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めじろ観光バスツアー「次男」篇#3

湯乃介(ゆのすけ)は、畳のうえで大の字に転がる。

ああ、まったくおもしろくない。
なんだって自分は次男なんだ。
生まれる順に文句を言ったって仕方がないことくらいは、承知している。

しかし、こうも格差が出るとは‥
ため息をついて天井に渡る梁を眺める。

兄の新之介は、三万石大名であり妻を娶り子も5人生まれ、今や立派な一家の大黒柱である。

それにひきかえ自分は、いまだ独身のままで実家暮らしのままである。俗に言う厄介者だ。

俺はなんのために生を受けたのだ。
なにをするために生まれたというのだ。

「はぁ‥‥」
盛大にため息をつき、やけくそでひと眠りしようと目を閉じた時、玄関のほうでなにか音がする。家の者は出ているため、しぶしぶ起き上がる。

体にぴたりと張り付いた、西洋のものと思われる青い衣類を着た奇妙な女が、土間に立っている。
「こんにちは」
「なんの用だ」
「湯乃介さんですね?お迎えにきました」
一悶着のあと(あと少しのところで抜刀しそうだった、というのは嘘になる。なんせ湯乃介は丸腰なのだから)表に連れて行かれる。

すると得体の知れないものに人が乗っている。

「これは籠か?」
「バスです。はい乗ってください」
「ば‥す?」
なにも答えないその女にぐいっとなんの躊躇もなく、腕をひかれる。
「おいっ、はっ、離せ!」
もがいた瞬間に足から草履が落ちる。
どるどると腹から響く音に、湯乃介は恐怖を覚える。
「運転手さん、お願いします」
「はい、分かりました」
たいへん穏やかに動き出す。
かと思えば、家の敷地の隅ですぐに止まる。

「ここはわしが手習いに使っておる蔵ではないか」
「作品を見せていただいてもいいですか?」
蔵の中に設えた棚の上には、手作りの革製品がずらりと並んでいる。
どれも緻密な装飾が施され、作者の力量がうかがえる。
「これ、全部ご自分で?」
「まあな‥以前に皮工房の主人に手習いをうけてな。まあどれも習作じゃ」
「たいしたものですよ、これ。どなたかに教えているのですか?」
「いや」
「ダメですよ、後継者をちゃんと育ててくださいね」
「ふん、、」
「ちょっと来なさい」
女のくせにずいぶん偉そうにものを言う。湯乃介は怒るのも忘れて、あっけにとられる。

また、ばすというものに乗せられる。
今度はなにやら尻の浮くような感じがして、外景がよく見えない。ようやく焦点があったと思ったら、目の前に広がるのは、一反はあろうかというくらいの土地に広がる大きな建物。
「なんじゃ、これは」

「ここは、あなたが立てた店舗です。後世に引き継がれて、このような姿になりました」
中から女たちが楽しそうに出てきて、そこへ「ありがとうございました」と声が追いかける。

一面を覆う透明な板に圧倒されながら、中をのぞくと革製品のあれこれ‥自分が作ってみたいと思っていたが、到底どう作ればいいのか分からないような造りのものもある。
「ほう‥」
湯乃介は思わず、感嘆のため息をもらす。

「あなたはご結婚はしなかったかもしれない。子どもも持たなかったかもしれない。でもこうして、のちの世に大事にされるものを生み出しました。それは、子育てのようなものです」
「これを、わしが‥」
「そうです。あなたが後世に残したものです」

湯乃介の目に熱いものが滲む。
ささやかながら思い描いていた夢。男のくせにと言われ、なるべく人には言わないようにしていた夢。
いい時代が訪れているのだな‥

「人生のかたちは、ひとつじゃないってことですね」
「うむ、そうじゃな」

湯乃介は、心の中に熱い火が灯るのを感じた。



#小説
#めじろ観光バスツアー
#眠れない夜に

バスガイドさんと運転手さんが、あなたを「必要な場所」へ連れていってくれます。会えるかどうかは、そのときしだい‥

(ちなみにガイドさんは安藤サクラさん、男は SixTONES髙地優吾さん、運転手さんは竜雷太さんをイメージして書いています)

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