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めじろ観光バスツアー「雨」篇#5

ガイド「よく降りますね」
運転手「そうですねぇ」

バスの窓にしのつく雨。通りを行き交う人は傘を差し、ややうつむきがちに先を急ぐ。

そんな中、どこか呆けたように横断歩道のまえで立っている男がひとり。顔はあげているが目がどこを捉えているかは、分からない。
運転手「あの方、このバスを必要としているんでしょうかね?」
ガイド「どうでしょうね、お話ししてみますか」
ガイドは雨の中、男のもとへ向かう。

男の差している傘のなかは、しとしとと雨が降っていた。傘が破れているわけではないのに、そこに別の雨雲があるように、意思を持って降っている。
それでも男は大切そうに傘を両手で握りしめて、ただ雨に打たれている。握りしめた両手は、雨に濡れて白くなっている。

ガイドは男のとなりに立ち、声をかけた。
「そんなに濡れてしまって。よほど悲しいんですね」
少しだけこちらに向けられた顔は、なぜか決意に満ちているように見えた。
男「僕はこの雨を受け入れなければならないのです。この雨は」
ふと言葉をとめて、ガイドを見た。

「僕をきれいさっぱり洗い流すためにあるのですから」

ガイド「あなたが流れたら、あなたの悲しみはどこへ行ってしまうのですか?」
男「あとは野となれ山となれ、ですよ。雨は冷たくて無情で、厳しいのです」


その時、ガイドがふと空を見ると雲のすきまから茜色の空が見えていた。照らされた雨はキラキラと光る。
ガイド「そうでもないみたいですよ。見え方と捉え方によっては」

雨音はときに優しく、ときに激しく私たちを包む。
ガイド「あたたかくて優しい雨を探しに行きましょう」
傘を差したままの男を乗せて、どるどるとエンジンがかかり、バスは雨の中走り出した。

#小説
#めじろ観光バスツアー
#眠れない夜に

バスガイドさんと運転手さんが、あなたを「必要な場所」へ連れていってくれます。会えるかどうかは、そのときしだい‥

(ちなみにガイドさんは安藤サクラさん、男は SixTONES髙地優吾さん、運転手さんは竜雷太さんをイメージして書いています)


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