の思い出よ。本当に楽しかった。ありがとう」と真理子。

「私も同じよ。でも、あまりにも早く引越してしまって・・・。急に寂しくなってしまったわ。私はこの街に残ったままで、今も団地に住んでいるの。今では団地の主ね」美奈は苦笑いしました。

「今では団地も寂しいものよ。真理子ちゃんと一緒に遊んだ公園は今もあるけど、子供の姿はすっかり見かけなくなったわ。たまにゲートボールはやっているようだけど・・・。30年前とすっかり様変わりね」

「そうなんだ。私が住んでいた部屋は誰か住んでいるの?」

「今も空いたままよ。小学校だって生徒が当時の十分の一になってしまったんだから。本当に寂しいものよ・・・。ねえ、あっちに行こう」

 美奈と真理子は会場の中央にあるテーブルに向かいました。そこにはバイキングの美味しそうな料理が並んでいます。美奈と真理子は小皿を手に好きな料理を取り口に運びました。「真理子ちゃ~ん」同じクラスだった女の子が手を振りながら横を通っていきます。真理子も手を振りました。

「今の人、誰だったかしら」
真理子は顔に見覚えがあるものの、名前が全く思い出せず、美奈に尋ねました。
美奈は少し笑って、その子の名前を小声で囁きました。二人は二十数年という時の流れを実感しました。

「ところで真理子ちゃん、縫いぐるみのコロちゃん、まだいるの?」

「うん、元気だよ」

縫いぐるみが元気というのも可笑しな表現ですが、それほど真理子にとっては大切な友達だったのです。

「今では娘の友達になっているわ。古くなってしまったけど、相変わらず可愛らしいわよ。美奈ちゃん、本当にありがとうね。私にとっては初めての縫いぐるみだったから、誕生日プレゼントで貰ったとき、本当に嬉しかった。それはそうと不思議なことがあったの」
真理子は中学生時代、病気で入院していた時の出来事を話すことにしました。

「あのね・・・。私ね・・・。そう・・・大雪の夜だった。ちょうどクリスマスイブだったわ。私は病室のベッドに横になりながら窓の外の雪を見つめていたわ。もしかして、私、死ぬんじゃないかって・・・。本当にそう思って悲しくなっちゃった」
美奈は真理子の言葉にじっと耳を傾けていました。

「そのときなの。窓から部屋の中にサンタクロースが入ってきたの。最初はわからなくて、私怖くて目をつぶっていた。そして、そーっと目を開けると姿はぼんやりしていたけれど、赤い服をきていたの。それでサンタクロースと思ったわけ。それでも私は怖くて寝たふりをしていた。そうしたら来た時と同じように窓から出て行って見えなくなっちゃった。私はそのまま眠ってしまったの。あのことに気づくまでは夢だと思っていたわ。でも翌朝、コロを抱くと外れていたはずのリボンが綺麗に結び直してあった。それでサンタクロースが来てくれたとわかったの。本当に嬉しかった。私のところにも来てくれたんだと思ったら元気が出たわ。それから3日後かな、退院出来たのは」

「え?それ・・・たぶん私よ」

「私も今の、真理子ちゃんの話を聞くまでは夢だと思っていた。私、真理子ちゃんが入院したこと、真理子ちゃんのお母さんから聞いてびっくりしちゃった。そうしたらねえ・・・その夜、夢を見たの。病院の窓から部屋の中を覗くと真理子ちゃんが寝ていたので私、窓から部屋の中に入ったの。真理子ちゃんがぐっすり寝ている様子だから起こさないように静かに神様にお祈りしたわ。早く病気がよくなるようにって。そして、コロちゃんのリボンを結んであげたの。私、夢だと思っていた」と美奈は言いました。そして当時、美奈はお気に入りの赤いパジャマを着ていました。

美奈の話を聞いて、真理子は、あの日来てくれたサンタクロースが美奈であることを初めて知ったのです。既に二十数年の時がたっていました。そのことがわかった途端、真理子の目から涙が溢れ出しました。

「ありがとう、美奈ちゃん」真理子は美奈を抱きしめました。

今日も、あの日と同じように外では雪が降り続いています。
 
 

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夢一文
私が書く文章は、自分の体験談だったり、完全な創作だったり、また、文章体も記事内容によって変わります。文法メチャメチャですので、読みづらいこともあると思いますが、お許し下さい。暇つぶし程度にお読み下さい。今後とも、よろしくお願いいたします。